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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅳ ~ ローラン・ミリダラ・ローレス ~

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第25話 ~ 私にはあなたが必要よ ~

外伝Ⅳ第25話です。

実質的には外伝の最終話に当たります。


よろしくお願いします。

 王女のメイドが窓によりかかっていた。


 口をとがらせ、不機嫌そうに目を細めている。

 手にお茶が入ったカップを持ったまま、視線は窓外に向けられていた。


「何をそんなにブーたれているの、ユカ?」


 同じくお茶に口を付けたローランはソファに座っている。

 その動作1つ1つが、実に優雅で洗練されていた。


「だってさ。考えてもみろ。結局、ジメルと業者(インポス)のつながりは証明できなかったんだろう?」

「ユカはジメルを吊し上げたかったのね」

「つるし……。そういうわけではないが、今回の1件のあいつへの処罰が軽すぎないか?」

「それは何度も説明したはずよ。今後のローレスを強くする意味で、どうしても必要な人材のはず」

「聞いた。何度も……。耳に悪魔が潜むぐらいにな」


 ユカはオーバリアントでよく用いられる慣用句表現を使って、反論する。


「それに実行者の業者(インポス)と、首謀者のジメルの秘書には実刑が下されることになってるわ。彼自身も、左遷という形で責任を取ったことになっている。ユカは何が不満なの?」

「それでも……! 亡霊騎士によって、罪なき家族が殺された。それをうやむやには出来ないだろう!」


 カップの取っ手をぐっと握る。

 あまりに力が入り、ヒビが入るとユカの手からカップが滑り落ちた。


 絨毯の上に落ちたティーカップはあまり派手な音は鳴らない。

 代わりにお茶がシミのように広がっていった。


 ユカは息を吐く。


 カップをテーブルに戻した。

 懐からハンカチを取り出すと、ユカに投げる。

 メイドは受け取ったものの、ただ仕える主君の方を向いて仁王立つ。


「ユカ……」

「…………」

「オーバリアントでもっとも忘れてはいけないことはなんだと思う?」

「……なんだ?」

「死んだ人間は生き返らせることは出来ない」

「…………!」

「モンスターによって傷ついた人は復活できる。でも、それ以外は違う。死んだら誰も何も出来ない。それが王という存在であってもよ」

「黙って受け入れろ、と?」

「そうよ」


 ふっと息を吸った。

 顔を上げたユカの表情は、猛っていた。


 しかしそれ以上に、真剣な顔をしていたのが、ローランだった。


 王女は言葉を続ける。


「人間が出来ることは、人間が作ったルールの上で人間を罰すること。そして2度と同じことを繰り返さないこと……」

「…………」

「そのために王室がいる。王がいて、私がいる。私は王女。ローラン・ミリダラ・ローレス。それに気づかせてくれたのは、あなたなのよ、ユカ……」

「私……?」

「そのために王と私はは最善策を選んだ。すべては悲しいことが起きない強い国を作るために」


 ピンク色の瞳が光る。

 黄緑色の瞳が受け止めた。


 白い髪の少女。

 薄紫のメイド。


 それぞれの頭の高さは違う。

 だが、足を付けた場所は一緒だった。


 そっとローランは手を差し出す。


 細い指だった。



「ついてきてほしい、ユカ。私にはあなたが必要よ」



 口端を広げる。

 優美な睫毛が少し下がり、頬が緩んだ。


 少しだけ首が傾けると、白い前髪が眉にかかる。


 笑っていた。


 ローランらしいと思った。


 とても柔らかな……。

 何もしていないのに、そっと肩を抱かれているような気がした。


 ユカも手を差し出す。


 戦士らしいタコで固くなった手を……。


 そっと握る。


 やはり小さな手だった。

 でも、とても力強かった。


 ユカも笑う。

 頬が朱に染まっていた。


 バァアン!!


 突然、大きな音が鳴った。


 いきなり部屋のドアが開け放たれたのだ。


「姫さまあああああああああああああ!!」


 飛び込んでくる。


 現れたのは、頭に耳がついた獣人の女の子だった。


「不肖パレア・グラトリス! 監獄から戻って参りました!!」


 元気よく挨拶する。

 異様にテンションが高かった。


 公文書館で大人しく働いていた獣人と同一人物とは思えないほど。


 戻ってこれたことが、相当嬉しかったのだろう。


 そんなパレアを見て、目を丸くする。

 飛び込んできた狼娘は、2人の姿を眼鏡越しに認めた。


「あれ? 2人ともなんで手なんてつないでるんですか?」


 パレアは小さな頭をころりと傾けた。


 言われて、ローランとユカは見合った。

 メイドの顔から沸騰した鍋のように湯気が上がった。


 慌てて手を離す。


「いや、これは……」

「私がいない間に、より親密になられたのですね」

「違う! そういうわけでは……」

「別に慌てなくてもいいじゃない」


 ローランはころころと笑った。


「う、うるさい!」


 ユカの大きな声は、城内を貫くのだった。



    ※     ※     ※     ※     ※     



 ローレス王城の城門前。


 ユカは人と会っていた。


 両親と元気な男の子が1人。

 亡霊騎士事件で知り合ったバーガル親子だ。


 事件の中で奮闘したリモルは、両親の間に挟まれ両手を引かれている。

 微笑ましい光景に、ユカの顔に思わず笑みがこぼれた。


「すまないな。見送りが1人で」


 本当はローランも見送りきたかったのだが、例の穴が塞がれてしまい、また部屋に引きこもる生活になった。


 居室の前の警備もさらに厳重になり、忌み子(ローラン)という存在を隠すことよりも、警備側が王女の脱出を意地でも阻止しようとしているように見えた。


 おそらくユカがうっかり衛士に、ローランが警備の網の目をかいくぐって、お城に出ていることを漏らしたからだろう。

 おかげで、最近の王女様は不機嫌この上ない。


 しかし、ローランのことだ。

 放っておいても、またどこかに抜け穴なり、抜け道なり作るのだろう。

 ユカはそれを察してついていくだけだった。


 ローランに対する忠誠……?

 いや、単純に好奇心だけだ。


 王女の見送り――。


 反応したのは、母親のアスイだ。

 その顔が一瞬にして青くなる。


「そ、そんな! ……め、滅相もありません! まさか――」


 ガーネット様が王女様だったなんて――。


 と言いかけて、ユカは人差し指を立てていることに気づいた。

 真意を悟り、アスイは反射的に自分の口を手で隠した。


「まあ、そういうことだ。悪いが、くれぐれも内密にな」

「は、はい」


 アスイは何度も頭を振った。


 ユカは話題を変える。


「とりあえず、マキシアに戻るんだな」

「はい」


 と答えたのは、父のキラルだ。


「すなまないな。力になることができなくて……」


 キラルは落ち着いて首を横に振った。


「いえ……。家族とこうして再び会うことが出来ました。それだけで十分です」


 ポンと我が子の肩に手を置いた。

 父の手を見て、リモルは顔を上げる。


「そうか」


 納得するしかなかった。


 マキシアに戻った彼らには苦難の道しかない。

 放棄した田畑をもう1度再生するか、不慣れな仕事につくしかない。


 その苦しみは、似たような境遇にあるユカには痛いほどわかっていた。


 それでも――。

 この国で彼らは犯罪者だ。

 それを許したり、何か便宜を図ったりすれば、それこそユカが嫌いなジメルと同じになってしまう。


「いつかローランがこの国を変えることが出来た時には、またローレスに来てくれ。その時に、笑って再会しよう」


 気休めだとはわかっている。


 でも、バーガル夫妻の顔には、笑顔が灯っていた。


「あ!」


 いきなり声を上げたのは、リモルだった。

 空に向かって指をさす。


 ずっと上を見ていた彼だけが気づいたもの……。


 それは茶色い飛行物だった。


 ゆっくりと風に揺られ、渦を巻くように空から降りてくる。

 鳥でもなければ、綿帽子でもない。

 得体の知れない物体は、目撃した全員の目を釘付けにした。


 カサッと小さな音と砂埃を上げて、近くに不時着する。


 真っ先に反応したのは、リモルだった。

 ユカは「あっ」と手を伸ばしたが、子供の好奇心を止められなかった。


 無造作に空から飛来したものを拾い上げる。


 それはいわゆる現代世界でいう紙飛行機だったわけだが、オーバリアントで生まれた人間には知るよしもない。


「これ……。紙で出来てるよ」

「紙?」


 追いついてユカも、リモルの両手の平ほどの大きさの紙飛行機を見つめる。


「なんか……。字が書いてる」


 リモルの言うとおり。

 翼の部分に何か字が書いてあった。


 ユカは目を細める。

 実は、あまり字を読むのは得意ではなかった。


 短い文章だった。



        ま         た         ね



「あ――」


 反射的にユカは顔を上げる。


 だが、そこから見えるのは高い高い城壁だけだ。


「あいつ……」


 苦笑する。


 城壁の向こう……。

 窓によりかかってこの飛来物を飛ばしてきた人間の顔を思い浮かべる。


 真綿のような白い髪を揺らし、ピンク色の瞳で城下を見つめる王女の姿が。


 ユカはリモルに向き直った。

 頭を撫でる。


「これはお前へのプレゼントだってさ。ガーネットから」

「プレゼント?」

「ああ……」


 おお、とリモルは歓声を上げた。

 紙飛行機を持って飛び跳ねながら、両親の元へと帰っていく。


 プレゼントされたばかりの紙飛行機を見せびらかした。


「では、ユカさん。本当にありがとうございました」


 バーガル夫妻は改めて頭を下げた。


「じゃあね! ユカ! ガーネットによろしくね!」

「伝えておくよ」


 そして背を向け、親子は歩き出す。


 リモルは小さな身体を目一杯動かし、最後まで手を振っていた。


 手に持っていた紙飛行機は、青空をバックに飛んでいるように見えた。


明日は「おまけ」を上げます。

まあ、いくつか謎を残したままなので、補完する形です。

(明日が外伝最終話になります)


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。


【告知】  2016年8月30日

『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。』をお楽しみの皆様に、

残念なお知らせしなければなりません。


長らく毎日更新をしてきました本作ですが、一旦更新をストップさせていただきます。


理由については活動報告にてご連絡させていただきますので、

よろしくお願いします。


ただ1つ言っておきますと、エタるということは絶対にないことだけ、

お伝えしておきます。

必ず連載を再開しますので、今しばらくお待ちいただきますようお願いします。

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