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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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最終話 ~ まだ天文学者を目指したい? ~

第4章最終話です。

よろしくお願いします。

 数日後……。


 宗一郎、ライカ、フルフル、クリネ、そしてローラン……黒星まなかの姿は、ローレスにあった。


 街は相変わらず閑散としていた。

 合流したベルゼバブの話では、プリシラの呪術が正常に戻った瞬間、ロールプレイング病の患者は意識を失ったという。


 命に別状はなく、快方に向かっているものがほとんどのようだが、街が活気を取り戻すにはまだ時間がかかるそうだ。


 まなかはお城に入る前に、民の様子が見たい言いだした。


 父であるローレス王や家臣のことも心配だが、王族にとって何より大切にしなければならないのは、民だと彼女は説いた。


 それを聞いたライカは、同じく民を率いるものをとして共感し、慰問に同行すると進言した。


 どちらかといえば、一歩引き気味だったライカと、まなかの関係は、この事をきっかけに距離を縮めていくことになった。


 そうしてローレス王と面会がかなったのは、さらに数日後のことだった。


 物語はその前夜のこと――。




 黒星まなかは車椅子に座っていた。


 宗一郎の従者悪魔ベルゼバブに作ってもらったものだ。

 いくつか材質が違うものもあるが、現代世界のものと要領は変わらない。


「まさか車椅子を異世界で乗るとは思わなかったわ。……現代世界では1度も乗ることがなかったのに」


 と振り返る。


 車椅子の取っ手を持ってサポートする宗一郎は薄く笑った。


「まなか姉は、元気と身体の丈夫さだけが取り柄だったからな」

「なによ、その言い方! まるで私にはそれしかないみたいじゃない」

「他に何があるんだ?」

「それは…………料理とか」

「あの下手物を料理というのか」


 まなかは1度だけ、宗一郎や妹のあるみのためにクッキーを焼いたことがあった。


「げて……。なによ! 2人ともおいしいおいしいって言ってくれていたじゃない」

「おいしいって言わなかったらダメって雰囲気を作ったのは、まなか姉だろ」

「そんな強制するようなことしてないよ!」

「どうしてあんな味になるか教えてほしいものだ。オレとあるみが後でレシピ通りに作ったら、問題なかったぞ」

「あ、あれは……。あるみちゃんが高スペックすぎるんだよ!」


 と昔話に花を咲かせる。


 王城にある長い廊下を渡り、城の裏庭へとやってきた。


 おそらく大小様々な花が咲き乱れていたと思われる庭園は、荒れ果てていた。

 城の復興は徐々に進んでいるが、こちらは後回しにされているらしい。


 15年暮らしてきた城の惨状に心を痛めつつも、まなかは上を向く。


「わぁあ……」


 思わず歓声をあげた。



 満天の星空だった……。



 無数の光点が漆黒の宇宙(そら)に浮かんでいる。

 星1つ1つ止まって見えるのに、光が流れていっているように錯覚する。


「オーバリアントに産まれてね。一番良かったのなあって思うのが、この星空を見ることができたこと……」

「同感だ」


 宗一郎も空を見上げながら、頷いた。


 現代世界でも、これほどの光景を目にすることは稀だろう。


 オーバリアントでは、光害の影響がないことに加えて、月がないことが、星の光を際立たせていた。


「オーバリアントって月がないでしょ。……でも、月ってなかったら、私たちが産まれてこなかったって言われてるぐらい重要な存在なの」

「だけど、オーバリアントにはオレたちと同じ人類がいる。学説が覆ったな」

「たぶん、それは違うと思う」


 まなかは空を見上げながら、ぽつりと呟いた。


「あくまで私の推測だけど、この世界の生物っていろんな世界からやってきたんじゃないかな?」

「異世界からってことか?」

「うん。だって、人種も様々でしょ。人もいれば、エルフもいる。獣人だっているでしょ。エルフの中にもいろんな種類がいるし」

「確かにな」

「私……。こう思うんだよね。宇宙(せかい)は意志をもっていて、自分をメンテしてほしいから、生物を作るんじゃないかって」

「なかなか大それた仮説だな」

「でもでも……。人が住まなくなっただけで、この城もこれだけ荒れ放題になったんだよ。人がいるからこそ、整えてあげよって思う力が、働いたって不思議なことじゃないと思うけどなあ」

「でも人間の視点の話じゃないか?」

「そうだけど……。でもそれが正しいとするなら――オーバリアントの場合、それが難しくて、別の世界からの移民に頼ったんじゃないかな。そういう力がオーバリアント自体にあったからこそ、魔法文化って産まれたんだと思うの」


 なるほど――と宗一郎は心の中で首肯した。


 すべてを調べたわけでないが、異世界には程度の差こそあれ、『魔法』というものが存在する。


 それがない現代世界の方が希有な存在(れい)なのだ。


 だが、現代世界には生物を産む(ちから)があった。


 では――そうではない世界は、どうやって生物を産んだのか。


 世界自体に意志のようなものがあり、魔法を形作る土壌を産んだのであれば、1つの説明としては成り立つ。


 何度もいうが、大それた仮説であることは間違いない。

 普通の人間の発想ではなかった。


 まなかは宗一郎やあるみほど勉強の成績が良かったわけではない。

 時々こうして――頭がいいだけでは生み出すことができない発想を口にする。


 宗一郎が何年オーバリアントにいたところで、思いつかなかった考え方だろう。


 そしてそんな黒星まなかが目指していた職業が――。


「まだ天文学者を目指したい?」


 宗一郎は尋ねる。


 まなかは人差し指を唇の下につけて考えた。


「うーん。どうかなあ……」


 車椅子の持ち手を離すと、宗一郎は前に回り込んだ。


 まなかの前で膝立ちになり、尋ねる。


「単刀直入に聞く。まなか姉は現代世界に戻りたいって思ったことはあるか?」

「それはまあ、思ったことがあるよ」

「オレならそれが出来るといったら」

「そうだな。……うーん、なんだよね」


 頭を抱える。


 やがて答えた。


「とても嬉しい誘いだけど、やっぱりやめておくわ」


 結論を伝える。


 宗一郎の表情は――微妙だった。

 肩を落としたり、息を吐いたりと、オーバーなアクションはなかった。

 が、やはり失意の念は隠せていない。


 一度、ギュッと目を閉じた後、質問した。


「理由を訊いてもいいか?」

「うーん……。一番は私がもう黒星まなかではなくて、ローラン・ミリダラ・ローレスってことかな。ここにはオーバリアントの両親がいるし、私を慕ってくれる人がいる。それを振り切って、帰るのは私には無理……」


 それに――と話を続ける。


「髪も目も、肌だって、別人なんだよ。黒星まなかですって言われても、誰も理解してくれないと思う」

「そんなこと――」

「宗一郎君は特別だよ。……でも、他の人は違う。私はその理解を他人に押しつけてのうのうと生きることができない小心者なんだよ」


 まなかは微笑む。

 柔らかく――弟分を安心させるように……。


 慈愛に満ちた表情を見て、宗一郎もまたすべて悟る。

 そしてぎこちなく笑った。


 まなかは座ったまま身を乗り出した。


「ところで、宗一郎君はどうするの?」

「何が?」

「今、起こってる問題がすべて片づいたら、どうするのかってこと」

「1度は現代世界に帰ろうかと思っているが……」

「その後は? ライカちゃんのことはどうするの?」



 ぶうぅううううううううううう!!!!



 宗一郎は吹きだした。


「ま、まなか姉!」

「私が何も知らないって思ったら大間違いだよ。2人とも婚約してるんだって」

「だ、誰からそんなことを!」


 改めて話すつもりでいたのだが、まさか知られているとは思わなかった。


「それはプライバシー保護のためお答えすることはできません。予想はつくと思うけど」


 まなかはクスクスと笑った。


 ――あのクソ悪魔め! あとで聖書を100回唱えてやる!!


 頭の中に、1匹の悪魔(フルフル)が浮かぶ。

 まさに小悪魔のように笑っていた。


「ちゃんと支えてあげるんだよ。……ライカちゃんはもう国の王様だけど、なんといってもまだ女の子なんだから」

「わかっているよ」


 いつかきっちりこの問題には向き合わなければならない。


 現代世界を取るのか。

 それともオーバリアント(異世界)を取るのか……。


 結局、まなかの前で決断は下さなかったが、宗一郎は心の中で固く誓約を結んだ。


「でも意外……」

「何が?」

「私はてっきりあるみちゃんと結婚するのかなって思ってたけど」

「え? そんなこと思ってたの?」

「だって、2人とも仲良かったから……。よく(うち)に来てたし」

「それは――」


 宗一郎は言いよどむ。


 あるみと仲良くなったのも。

 家に行くようになったのも。


 あの当時、別の目的があ(ヽヽヽヽヽヽ)った(ヽヽ)から――とは、本人の前で言い出しづらかった。


「そ、宗一郎君」

「――な、なんだ?」

「顔が赤いよ。大丈夫?」


 まなかは覗き込む。


 赤いといった宗一郎の顔は、さらに熟れたトマトのようになった。


「そろそろ戻ろうか? 明日はお父様に会ってもらわなきゃいけないし」

「あ、ああ……」


 少々ふらつきながら、宗一郎は取っ手を握る。


 車椅子を返して、進み出した。


 まなかは首を後ろに向けて、少々悪戯ッぽい笑みを浮かべた。


「ライカちゃんのこと大事にするんだぞ、男の子」


 と激励する。


 宗一郎は一瞬眉尻を下げたが、いつもの逞しい男の顔に戻った。


「ああ……」


 力強い言葉に、満足したまなかは「よろしい」と大きく頷いた。




 次の日。


 宗一郎とライカ、クリネがローレス王ラザール・ミリダラ・ローレスの謁見中。


 事件は報告された。


 王の寝室に足元をふらつかせながらやってきたのは、白髪の老人だった。


 着ている鎧は煤と砂にまみれ、鞘に納まった細剣の1本は折れていた。

 明らかに敗残の兵という様相。

 しかし青い瞳に宿った意志の強さは、誰にも止めることは出来なかった。


 老兵は転がり込むように部屋に入ってきた。


「無礼であるぞ。ここは王のしん――」


 ライカは、自身が客人の身でありながらも、率先して前に出る。

 不埒者を追い払おうとしたが、言葉は途中で止まった。


「ロイトロス!」


 そう。老兵の名はロイトロス。


 皇帝の直属軍の指揮官。

 今は、サリストに展開し、海を渡ってやってきたエジニアと睨み合っているはずだった。


「ひ、め……」


 かつての愛称で呼ぶと老兵は崩れ落ちた。


 ライカは駆け寄り、慌てて抱える。


 ふと手にぬめりを感じた。


 手の平を見ると、赤く染まっている。


 血だ……。


「ロイトロス、しっかりしろ」


 ライカが呼びかける。


 1度失った意識を、かつてのお目付役は強靱な精神によって回復させる。


「七十二の一鍵にして、悪霊を統べる治癒医ブエルよ。汝の力をもて、このものを癒やせ」


 横で見ていた宗一郎が呪文を唱える。

 ライカに抱きかかえられた老人の胸に手を当てた。


 癒しの光を当てられながら、ロイトロスは。


「申し訳ございません」


 謝罪した。

 そんな老兵の身体を、ライカは思わず激しく揺すった。


「どうしたのだ! 一体!」

「お姉様。ロイトロス様の傷に障ります」


 クリネは自制を促す。


 後ろでは、ラザール陛下とローラン殿下が状況を見守っていた。


「て、帝国……ぐん…………は――――」



“か、壊滅しました”



 弱々しい声だった。


 しかし、その一言が部屋全員の耳に衝撃を与え、凍り付かせた。


「か、壊滅だと」

「は……ぃ……。申し訳……ありませ……ん……」


 なおも謝る。


 残ったのはロイトロスと、他数名の兵士だという。


「エジニア軍の仕業か?」


 ライカの質問に、ロイトロスは小さく首を振る。


「エジニアも……。壊滅――」

「エジニア軍もか!!」


 どういうことだ。

 さっぱりわからない。


 それぞれ顔を合わせるが、事態がまるで推測できなかった。


「では、一体何があったのだ!」

「わ、我々にも……わかりま……せ、ぬ。気が…………ついたら、吹き飛ばされて……」


 宗一郎の治癒魔術によって傷は回復してきているが、まだ傷むのだろう。

 ロイトロスはうめき声を上げながら、話を続ける。


「ただ――――」

「ただ――なんだ?」

「見えました……」

「何を――」


 ロイトロスは唇を震わせ、力を振り絞った。


 そして――言った。




「大きなキノコのような…………くもを…………」





長い長い4章が終わりました。

ここまでお付き合いいただいた方、本当にありがとうございました。


ちょっと気になる感じで引くことになりますが、

次章を楽しみにしていて下さい。


というわけで、明日から外伝Ⅳを連載いたします。

少し告知しましたが、ローラン(黒星まなか)のお話です。

まなか姉がどんな生活をしていたのか。

そんな話が中心になります。


ちょっと試みとしてミステリー風なお話になっています(←“風”ってとこが重要)。

王女が王国の悪事を暴く的な作品を書いてみたので、

若干、未熟な部分はありますが、お楽しみいただければ幸いです。


ちなみにすいません。

長くなりそう……ってことを、はじめに告白しておきますm(_ _)m


そんな感じで、明日も18時に更新します。


今後も、『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。』をよろしくお願いします。

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