第22話 ~ ダークエルフの勇者 ~
終章第22話です。
ちょっと台詞多めです。
読みにくかったらごめんなさい。
アフィーシャの長い独白が終わる。
夜想曲が終わった直後のコンサートホールのように静まりかえった。
空を見上げれば、満天の星空。
心が洗われそうだ。
それでもアフィーシャの話は、悲惨というしかなかった
「だが、お前はこの島を出た。何故だ?」
やがて口を開いたのは、宗一郎だった。
ブローチの中で囚われとなった黒い妖精は、南の星空を見ながら答えた。
「島の暮らしに、不満はなかったと思うわ。大陸にいた頃と比べれば断然安全だし。こんなに穏やかに暮らしたことは、今まで1度もなかった。ここにはダークエルフの“原点”がある。破壊衝動が生まれる前の私たちは、きっとこんな感じで暮らしていたのだと思うわ」
アフィーシャは当時の記憶を反芻するように目を閉じた。
「でも、やはり私には退屈すぎた。刺激がほしいとかそんな単純な理由ではなくて、私はここにいていいのか、という焦燥の方が大きかったかしら。今の自分を、島のダークエルフを見て、ラフィーシャならどう感じるかしら――とね。結局、私はラフィーシャに対するこだわりを捨てきれなかった」
「お前にとって、ラフィーシャとはどんなヤツだ」
「前にも言ったと思うけど、嫌なヤツかしら。でも、残念ながら私と同種で、残念ながら姉妹で、残念ながら同じ志を持った同志で、残念ながら自分のライバル――どんなに思考を断ち切っても、意識せざるを得ない存在……。忌々しいぐらいに……。呪いそのものなのよ。私にとってあいつは」
「そしてお前はラフィーシャを探しに外へ出た。だが、闇雲に探していては時間がかかる。そこでお前は、自ら騒ぎを起こすことを決めた。マキシアに乗っ取りをかけることによって、向こうから自分を探すようにし向けたんじゃないか?」
アフィーシャは肩を竦める。
「大体あってわ、勇者様。ものの見事に返り討ちにあったけどね」
「大体というのは……」
「アフィーシャを探すのは勿論だけど――前に言わなかったかしら、私はあなたに会ってみたかった」
「…………」
「神を創造するのか。それとも世界の延命か。あるいは破壊か。……勇者と呼ばれる人間が一体何を望むのか? 興味があったのよ」
ふふ、とアフィーシャは小さく笑った。
さらに言葉を続ける。
「調べれば調べるほど、私は勇者という存在に興味を持った。あなた、前皇帝カールズを前に、オーバリアントの現状を見て、こう言ったかしら。『つまらない世界』って」
「ああ……」
「さらにあなたはこう続けた」
“努力して叶わないからこそ、現実は面白いのです”
「その言葉を聞いて、どれほどの傲慢な人間だと思った。誇って良いかしら。あなたの意識の高さとやらは、ダークエルフの本能なんかよりずっと強欲に出来ている」
宗一郎にはさほどピンと来なかった。
あの時は、オーバリアントに来たばかりで右も左もわからず、ありのままの世界の現状を見て口走った言葉だが、今も撤回するつもりは更々なかった。
今でもオーバリアントという世界は、つまらないと思うし、努力によって何もかも叶えることが出来るなんておかしいと考えている。
理不尽であることは、時に人を不幸にする。
しかし、宗一郎は理不尽を摘むことが正しいとは思わない。
むしろ、宗一郎にとって、それが“最悪”なのだ。
故にプリシラという神を嫌悪した……。
「ああ。なるほどな。……お前が興味を持ったのは、そういうことか」
宗一郎は深く頷く。
アフィーシャはニヤリと笑った。
「ようやくわかってもらえたかしら。私たちは神さまが嫌い。だから自分好みの神さまを作ろうとした。……一方で、あなたも神を嫌った。私たちとは別の意味で。そこに私は、第3の道があるのではないかと思ったのよ。創造でも破壊でもない。第3の道が」
「俺自身は大層なことをしてるわけではないのだがな。人類のことは人類で解決しろ。ただそう言いたいだけだ」
「それが傲慢なのよ。少なくともこのオーバリアントではね」
ずっと側で聞いていたローランが動く。
ポンと手を打つと、言った。
「なるほど。アフィーシャちゃんは宗一郎くんにダークエルフの勇者になってほしいのね」
「な! まなか姉!」
「あはははは……」
アフィーシャは声を上げて笑う。
純真な――まるで生娘のような笑い声だった。
笑いすぎて浮かんだ涙を払いながら、ダークエルフは言った。
「あなたの姉って本当に面白い人かしら」
「違うの?」
ローランは首を傾げ、大きな瞳を広げた。
「そうね。間違ってはいないかしら。少なくとも、勇者様のお言葉は私を救ってくれたから」
「俺はお前を救ったつもりはないが……」
「宗一郎くんには自覚がなくて当然なのよ。アフィーシャちゃんたちの今までの努力が、女神によって奪われた。それは結果を求める彼女たちにとって決定的な敗北だったんでしょ。……でも、宗一郎くんはそんなダークエルフですら、面白いと言ってくれた。そういうことよね?」
「お前たちのやったことは努力ではなく、犯罪だ。それを許すつもりはないぞ、俺は」
「わかっているかしら、勇者様。だから、私は何も望まない。ただこの特等席であなたたちを観察できればそれで十分……」
「呼んだ覚えはないのだが……」
「あら。勝手にあなたが座らせたのではないかしら」
宗一郎は頭を抱える。
アフィーシャはまたカラカラと笑った。
「それで肝心のラフィーシャはどこにいるんだ?」
本題に戻る。
アフィーシャの顔から笑みが消えた。
「正直にいうわ。私も知らない」
「…………」
「本当よ。嘘はついていないことは、私の話を聞いてわかったでしょ。あの子の居場所を隠す動機なんて、どこにもないかしら」
「だが、推測ぐらいはついているんじゃないか?」
「まあね」
「どこだ?」
アフィーシャは2本の指を立てる。
「1つはこれからマキシアに敵対する敵国の中。最先鋒はエジニア王国でしょうけど、マキシアと敵対するには小さすぎるから、ラフィーシャはパートナーとしては選ばないでしょうね。とすれば、オーバリアント第2位の国家であるグアラルか。ウチバ連邦といったところ……。最近急激に伸ばしてきている島国連合も捨てがたいわね」
「2つめは?」
「あなたたちが『魔王の城』と呼んでいる場所かしら」
「モンスターの根城だぞ」
「女神となったあの子が真っ先にやったことを考えてもみなさいな。考えられないわけじゃないでしょ?」
「……確かにな」
いずれは行かなければならない場所だ。
【エルフ】で力を付けた後、すぐ向かうのもいいかもしれない。
「ねぇねぇ……アフィーシャちゃん。私たちは共存できないのかしら?」
ローランは尋ねた。
「やめておいた方がいい。ダークエルフはそれを望んでいない」
「勇者様のいう通りよ。私もここのダークエルフも、共存なんて望んでいない。望むのは、安らかな死よ。……数十年前の私から見れば、飛んでもない望みだけどね」
「そう……」
「まなか姉……。気持ちはわかる。だけど、こいつらにもこいつらなりの考えがあることがわかった。それで十分だ。その価値観を変えることは、俺たちがダークエルフを殺すことも同じになる。そっとしておこう」
「そう……なのかな……」
さらりと銀髪が揺れる。
少女は星を見上げた。
横で見ながら、何か祈っているようにも見えた。
次回は木曜日に更新します。




