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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第31話 ~ 負けず嫌い…… ~

予告もなく更新があいてすいません。

終章第31話です。

 人垣で出来た即席の闘技場。

 マキシア、アーラジャの関係者は固唾を呑んで見守る。

 会場を取り仕切るジエゴは、今にも泡を吹いて倒れそうなほど、顔を赤くしていた。


「格好はそれでいいのですか、陛下?」


 ドクトルはライカの服装を気にする。


 赤く、足首まで伸びたドレス。

 確かに戦うには、少々動きにくい。

 しかし、ライカは斬って捨てる。


「よい。これでダンスもするのだ。問題なかろう。それにこれは指南であるはずだが……」

「なるほど。ならば、最初はゆっくりと踊りましょうか(ヽヽヽヽヽヽヽ)


 合図はない。

 突然、ドクトルは踏み込んできた。

 だが、ライカは冷静だ。

 最速で突き出されたナイフを払う。


「ほう……」

「……!」


 ドクトルの隻眼が光る。

 上体は引かず、腕だけで出し入れする。

 ライカには一瞬、ナイフが3つに見えた。


 速い――。


 それもライカは見事に捌く。

 これよりも速い剣を子供の時から受けてきたのだ。

 弱音を吐けば、師匠(ロイトロス)から叱責を受けるだろう。


「すごい! ドクトルの突きを全部さばいちゃった!」


 観戦していたパルシアが、目を広げて驚いていた。

 主の必殺がかわされたのに、妙に声は浮いている。


 ドクトルは前に出した足を半歩引く。

 ひと呼吸入れるところを、逃すほどライカは甘くない。

 一転、攻勢に出る。

 お返しとばかりに突き、さらに横に薙いで首元を狙う。

 不慣れなナイフにも関わらず、その動きは軽やかだった。


 ドクトルも負けてはいない。

 突きをスウェーだけで回避する。

 薙ぎに対しては、半歩下がり、軌道を読んだ。


 両者――1度、引く。

 ふっ、と息を吐いた。


「やりますね、元首」

「そちらこそ、閣下」


 互いをたたえ合う。


 目にも留まらぬ本物の剣戟に、集まった観衆は大声を上げた。

 拍手が起こり、両国家元首の奮闘を讃える。


 だが、見る者が見れば、冷や汗ものだった。

 特に汗を掻いていたのは、お付きのゼネクロだ。

 はあ、と息を吐くと、魂すら飛んでいき兼ねないほど緊張している。


 盛り上がる会場とは裏腹に、ライカの気持ちは冷たく落ち着いていく。


 ――何がゆっくりだ……。


 驚くほど速い。

 自分でいうのもなんだが、国家の元首の動きではなかった。

 その性質は、海兵――いや気配の殺し方から考えても、暗殺者に近い。

 殺意こそ消しているが、明らかに急所を狙ってきた。

 寸止めなど、頭にもないような打ち込み方だ。


 まさかとは思っていたが、本当にここで決着をつけるつもりなのかもしれない。


 ライカは目の端で観衆に混じったパルシアに目を向けた。

 ダークエルフは「頑張って」という感じで手を振って応えている。


 ――全く……。食えないコンビだ。


 大きく息を吐き、構えを獲る。

 ドクトルも同じく構えた。

 やや利き足を前にし、手は胸よりも少し下。

 腰は高く、ナイフの切っ先を相手の目にあわせるように向けている。


 我流なのだろうか。

 見たこともない型だ。

 いや、型かどうかすら怪しい。

 何か迫力にかける。

 それが良いこととは思えないが、そもそも隙だらけなのだ。


 ――誘っているのか……。


 とも考えたが、ライカはあえて慎重を期する。

 徐々に間合いを詰めた。

 相手のキルゾーンに、足幅半分踏み込んだ瞬間、床を蹴った。


 右側面に回り込む。


 刃からもっとも遠い場所だ。

 ドクトルは素早く腰を切る。

 前を向いて、ライカの攻撃を迎撃した。


 ノーモーションから突き。

 これがなかなか厄介だ。

 常に切っ先を目線の方へ向け、遠近感を消している。

 なので、妙に刃の軌道が伸びる(ヽヽヽ)


 しかし、からくりはわかっていた。


 ライカは冷静に捌くと、さらに半歩踏み込む。

 カウンター気味に突きを繰り出す。

 ドクトルはまた上半身だけでかわしてしまった。

 切っ先ギリギリを見極めていく。


 最小の回避からナイフを突き出した。

 これもライカは捌く。


 いつの間にか手数で負け始めた。

 最小の回避から、最短の突き。

 動きに無駄がないぶん、攻撃の回転率が高い。


 しかも速いからといって、決して剣が軽いわけではない。

 ライカはすべて全力で捌かなければならないほど重い。


 ――身体の芯が強いのだな。


 ドクトルはかわす時も、攻撃する時も身体があまりぶれない。

 故にどこから攻撃されてもかわすし、体勢をねじり、どこからでも攻撃が出来るよう備えを怠らない。

 何か彼の肉体に、太い木の幹が突き刺さっているかのようにどっしりとしている。

 修練を積んできたというよりは、彼の生活環境によるものだろう。

 昔、海賊退治に出向いた折に出会った海兵の動きと似ている。

 だが、その洗練度合いは海兵の比ではなかった。


 感心している場合ではない。


 このままでは手数だけで押し切られる。

 まだ心のどこかでスイッチが入っていなかった女帝は、さらに1歩踏み込んだ。

 ドクトルが突き出した刃に向かっていくような動きになる。


「姫!」


 懐かしい呼び名が会場に響く。


 ゼネクロが目を剥いていた。

 端から見れば、ライカの動きは無謀だ。

 しかし、ドクトルがナイフを出した瞬間、女帝は消えた。


 ドクトルから見えたのは、長い金色の髪。

 ライカはさらに身をかがめ、元首の間に潜り込む。


「くっ!」


 初めてドクトルの顔が歪む。

 自分もまた屈むと、踏み込んできた女帝に身体をぶつけた。


 ごきん……。


 痛そうな音が会場に鳴り響く。

 きゃあああ、という悲鳴がギャラリーの中から聞こえた。

 血滴が白亜の床に落ちる。

 両者は互いのナイフを封じた状態で、固まっていた。


 ライカの頭が、ドクトルの鼻に突き刺さる。

 鼻血を吹き出した元首の血が、ライカの金髪を伝って床に広がっていた。


「へ、陛下!」

「ドクトル!」


 ゼネクロとパルシアが飛び出す。


 すると、ライカとドクトルはすっくと立ち上がった。

 何も言わず、お互いが握ったナイフから手を離した。


「お怪我ありませんか、陛下?」

「大事はない。元首に頭突きを入れてしまったがな」


「ドクトル、大丈夫?」

「心配するな。単なるアクシデントだ」


 パルシアが差し出した女物のハンカチで止血する。

 2人の闘気も殺気も消えていた。


 緊張が緩んだと感じた観衆は、拍手を送る。

 再び互いの健闘をたたえ合った。

 奥でジエゴが椅子から滑り落ちる。


「元首、大事はないか?」

「ああ……」


 ぶっきらぼうに言い放つ。

 眼光は以前鋭いままだ。

 だが、パルシアに何かたしなめられると、血に染まった鼻と口元を拭う。

 やがて敵意を消すと、言った。


「手合わせいただきありがとうございます、陛下」


 ――感謝の言葉をいえるのだな。


 もっとも感情は少しこもっていなかったが……。

 ライカは手を差し出す。


「こちらこそ鈍った身体にはいい運動になった。そなたと剣を交えるのは、これっきりにしてもらいたいがな」

「そうありたいものだ」


 嫌うかと思ったが、ドクトルは素直に手を差し出す。

 ライカの柔らかな手を握り返した。


「それでは、明日――。交渉の場で」

「じゃあね、陛下」


 ドクトルはパルシアに付き添われ、会場を後にする。

 ジエゴが慌ててアナウンスすると、花道を作り、暖かい拍手で見送った。

 ライカもまた拍手を送り、背中を見送る。


「なるほどな」

「何がですか、陛下?」


 横で同じく拍手を送っていたゼネクロは、主を見つめる。

 ライカはフッと笑った後、言葉を続けた。


「ジーバルトが言った意味が少しわかったような気がする」

「勇者殿と似ているというあれですか? しかし、そうですかな。勇者殿はもう少し礼儀を弁えていると思いますが」

「むろん、宗一郎とドクトル元首は違う。だが、根幹のところで似ているような気がする」

「それは――――」


 ライカは不敵な笑みを浮かべた。


「負けず嫌い……」


 一言だけ答えるのだった。


今日から新作『リトルオークと呼ばれるぼくが、学園一の美少女【姫騎士】からご指名がかかったのだが、どうしたらいいだろうか?』を投稿してます。

ラブコメですが、よろしければご一読ください。


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