第17話 ~ タブレットって何? ~
終章第17話です。
よろしくお願いします。
一方、ダークエルフの島【エルフ】に渡った宗一郎は、ラードという青年によって村に案内されていた。
だが、村というよりは街に近い。
しかも、そこにオーバリアントらしさがまるでなかった。
どちらかと言えば、現代世界にあったSFの世界観に近い。
森の中から見えていた塔もそうだが、まるでコンクリートに塗り固められたような建物が並んでいる。無機質で無感情。ただ夜露がしのげれば問題ないという着想から、機能美だけが進化していった――そんな印象を与える。
さらに驚いたのは、道行くダークエルフが全く宗一郎たちに無関心なことだ。
褐色の肌に、薄紫の髪。悪魔のように後ろへと伸びた耳介。
今まで見てきたダークエルフとなんら遜色ない。
しかし、世界を破壊してまで人間やシルバーエルフに対して憎悪を向けるダークエルフの姿はそこにはなかった。
すれ違っても、少し目を上げるだけ。
作業をしていても、一瞬手が止まる程度だった。
極めつけは子供だ。
おそらく初めて見たであろうという人間に対して、さして驚くこともなく、数秒ぼうと見た後、手に持った板に目を落とした。
思えば、道行くダークエルフの手には、何やら板が握られていた。
ちょうどタブレットほどの大きさをしている。
「ラード。ダークエルフたちが持つあの板はなんだ?」
「ああ。君たちに言ってもわからないかもね。情報端末だよ」
「なに? 本当にタブレットなのか?」
「タブレット? いいや。俺たちは“テグフォ”って呼んでるけどね。マキシア帝国にもあるのかい?」
「いや。そういう訳ではないのだが……」
とりあえずうやむやにした。
まだ自分が異界の人間であることを話すには早計のように思えたからだ。
ラードはすぐに前を向いたが、別に興味を持つ人間が現れた。
「ねぇねぇ。宗一郎君、タブレットって何?」
思えば、まなかが亡くなる前にはなかったかもしれない。
「えっと……。iP○dって覚えてる?」
「ううん。知らない」
「iPhoneは知ってるよね。あれを大きくしたようなものが、最近主流になってきて、タブレットって呼ばれてる」
「へぇ……」
異世界までやってきて、まさか現代世界の情報端末市場を説明することになるとは思わなかった。
「世の中進んだのねぇ……」
まるでおばあちゃんみたいなことを言う。
私の頃は、まだノートパソコンが弁当箱みたいでね――なんて言い出せば、完璧だった。
つとラードの足が止まった。
やってきたのは、森から見えていた塔だ。
「少しここで待っていてくれ。長老に掛け合ってくる」
中に入っていった。
改めて塔を見上げる。
かなり高い。
マキシア帝国の城も、オーバリアントで最大の高さを誇るそうだが、それよりも高いだろう。
むろん、現代世界の建築物に比べれば、東京タワーに劣る代物だ。
それでも、首を垂直に曲げて見なければならない建物など、この世界に来て初めてかもしれない。
やがてラードは戻ってきた。
「長老があんたらに会うそうだ」
塔の中は吹き抜けになっていた。
壁には無数の穴が空いている。なにやら人の出入りがあって、例えるなら巨大なカプセルホテルのようだ。
真ん中には1本の柱があり、そこから各階ごとに空中回廊が伸びていた。
薄暗く、一定の耳鳴りが聞こえる。
まるで大きな獣の腹の中を思わせた。
ラードは柱に近づく。
ボタンを押すと、大きなかごが下りてくる。
所謂、エレベーターだ。
宗一郎とローランはすんなりとかごに乗った。
だが、1人驚いているものがいた。
唯一といっていい――オーバリアントの人間ユカだ。
「どうしたの? ユカ」
「いや、なんだこれは? 勝手に下りてきて、どうなっているんだ?」
上を見上げる。
おそらく人が滑車か何を使って引き上げたり、引き下げたりしているとでも思っているのだろう。
ローランは口元に手を当てて笑った。
「論より実践よ。さ。早く」
お付きの手を引く。
恐る恐る入ると、かごは上昇を初めた。
「そのお姉さんはともかく、あんたら2人は【昇降機】に乗るのは初めてじゃないのかい?」
ラードは不思議そうに首を傾げる。
宗一郎とローランは同時に顔を見合わせるのだった。
3人は一室の部屋に通される。
狭い。
六畳ほどの広さだろうか。
調度品はなく、床には例のテグフォが転がっていた。
とてもではないが、ダークエルフの長の部屋とは思えない。
そこに老齢のエルフが座っていた。
髪はすっかり色素を失い、褐色の肌には皺がひびのように走っている。
3人の人間が入ってきても、動揺する様子もなければ、歓迎することもなかった。
柔らかな座椅子の上で胡座をかき、側の煙管に手を伸ばす。
そこで宗一郎は何故部屋が狭いのか気付いた。
やたら広いと、それだけで移動をしなければならない。
動線も長くなることから、おそらく好んで狭い部屋に入っているのだろう。
とかくダークエルフは機能美を重要視するらしい。
トントン、と床を叩く。
座れという合図なのだろう。
座布団もなければ、茣蓙もない床に、とにかく腰を落ち着けた。
ひんやりとして冷たかったが、衛生上悪い感じはしない。
思えば、これほど機能美を求めるダークエルフである。
食品の摂取すら、簡略化していそうな気がした。
「ダークエルフを知りたいというのか、人間」
長老は自己紹介もなく、いきなり切り出した。
しゃがれた声。さすがに年を感じさせる。
宗一郎は頷いた。
「ああ……」
「何故?」
「ラフィーシャに追いつきたい。そのためには、彼女を知る必要がある。しかし、俺たちはダークエルフという存在がなんなのか知らなさすぎることに気付いた」
長老はわずかに顎を上げる。
長く目にまでかかった眉の中から、宗一郎を見つめた。
やがてぽつりと呟く。
「お主たち……。この世界の者ではないだろう」
「――――!」
「剣を持った女はオーバリアントの人間だ。その娘はちとわかりづらいが、お主から異質な空気を感じる」
枯れ木のような指先を宗一郎に向ける。
驚いた宗一郎だが、すぐに気を取り直した。
観念して頷く。
「そうだ。俺は異界の人間だ」
背後に座ってやりとりを見ていたラードが軽く口笛を吹いた。
「なるほどの。ならば、教えてやっても良いか」
「俺がオーバリアントの人間だったら教えなかったと」
「たらればで議論するほど不毛なものはない」
「同感だ……」
「何より、話しても人間は信じぬよ。特にオーバリアントの人間はな」
「では、話してくれ。無駄に時間を浪費するのは、お互い好むものではないだろう」
「好み好まざるの問題ではない。それが当たり前なのだ」
長老は少し笑ったような気がした。
何か――久しぶりに骨のある存在と出会えた。
そんな人間くさい反応だった。
煙管を置く。
側に置いていたタブレット端末“テグフォ”を拾い上げた。
老人とは思えない慣れた手つきで操作する。
乾いた音を立て、再び端末を置いた。
すると、薄暗かった部屋が明るくなる。
光が部屋の中に集中すると、徐々に像が浮かび上がってきた。
現れたのはダークエルフだ。
若々しい。しかし、どこか形状が今と異なっていた。
何千年も前のダークエルフなのかもしれない。
そして長老の説明は、ある衝撃的な言葉から始まった。
「オーバリアントの人間は、ダークエルフによって創られた……」
現代世界時間では2016年を想定してます。
次回は木曜日。
ほぼ設定説明に終始する予定です。




