第3話 ~ 曰く「亡霊騎士」 ~
外伝Ⅳ第3話です。
よろしくお願いします。
ローラン・ミリダラ・ローレス――。
黒星まなかの異世界での趣味は、『お忍び』だった。
こういうとわかりにくいだろう。
有り体にいえば城を抜け出して城外を散策することだ。
かなりの頻度で決行し、曇り空の日は必ずといって夜の町を歩き回る。
やり始めて、すでに2年の月日が経っていた。
はじめた当初は、かなり城の者にも怒られた。
もちろん、父にもだ。
後にも先にも、父ラザールがあれほど激高したのを見たことがなかった。
それほど唯一の肉親であるローランを愛していることに、まなかは罪悪感を覚えた。
最近はほとんどなくなった。
城の者もあきれ果て、「忌み子」という理由から放置したからではない。
単純に、ローランの手際が良すぎて、誰も彼女が今もお城を抜け出していることを知らないのだ。
1度見つかった時にローランは徹底して、城を抜け出るルートを探した。
町の地図を入手し、頭に叩き込み、どんな場合でも絶対に帰ってこれるよう余裕を持った探索プランを毎回考えたのだ。
そこまでして城を抜け出る理由は至極明快だ。
退屈だったからである。
現代世界で女子高生だったまなかにとっては、ローレスの王城がどれほど広かろうと狭い箱庭でしかなかった。
深窓の令嬢もいい。
が、やはり世の中を見聞したいという気分は抑えられない。
何よりここは異世界――。
知らないことがたくさんある。
テレビもインターネットもオーバリアントにはない。
自分で見て聞いて感じる以外に方法がない世界なのに、部屋に閉じこもるなどナンセンスだった。
本来であれば、お昼に出て行きたい。
だが、姫というのはみだらに市井に出てはいけない存在らしい。
視察と称して外へ出ることがかなっても、馬車の中から見ることしか許可されなかった。
こうした厳戒態勢は、ローランが姫であることと同時に、やはり『忌み子』であるからだろう。
白い髪。
薄ピンクの瞳。
歴代の王族の何者にも特徴がマッチしない姫君……。
隠しておきたいのだ。
王城内のほとんどの人間が、ローランをよく思っていない。
それは十分理解している。
だからといって、大人しくしておく……。
ローラン――いや、まなかにはそんな考えはない。
『お忍び』はそうした人間たちに向けた反抗心――というわけではない。
けれど、この経験と見聞したものをきっかけに、それらの人間といつか手を取り合いたい。
ローランはそう考えていた。
「さて、今日はどこに行こうかしら」
光る瓶を、地図にかざした。
瓶の中には『ヤルメ』という虫が数匹入っている。
特定の草花を食べるとお腹が発光する特性を持つ。
それをランプ代わりにローランは使っていた。
おそらくこんな使い方をしているのは、ローレス広しといえど、彼女しかいない。
そもそも特定の草を食べると光るなんてことも、知る人間はごく少数だろう。
散策の成果の1つだった。
地図を片手に、ローランはどんどん裏通りの奥へと入っていく。
夜だからどこも人気はないが、表通りにまして暗い。
虫ランプがなければ、一寸先すらわからない。
地図は裏通りまで克明に描かれているが、どこを歩いているかわからなくなれば宝の持ち腐れだ。
慎重に歩みを進める。
浮浪者が壁に寄りかかり、酔っ払いが階段の上で寝ているのを横目で見ながら、ローランはさらに暗い闇へと足を向けた。
いうまでもなく、暴漢に襲われればひとたまりもない。
恐怖を感じていないわけではない。
正直にいうと怖いのだ。
ローランがこうしたリスクを背負うには訳がある。
ローレス王国城下は今、1つの怪奇現象の噂で持ちきりだった。
曰く「亡霊騎士」
夜な夜な甲冑姿の騎士が現れ、人に斬りかかるという事件が起きている。
実際、死人も出ており、衛士たちは関連性を調べていた。
ここまで聞くと、現代世界にもありそうな怖い話だ。
だが、さらにオーバリアントらしい――いや、ローレス王国らしいオチが付く。
亡霊騎士が出た晩――。
教会に安置された冒険者の棺が人知れずなくなっているのだという。
故に、亡霊騎士は死んだ冒険者の怨念だというものがいた。
亡霊騎士だけでも十分キャラが立っている。
なのに、冒険者の棺が不明になるという事件……。
センセーショナルな出来事は、ネットがない異世界の城下でも瞬く間に広がった。
すでにローランの父ラザールの耳にも入っており、原因究明の勅命が下されている。
王室のこうした早い動きは、「冒険者」に対するマイナスイメージを払拭するためのものだ。
冒険者の国。
はじまりの国。
そう呼ばれるローレスも今や長い冒険者の優遇政策に、不満を持つ者は少なくない。
特に近年は優遇政策を続ける王室と、撤廃もしくは一部解除を要求する大臣以下の臣下の間で激しいやりとりが行われている。
冒険者の犯罪は、必ず議場でやり玉に上がる。
格好の的なのだ。こうした事件は。
最終的に決定するのは王室だ。
国の根幹計画が早々覆ることはない。
しかし、うまく臣下の意見を取り入れる度量がなければ、支配者としての株が下がることになる。
長年の鬱憤が爆発し、クーデターを起こされることだけは避けなければならない。
亡霊騎士事件の真偽をいち早く確かめることは、ローランにとっても必要なことではあった。
「きゃああああああああああああああああああああ!!」
白い髪が翻った。
女性の悲鳴。
暗い裏路地。
厄介ごとのテンプレートともいえる状況がやってきた。
ローランは一瞬迷ったが、フードを被り直し、走り出した。
むろん、声の方にだ。
3ブロックほど駆けて、さらに入り組んだ路地へと入る。
頭の中のナビはちゃんと機能している。
迷って帰り道がわからなくなった、ということはない。
――大丈夫。
ローランは声の発声源に飛び込んだ。
虫ランプをかざした。
男と女がいた。
男の手は女の胸ぐらを掴んでいる。
一部乳房が見えていた。
若い、が――それは現代世界の話だ。
オーバリアントの結婚適齢期は18だと言われている。
それから推察すると、妙齢といっていい女性だった。
傍らには子供が気を失っていた。
女の子供だろうか。
頬には痣が浮かんでいる。
「やめなさい!」
凜とした声が路地に響く。
男と女がフードを被った小さな少女に振り返る。。
女はおびえていた。
そして目で「助けて」と訴える。
「なんだ、てめぇは……」
女を突き飛ばして、立ち上がった。
その時にはローランは走っていた。
男の体勢が整える前に奇襲を仕掛ける。
つもりだった――。
闇からぬっと手が出てきた。
逆に不意を突かれる。
ローランはあっさり羽交い締めにされてしまった。
「正義の勇者気取りか? お嬢ちゃん」
――仲間がまだいたの!?
うかつ……。
唇をかむ。
男はローランのフードを剥いだ。
「なんだ? 獣人かよ……。でも力ねぇなあ、お前」
「へぇ……。結構、上玉じゃねぇか。高く売れそうだ」
もう1人の男がこっちにやってくる。
分厚い唇を舐めた。
「どうする?」
「そりゃあ……。どっちもいただくに決まってるだろ」
「だよな」
下品な笑い声をあげる。
こんな時でも、ローランは男の羽交い締めから抜け出せない。
人をさらうことになれているのだろう。
腕を噛もうにも、うまく下あごに腕を入れられて、実行できない。
バタバタと足を動かしもがくが、すね当てでもつけているのか、全くひるむ様子はなかった。
「おい! いい加減大人しくしろ!」
「俺、こいつどっかで見たことがあるような気がするぞ」
男は顎に手を当て、考えはじめる。
――あ……。やばい……。
ローランにとって、誘拐されるよりも、身ばれする方がマイナスだ。
誘拐されても脱出すればいいが、王国に通報され、挙げ句身代金など要求されれば、無事解決した後、父や臣下に何を言われるかわからない。
一生駕籠の鳥でいるよりも、誘拐されてどこかに売り飛ばされて外の世界に行く方が、ローランにはまだマシに思えた。
一層、足をばたつかせる。
すると、勢い余って、対面に立った男の顎にぶつけてしまった。
「このぉ……」
顔を赤くし、男は睨む。
拳を振り上げた。
時だった。
スコン……。
小気味よい音が、夜の城下に響き渡る。
「ふにゃあら……」
気の抜けた声を上げ、男は崩れ落ちる。
意識を失っていた。
「おい。どうし――」
ドスッ……。
今度は重い音が聞こえた。
ローランを拘束していた男の目玉が回る。
手を離すと、同じく崩れ落ちた。
何が起こったのかわからない。
ふと女と視線があったが、あちらも何がなんだかわからないようだ。
「全く……。とんだじゃじゃ馬なお姫様だな」
突然、声が聞こえてきて、ローランは振り返った。
黒のワンピースに、白のエプロン。そしてカチューシャ。
エプロンとカチューシャには、可愛いフリルが付いている。
オーバリアントでは見慣れぬデザイン。
明らかにローラン――まなかが作ったものだった。
薄ピンクの瞳がみるみる広がっていく。
そして――。
「ユカ……」
呟いた言葉は、今日付で自分のメイドになった女性の名前だった。
メイドに剣って、なんかWORKINGとか思い出すw
明日も18時に投稿します。
よろしくお願いします。




