第33話 ~ 帝国ごと買い取ってもらおうか ~
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終章第33話です。
「“よくしりょく”じゃと……」
眉根を顰めたのはゼネクロだった。
相変わらず殺気だっている。
吐く息もどこか戦めいていた。
マキシア帝国女帝ライカは、じっとアーラジャの若き元首に視線を向ける。
応答がないのを「否」と感じ、ドクトルは動いた。
何色もの糸で巻かれた腰巻き。
そこに手を入れると、ギラリと光った。
ナイフだ。
刃の短い折り畳み式のナイフを抜くと、ライカに向けた。
「貴様ッ!」
激昂したのはゼネクロだ。
ライカを突き飛ばし、自分もまた仕込みナイフを抜くと、若き元首へ向ける。
両者は睨み合った。
ドクトルは淡々としていたが、ゼネクロはすでに野獣のように荒い息を吐き出していた。
椅子ごと突き飛ばされたライカは、少し頭を抱えながら立ち上がる。
自分の部下と、元首を交互に見つめた。
言わずもがな交渉の席への武器の持ち込みは御法度である。
部屋に入る前に、両国の検査員がダブルチェックを行っていた。
しかし、現代世界のような金属探知器がないオーバリアントでは、10%の可能性すら握りつぶすのは難しい。
それ故に、ゼネクロはいつも仕込みナイフを、下着の下に隠している。
下着はどうしても検査員のチェックが甘くなりやすいからだ。
両国の緊張状態は続く。
一線を越えれば、即戦端が開かれることになるだろう。
もはや、戦争というものは、もう始まっているのかもしれない。
「貴様、どういうつもりだ?」
ゼネクロが尋ねるのは無理もなかった。
何故なら、ドクトルに殺気らしきものは、一切なかったからだ。
やがてドクトルは口を開いた。
「陛下……。これが抑止力だ」
「なんじゃと……」
ライカではなく、ゼネクロがまたも眉を顰める。
横でマキシア帝国女帝は傾注した。
「それぞれナイフが一振り。お互いに抜き身の武器を取り出しながら、何もしていない。この状態は平和と言えないだろうか……」
「阿呆か、貴様は!」
ゼネクロは目の前の若造を罵倒する。
「目の前でナイフを取り出されて、平和も糞もあるものか!」
「その通りだ、ゼネクロ殿」
「はっ?」
「だが、貴公は長い沈黙と私の気を見て、悟った。殺すつもりはないと……。それは我々がナイフを向け合いながら、時間を置き、無言のまま信頼を勝ち得たということではないだろうか。『ああ……。こいつは殺すつもりはない』と」
「そんなの信頼といえぬ」
「少なくとも相争う国同士が、戦うつもりはないと示しを合わせることは出来る」
「武力をちらつかせることが平和への標だというのか、若造!」
「そうだ。むしろ武力で他国を圧倒してきたマキシア帝国よりも、マシなやり方だと思うが……」
「ぐぅ――――」
とうとうゼネクロは息を飲んだ。
反証は見つからない。まさにその通りなのだ。
激論が交わされた室内が、急に盛り下がっていく。
空気が氷のように固まり、重たく沈んでいった。
そんな中、ライカは立ち上がる。
椅子を戻し、冷静に座り直した。
「ドクトル殿……。確認しておきたい」
「なんでしょうか、陛下」
ゼネクロから目を切ることなく、ドクトルは促した。
「そのナイフとは【太陽の手】のことと受け取っていいのだな」
「その通りです、陛下」
「では尋ねたい。元首は何故【太陽の手】を他国に売ろうとする。自分の手元に置けばいいではないか。それこそ第二のマキシアになれるだろう」
「有り体にいって、私は第二マキシアに興味がないからです、陛下」
「ほう……」
「島国連合はあくまで弱き者の味方であるという信条の下、私は連合を立ち上げました。大国に対抗するためです。しかし、それでも足りない。小さなひ弱な国が集まったところで、小さくひ弱な連合が出来るだけです。ですが、【太陽の手】が1つあるだけで、小さな国は大国と対等に話をすることが出来る、これまで歯牙にも掛けられなかった小国が、こうして最強の国家とテーブルについている。陛下、我々は【太陽の手】の威力には興味はない。我らが興味あるのは、【太陽の手】が持つ強烈なコミュニケーション能力です」
長い台詞だった。
しかし、そこにいる誰もが、ドクトルの説明に聞き入り、一言一句漏らさず脳裏に刻んだ。
取り分け、強力な兵器をコミュニケーションだと謳う辺りは、若くしてアーラジャを取りまとめたという非凡さを感じさせる。
ライカもまた元首の言葉に感じ入る事があった。
確かにその通りだ。
大国と胡座をかき、これまではマキシアは大国か小国か、属国か敵国かにしか国を分けてこなかった。
そもそも海洋国家の元首とパイプを持つ人間が、ジーバルト1人だったという点からしても、小国と侮っていたきらいがある。
今の事態はマキシアがただ剣と弓だけで他国に干渉してきたツケだ。
そしてドクトル・ケセ・アーラジャを産んだのも、またマキシアなのだ。
ライカは大きく息を吸い込んだ。
ドクトルの言葉も、脳裏によぎった反省も、すべて飲み込む。
それでも、女帝は言わざる得なかった。
「断る」
常にポーカーフェイスで淡々と語ってきたドクトルは、わずかに顔を歪めた。
「断る――とは?」
「言葉通りの意味だ、元首」
島国連合から提示された紙を拾い上げる。
「ここに書かれている内容――すべてお断り申し上げる」
「よく考えてからお答えになられてはいかがですか?」
「むろん考えた。今も、そしてここに来るまでも……」
ドクトルは息を吐く。
ずっと掲げていたナイフを下ろした。
「交渉決裂か……」
「いや、違うな、元首」
「なに?」
「交渉はここから始まるのだ」
「我々はこの条件を飲まない限り、1歩も引く気はない」
「ならば、その条件よりも良い条件を提示すれば良いのではないか?」
ドクトルの眉根がピクリと動く。
ようやく席についた。
「聞こう」
「1つお聞きしたい。連合が保有している【太陽の手】は、いくつある?」
「最重要秘密事項だ。喋れるわけがない」
「あと23だよ、陛下」
代わりに答えたのは、横に座るダークエルフだった。
「パルシア! お前」
「良いじゃないか。……どうせ陛下のことだ。ぼくたちがウルリアノ王国にあったエーリアの工房から盗んだことを知ってる。そこから大体の数を察しがついてるはずさ」
「かたじけない。パルシア殿」
「いいよいいよ。うちの馬鹿元首が昨日迷惑をかけたからね。お返しみたいなものさ。……さあ、陛下。交渉の続きを」
ドクトルは面白くなさそうに仏頂面をしていたが、パルシアはどこか楽しんでいた。時折、猫が笑ったように口角を上げる。
一方、ライカはゼネクロを見つめる。
目でなだめると、ようやく老兵も席につく。
場が静まるのを待って、ライカは口火を切った。
「島国連合が保有するすべての【太陽の手】を買い取りたい」
「「「――――――――ッ!」」」
時が止まった――。
比喩ではあったが、場にいる全員がその感覚を共有した。
島国連合はもちろん、ゼネクロも他の閣僚も口を開けたまま固まっていた。
若い女帝陛下が提示した条件は、それほどの衝撃を以て交渉の場を貫いたのだ。
すると、「ししし」と笑い声が漏れる。
ついに腹を抱えて笑い出したのは、パルシアだった。
「あははは……。まさか【太陽の手】を全基買い取るなんて。陛下は面白いことをいう」
「冗談ではないぞ、パルシア殿。私は本気だ」
「へ、陛下! 何をお考えに――」
「そこのロートルの言うとおりだ」
「ろ、ロートルだと!」
ゼネクロは鼻息を荒くし、目の前の元首を睨んだ。
陛下と元首は、ロートルを無視して話を進める。
「もし、その条件で改善してくれるなら、他の条件に対しても全面的に飲もう」
「陛下! 【太陽の手】を全基買い、さらに関税を撤廃し、かつ賠償金を支払ったら、国が傾きますぞ」
「そうだな。……帝国ごと買い取ってもらおうか。借金大国だが、商売がうまいドクトル殿に任せれば、完済してくれるかもしれないがな」
「国を放棄すると。陛下、それは君主として怠慢ではないか」
「だが、【太陽の手】をすべて買い取るというのは、それだけの価値はある」
緑色の瞳をギラリと光らせた。
一瞬、ドクトルは鼻白む。
わずかに目を細めた。
「買い取って陛下はどうするの?」
「むろん投棄する。その時は私は君主でもなんでもない。無用の長物だからな。さしあたって、知り合いの勇者にでも相談するだろう」
「どうやら、陛下は本気みたいだよ。どうする、ドクトル」
「飲める訳ないだろ!」
ドクトルの目的は、【太陽の手】を大国・小国関係なく保有させ、戦力均衡を図り、世界中の国を同じスタート位置に立たせることだ。
言うまでもなく、【太陽の手】がなくなれば、その戦略は瓦解する。島国連合も大きな戦力を失うことになる。
「そんなにあっさり否定して良いのか、元首」
「どういう意味ですか、陛下」
「アーラジャに、金がなければ、魂を売れという言葉があるそうですね。魂とは己の信念のこと。それを曲げてでも、金を稼げという言葉だと説明を受けました。それほど、商人の国家であるアーラジャにとって、商売は何よりも優先事項のはずです」
「それがどうか――」
「元首。あなたは国家の元首なのですか? ……それともその前に商人なのでしょうか?」
「――――!」
初めてドクトル・ケセ・アーラジャは感情を露わにする。
眉間に深い皺を刻み、向かい合う女帝を睨め付けた。
一方、ライカは肘を突き、口元を手で覆い隠す。
その奥の唇は、少しだけ笑っていた。
明日は復活の呪文の予定です。




