第11話 ~ 全部燃やしちゃおう――かしら ~
サブタイにピンときてほしい(願い)
太陽は水平線に没し、空には星が瞬いていた。
嵐が過ぎた砂浜は静かで、間断なく潮騒の音が聞こえる。
まだ波は高かったが、朝ほど時化てはいなかった。
明日には、問題なく漁が出来るだろう。
島民が生活拠点にしている表浜には、何艘もの舟が並んでいた。
帆はなく、全長が長い。現代世界でいうところのカヌーの形状に近かった。
ひどく原始的な作りだ。
まだ砂が水を吸ったままの海浜に、無数の足跡が残されていた。
さらに2つの松明が煌々と辺りを照らしている。
男達がそれを囲むようにして群がり、その中心には島長と、薄いピンク色の髪をした女が座っていた。
女の腕は強く縄で縛られていた。
「女だ」
「若い女だ」
「本物の女だ」
周囲は騒然としていた。
息や生唾を飲み、やや正気を失った瞳で、女を見つめていた。
「名は?」
口火を切ったのは、島長だった。
長く垂れた眉の奥から、女を見つめる。
「人に名を尋ねる時は、まず自分からって小さい頃教わらなかった?」
「知らんな。少なくともワシの小さい頃には」
「なるほど。ここがこの島の流儀というわけだ」
「もう1度、尋ねる。名は――」
「パルシア」
今度は、素直に応じた。
「どこから来た?」
「教えてもいいけど、知らないと思うよ。……まあ、遠い南の島からとだけ言っておこうかな」
「船が難破したのか?」
「うん。ひどい嵐にあってね。小さな船じゃあ、一溜まりもなかった」
「他に仲間は?」
「島にはたくさんいるよ。ああ……。同乗してた人のことを訊いてるのかな。心配しなくても、ボク1人だよ」
「1人で海原を越えようとしたのか?」
「ボクの計算上、この時季は南から北へ強い季節風が吹くはずだったんだ。ところが、その風を捕まえるより、嵐にあったというわけさ」
「なるほど。それは災難だったな」
「お気遣いいただきありがと。……気遣いついでに、この縄をとってくれると嬉しいんだけど」
パルシアは後ろ手になった縄を動かし、無理矢理切ろうとする。
なかなか頑丈な縄らしく、彼女の細腕ではほどけそうになかった。
「なあ、島長!」
1人の男が、島長の横から進み出た。
「今はそんなことを訊くよりも大事なことがあるだろ」
「黙っておれ。質問の本番はこれからじゃ!」
島長は一喝する。
カッと見開かれた眼力は強く、若い漁師は群衆の中に引っ込んだ。
島長は咳を払い、陳謝した。
「すまんな」
「いいよいいよ。自分でいうのもなんだけど、ボク……結構いい女だからね。若い男も多いようだし。いきり立つのも仕方ないよね」
パルシアは目を流し、妖艶に薄い唇を動かした。
男たちが喉を鳴らすのが聞こえる。
腰蓑の奥のあれが、今どうなっているか容易に想像が付いた。
「あまり若い衆をからかうでない」
「あは。ばれた? ……おじいさん的にはどうなのかな、ボク」
「もう枯れた身でな。だが、20年前だったらどうかわからん」
「そう……。ボクはおじいさんみたいな紳士は好きだよ」
ニコリと、まるで天使のように微笑む。
縄をされ、周りには盛りがついた男たち。
なのに、パルシアは笑う。
島長はそれを見ながら、波の精神ではないと感心した。
「さすがは、黒い妖精だな。男の心をくすぐることに長けておるようだ」
「「「「――――!!」」」」
一瞬、周囲がざわつく。
男達はひそひそと囁き始めた。
「黒い妖精って?」
「俺……。聞いたことがある」
「島に来る商人の話じゃ。不吉を運ぶとか」
「おれは国を滅ぼしたとも聞いたぞ」
「おい。それって不味いんじゃないか」
「なんでもいい! 俺の嫁にさせろ!」
口々に言い合う。
島長は再び一喝すると、場を沈めた。
急に静かになる。先ほどまでの熱気がやや沈下し、潮騒の音がはっきりと聞こえた。
「なーんだ。ダークエルフの噂って、こんな島まで届いてたんだ」
ドクトルは単純に知らなかったのだろう。
「やはり、黒い妖精か」
「ボクはその噂を直接聞いたことがないからなんとも言えないけど、概ねその通りだと思うよ」
「ふむぅ……」
島長は白鬚を撫でて、考え始めた。
「困ってるね、おじいさん」
「ああ。長年、島長をやっておって、黒い妖精の漂流者ははじめてじゃからの」
「だろうね。賭けてもいいけど、ダークエルフの歴史上漂流して生き延びたなんて経験したのは、ボクくらいなものだと思うよ。ところで、おじいさんは賭け事が好き?」
「お前は黙っておれ」
質問を一蹴する。
その反応を見ながら、パルシアはまた愉快そうに笑った。
「考えるまでもねぇだろうが、島長」
群衆を無理矢理どかして、現れたのはゴーザだった。
「黒い妖精だがなんだか知らないが、若い女が現れたんだ。子供が産める女が目の前にいるんだ。やることは1つしかねぇ」
島の裏の方まで聞こえるような声で、島長を怒鳴りつける。
「けど、ゴーザ。そいつは不吉を呼ぶんだぞ」
「うるせぇ! 多少経歴が怪しかろうが、この島から出さなければいいだけの話だろ」
「それは――」
ゴーザの一喝に、反論してきた男は引っ込んだ。
「黒い妖精が怖いなら、お前たちは降りればいい。俺が嫁にする」
「お前、勝手に!」
「文句はねぇだろ? なんせ俺は島で1番魚を捕ってる。島長が亡くなれば、次の島長は俺だ。俺に回すのになんの問題がある」
「お前はもう結婚してるだろ」
「だったら、離婚でもなんでもしてやらぁ!」
「けどよ。その女は漂流者なんだろ? 漂流者との結婚は――」
「島の総意――つまり、島長の許しがもらえばいいだけだろうが」
口々に放たれた反論を、ゴーザは的確に反答していった。
島長の前に出ていく。
ゴンと音がするぐらい強く自分の胸を叩いた。
「島長、許しをくれ。俺ならきっと女を産むことが出来る。島のためだ。頼む」
島長はしばしの沈黙の後、片眉を上げた。
「パルシア」
「やっとボクの存在を思い出してくれたんだね。忘れられていたのかと思ったよ。ボクの意見も聞いてほしいんだけど」
「最後に質問がある」
「無視か……。残念……。なに?」
「お主、子供は産めるのか?」
「試したことはないけど、大丈夫じゃないかな。過去にも人間と関係を持って、子供を産んだという事例があったと思う。さあ、ボクの意見も――」
「ゴーザ」
島長はゴーザの方を向いた。
「よかろう」
「よし!」
「島長!!」
男達が一斉に反発する。
島のことや、ゴーザがまだ若いことを持ち出すものがいたが、有り体にいえば、みんなパルシアとヤってみたかったのだ。
「ゴーザの言うとおりだ。こやつは島で1番魚を捕っている。ベテランの漁師よりもだ。まだ若いが、頭も回る。こやつに託すのが筋じゃろ」
「おい。聞いたか! 悔しかったら、俺より魚を捕りやがれ」
「それに――」
ゴーザが挑発する一方で、島長は話を続けた。
「ゴーザは既婚者じゃが、娘は理解してくれるじゃろ」
話を締める。
最後の言葉を聞いて、男達は口を閉じた。
ゴーザに嫁いだのは、島長の娘だ。
1番忸怩たる思いを持っているのは、父親だった。
その人間が決定したのだ。
反論する者はいなかった。
たった1人を除いては。
「ちょっと! ボクの意見は完全無視なわけ?」
パルシアが青い瞳を光らせ、わめき散らす。
ゴーザは踵を返し、パルシアの前に立った。
しゃがみ込むと、その形の良い顎を触る。
「これで、お前は俺の嫁だ。誰がなんといおうがな」
「嫌だ」
「安心しろ。有象無象の男どもより気持ちよくさせてやるから」
「は! ガキがなに言ってんだが」
「ガキって……。俺たち、同い年かお前の方が下だろ?」
「今年、32歳だけど」
「…………」
ゴーザの目が点になった。
「ちょっと待て! 嘘だろ」
「本当だよ。ボクたちダークエルフは長寿なんだ。そのために成長もゆっくりなんだよ」
「な――」
「なに? 年上は好みじゃない? だったら諦めればいい」
確かにゴーザは年上は好みじゃない。
それは自分の嫁が年上だったことに起因する。
コンプレックスと言い換えてもいいだろう。
だから、もし再婚できるなら、今度の嫁は同い年か年下。年上でも10歳までだ。30歳以上、絶対に嫌だった。
だったのだが……。
――マジか……
ショックを隠しきれなかった。
いや、それでも。
パルシアは美しい。
それに年の割には幼く見える。
見た目がいいなら、問題ないのではないか。
ゴーザはとりあえず自己完結した。
女性100人に聞けば、100人とも非難を浴びるような――最低の結論ではあったが。
ゴーザが年上が嫌いでも、決まったことが覆ることはない。
腕を取り、パルシアを無理矢理にでも家に連れ帰ろうとした時だった。
「火の元素よ。召し上げろ」
黒い妖精といわれた女は呟いた。
ゴーザにはそれが呪いのように聞こえた。
突如、組木された篝火が激しく燃え上がる。
まるで周囲の男達を威嚇するように破裂音が鳴った。
海の男達は突然の出来事に慌てふためいた。
蜘蛛の子を散らすように逃げて、距離を置く。
篝火の近くにいた島長は、腰を抜かし、その場にとどまった。
ゴーザも火の粉を散らす篝火を、呆然と眺めている。
浜が騒然とする中、パルシアは縄を魔法で焼き払う。
少し火傷を負ったが、問題は縄の跡だ。
残るかな、と変なことを心配した。
側にいたゴーザは、いつの間にかパルシアが縛から逃れていることに驚く。
すぐに頭を切り換えると、パルシアに襲いかかった。
「この者を、律から解放せよ」
再びパルシアは魔法を唱える。
すると、ゴーザの身体がふわりと浮き上がった。
大の男が顔面蒼白になりながら、夜の空へと昇っていく。
ある程度の高さまでくると、糸が切れた人形のように落下した。
「ぐへ!」
潰れた蛙みたいな悲鳴を上げ、砂に突っ伏す。
鍛えているだけあって、息はしていた。
見届けると、パルシアは島長の方へと歩いていく。
すでにこの時、島長も海の男達も半狂乱になっていた。
腰の抜かした島長の前に座り込む。
ニコリと笑った。
「あんまりこういうことはしたくなかったんだけどね。ドクトルの名誉のためにも」
「は、はあ? ……ドクトル?」
「でもね」
青い瞳が光る。
妖艶に――そして冷たく。
それはドクトルに1度として見せたことがない素顔。
ダークエルフの狂気が潜んだ瞳だった。
「ボクのいうことを聞いてくれないなら仕方ないよね」
手をかざす。
島長の前で。
まるで凶器を見せびらかすように。
「全部燃やしちゃおう――」
かしら……。
言葉の意味はあまりに凄惨であるにも関わらず、パルシアは実に愉快そうだった。
誰の子供なのか、というのは、本編で詳しく描かれる予定です。
今週はもう1回更新する予定です。




