第13話 ~ 海洋国家アーラジャです。陛下 ~
終章第13話です。
よろしくお願いします。
褐色の肌。
ピンクにも近い紫色の髪。
外耳は、シルバーエルフが横に広がるのに対し、青年は後ろへ撫でつけるように伸びている。
典型的なダークエルフの特徴。
だが、纏う雰囲気は今まで出会ってきた破滅の妖精たちとは違う。
短い丈の着物に、膝下ほどの長さのズボン。
昔の胡服に似て、とても動きやすそうだった。
そして、手には弓。
現代人である宗一郎からすれば、今まで出会った中で一番エルフらしい姿をしていた。
何より敵意がまるで感じられない。
興味津々といった様子で、青い目を輝かせていた。
「あんたたち、もしかして人間?」
ダークエルフの青年は尋ねた。
我に返った宗一郎はローランの背にして構える。
ユカもまた王女の肩を抱いて、盾になった。
「おいおい。そんなに警戒しないでくれ。むしろ警戒するのはこっちの方だ。あんたらは、ダークエルフの島に踏み入れたんだぜ」
青年は手を広げる。
敵意がないことを身体で示した。
「人間がどうしてここへ?」
青年は後ろの祠に目を付ける。
「ああ。なるほど。【旅人の祠】から来たのか? よくわかったね。人間や普通のエルフじゃあ寄りつかない場所に設置されているはずだけど」
「あるダークエルフに案内されてやってきた」
「へぇ。そのダークエルフは? 見たところいないようだけど」
周囲を見回す。
「はぐれた。だが、じきに戻ってくるはずだ」
「ふーん。まあ、嘘は言っていないようだね。ところで、ダークエルフの名前は?」
「アフィーシャだ。聞いたことあるか?」
言った瞬間、青年は放心した。
表面上は10年ぶりぐらいに昔の恋人の名前を聞いたような反応だ。
だが、宗一郎の魔眼には、彼の中で何か小さな怒りが灯ったように見えた。
やがて青年は笑う。
大口を開け、大きな声で高笑いした。
「まさかその名前を人間の口から聞くとはね」
「知っているのか?」
「知っているさ。よくね……。いや、知らないといった方がいいか」
「?」
「ああ。気にしないでくれ。独り言さ。ぼくの名前はラード」
唐突に自己紹介し、「君たちは?」と手を差し出した。
「俺の名前は宗一郎。後ろにいる剣士はユカ、白い髪の女の子がまな――ローランだ」
「ソウイチロウに、ユカ、ローランか。――で? なんでアフィーシャに案内されてこんなところにやってきたんだ? 彼女が自分からこの島を訪れるなんてことは絶対ないと思うんだけど。彼女を脅して、ここまで連れてきたのかな」
さらりと物騒な事をいう。
なのにラードは陽気な態度を崩さない。
“脅して”といった時も、日常会話でよく使われている単語を言っただけのように聞こえた。
やはり青年の中にも、ダークエルフらしい狂気を感じさせられる。
宗一郎は慎重に言葉を選んだ。
「否定はしない。ただオレたちがここにやってきたのは、ダークエルフを知るためだ」
「ぼくたちを知る?」
言葉を聞いて、青年の表情に残っていた笑みが消える。
眼差しを明後日の方へ向け、しばし黙考した。
「なるほど。君たち、もしかしてマキシア帝国とかいう国の関係者だったりするの?」
「!?」
「そんなに驚くことはないよ。単なる推理ゲームさ」
戯けるように肩を竦めた。
「君たちも聞いたんだろ? ラフィーシャっていう女神の声をさ」
「ここまで届いていたのか?」
「まあね。……最初にいっておくけど、ここにラフィーシャはいないよ。協力者もいない」
「だろうな」
いたとしたら、今頃命はなかったかもしれない。
「正直、意味がわからなかったけど、ようはマキシアって帝国がうちの島にもいるモンスターを操っていたってことなんだろ?」
「事実とは違うがな」
「そのあたりはどうでもいい。……で、君たちはあの声を聞いて、決起した国々からマキシアを救うため、ラフィーシャを探して……もしくは、その手がかりを求めて、ここにやって来たというわけだ」
「察しが良くて助かるな」
「はは……。馬鹿にしないでくれ。これでも君たち人間よりも数倍賢いんだぜ。ぼくたちは――」
またさらりと自慢する。
これほど自分たちの種族のことを、これ見よがしに主張するダークエルフも珍しいかもしれない。
アフィーシャなどは、人間を卑下する一方で、自分たちに対しても自嘲しているように聞こえる時がある。少なくとも、目の前の若者からはそんな態度は感じられなかった。
「その割には、世界を破壊しようなんて馬鹿げた本能を持っているのだな」
「そ、宗一郎……」
後ろで聞いていたユカは、ローランを守る手に力を入れる。
さすがに言い過ぎだと思った。
ここは敵地のど真ん中。
案内役もいなくなり、こっちには足手まといまでいる。
相手は1人とはいえ、いささか過ぎた言葉に思えた。
予想に反し、ラードは穏和だった。
それどころか笑い飛ばす。
「なかなか剛胆だね。うん。嫌いじゃないよ、そういうのは」
「そうか」
「いいだろ。じゃあ、ぼくたちの村へ案内しよう」
「よろしいんですか?」
声をあげたのはローランだ。
にんじんのモンスターからダークエルフに興味が映ったらしい。
目がまた輝き、いつも通りに戻っていた。
「おそらくアフィーシャもぼくを頼ってやってきただろうからね。遅かれ早かれ、ぼくたちは出会っていたはずだ」
1度、宗一郎は後ろを振り返る。
2人の意志を確認した。
「わかった。ではよろしく頼む」
「そこで学ぶといいよ」
「何をだ?」
ラードは口角を上げる。
……どうやってダークエルフの本能が育ったのかさ。
◆
宗一郎が【エルフ】にてダークエルフと邂逅していたその頃、マキシア帝国女帝ライカ・グランデール・マキシアも、数ヶ月ぶりに本国に帰国した。
公式上では、彼女はサリスト王国の救援のために兵を率いたことになっている。
つまり、初の外征に置いて敗戦し、おめおめと帰ってきたことになる。
それが他国の救援であっても、負けは負けなのだ。
さらに新女神の言葉によって、民たちの間では動揺が広まっていた。
新皇帝の帰国は、少々辛いものになると誰もが予想していた。
帝国の法律によれば、敗戦の際は帝城に近い北門からの入場と定められていた。 しかし、ライカはあえて主門でもある南から入場した。
帝城からも遠く、ちょうど城下町を抜けることになるルートでは、民たちの目から逃れることは出来ない。
ライカは毅然とした態度を民に見せることによって、動揺を沈めようとした。
1人ででも決行する、という皇帝の声に多くの兵が賛同し、同行した。
結果的にやはり罵詈雑言や、ギルドとの関与が疑う声も耳にしたが、帝国国民は暖かく迎えてくれた。
終始、毅然としていた10代の皇帝は、馬上で本当は泣きたかったのだと後に述懐する。
いよいよ城に戻った彼女がしたことは、貴族を集め社交界を開くことだった。
民からすれば「何をやっているのだ」と思うだろう。
だが、きちんとした狙いがあったのだ。
民と同じく、所領を預かる貴族たちの心も揺れていた。
動揺を知るべく、また忌憚のない意見を聞くため、社交界というのは絶好の場所だったのだ。
これもうまい具合に進み、貴族たちを抑えることが出来た。
加えて、対外的にいいパフォーマンスとなり、オーバリアント最強国の威厳を見せつける形となった。
ちなみに発案者は元老院議長ブラーデルだった。
実はカールズ治世にも似たようなことが行われ大成功しており、ライカもそれに乗っかったというよりは、帰ったらすでに用意されていたという有様だった。
ライカが帰ってくる数日の間、帝国はかなり荒れていた状態だったのだが、結局たった4日でその動揺は収まることとなった。
彼女が持つカリスマ性もさることながら、脇を固める有能な人間のベンチワークの賜物であったと言わざる得ない。
こうして落ち着いて、ライカは公務を始めた。
残念ながら、その時間は1日ともたなかった。
遠い海の向こうから急報がもたらされたのである。
ブラーデルから事を聞き、ライカは凍り付いた。
「グアラル王国王都が落ちただと?」
西の大国グアラル。
マキシアに匹敵するほどの広大な版図を持ち、70年ほど前、ドーラ海峡の海産利権を巡って激しく対立した――いわば古い宿敵だった。
今は、条約が結ばれ対立することはなくなったが、マキシアに対抗できるのは、ウルリアノとグアラルしかないといわれることもあったほどの強国だ。
その王都が陥落した……。
ライカが驚くのも無理もない。
今でもあそこの国は、マキシアと事を構えるほどの兵力を有した国なのだ。
それはつまり、マキシアすら食う戦力を見せつけたことに他ならない。
「どこの国だ?」
ライカはゆっくりと椅子に座り直した。
ブラーデルも心の整理が付かないらしい。
誰か友人でもいたのだろう。
やがて重い口を開いた。
「海洋国家アーラジャです。陛下」
ブクマ・評価ありがとうございます。
次回は木曜日に更新します。




