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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第75話 ~ 踏み台だ ~

第4章第75話です。

よろしくお願いします。

 ミスケスの顔は蒼白になっていた。


 赤い眼を広げ、一点を見つめている。


 少女の血に濡れた手を、だ。


 プリシラちゃん……。


 声をかけたいのに、声をかけられない。


 飛び出したいのに、飛び出せない。


 身体が動かせないのだ。


 何も出来なかった。


 ただ口から女の声が、勝手に出てくるだけだ。


 気持ちが悪い。

 喉奥に芋虫でも突っ込まれたような……。


 嘔吐感があるのに、吐き出せない。

 中途半端な感覚。


 なのに、女の声が出てくる。

 ぞっとするほど綺麗だった。

 なのに、混じり気のない純粋な邪悪さを秘めている。


 そんなミスケスを、プリシラが睨む。


 正確には彼女が睨んでいるのは、口の奥に潜んだ悪魔だ。


『でもここは褒めておきましょう。さすがはオーバリアントの女神……』

「あんた、呪術はかけたわね」

『あは! 人の無意識を操作する――呪術の基本かしら』


 宗一郎は密かに眉を跳ね上げる。


 プリシラは生粋の呪術師だ。

 おそらく現代世界でも3本の指に――いやナンバーワンの実力を持っている。


 呪術師にとって、最大の敵は呪術師だ。


 故に呪術に対するなんらかの対策を常に講じている。


 魔術師という立場から、宗一郎も呪術に対する備えはしている。


 だが、宗一郎の対策が平屋の一戸建てなら、プリシラは何重にも城壁を重ねた難攻不落の要塞だ。


 それぐらいの差はある。


 ラフィーシャは“呪術の基本”などとのたまっているが、様々な対抗策を講じて、プリシラに呪術をかけ、ミスケスという冒険者を呼び込んだのだろう。


 それはかけられた本人が一番理解していて、何より屈辱的なことだろう。


「オーバリアントに変な呪術をかけたのもあんたね」

『変なとは失礼かしら。美しいといってほしいものだわ――かしら』


 ラフィーシャは声を出して笑う。


『あなたの力――素晴らしいわ。60年もかかっちゃったけど……。ようやくあなたの能力をコピーできたかしら』

「はっ! 私に追いついたつもり?」

『追いついた、かしら? おバカな女神様……。とっくに追い越してるかしら。今のあなたがよく物語っていると思うけど。ラフィーシャの勝ちよ。諦めるかしら』


 事実上の勝利宣言。


 だが、今度はプリシラが笑う。


「そうかしら(ヽヽヽ)

『…………』


 ミスケスの口の奥が、ムッと黙り込んだ。


『……だって、あなたは死ぬ。ラフィーシャの呪術に対抗できる唯一の存在だったのに。そこの魔術師も、ラフィーシャの呪術に対抗なんて無理よ』


 宗一郎はぴくりと全身を動かした。


 そんな意識の高い勇者を、プリシラは手を振り上げ制す。

 宗一郎に向けた手の平は赤く染まっていた。


 指先から鮮血が滴っている。


「ええ……。私は死ぬ……」


 宗一郎は目を大きく広げる。

 正面に立ったミスケスも同じ反応だった。


「でもね。バカはあんたよ」

『なに、かしら……』

「さっき呪術の基本とか言ってたわね。私に追いつく? バカじゃないの? 呪術に勝ち負けなんてない。大きいも小さいもない。知ってる? 呪術というのは、力のないものが、力のあるものを殺すために生まれたものなのよ」



 “私より上とかほざいている時点で、あんたは負けてるのよ!!”



 女神の大声が、白に染まったボス部屋に響く。


 とても大怪我をしている人間の言葉とは思えなかった。

 死ぬと宣言した人間の力とも思えなかった。


 女神の雄々しさと……。


 呪術師としての矜持と……。


 女としての意地があった。


 プリシラの声にそのすべてが備わっていた。


 ラフィーシャは一笑する。


『あは! ダメダメ……。結局、何を言っても負け犬の遠吠えかしら』


 ダークエルフの余裕。


 しかし、それを鼻で笑ったのは、やはり女神だった。


「あんた、何を聞いていたの?」

『あ゛?!』

「さっき私が言ったこと……。もう覚えていないのかしら(ヽヽヽ)

『それでも挑発のつもりかしら(ヽヽヽ)。もう何を言っても無――』

「私はこう言ったのよ」


 “この勝負は私の勝ちよ”


「覚えていないのなら、もう1度いうわ。私の勝ちよ、ラフィーシャ」

『うるさいかしら。早く死ぬかしら。それとももっと切り刻まれたい?』


 魔法剣を握った手が、ミスケスの意志とは関係なく力を入れられる。


「呪術の基本よ」

『?』



 呪術ってのはね。術師が死ぬことによって完成するのよ。



『――――!』


 ミスケスの喉の奥で、ラフィーシャが息を飲むのがわかった。


 宗一郎は覚えていた。

 プリシラと出会った時、同じ言葉を贈られたことを。


「あなたがこの後、何をしようともどんな改変を試みようとも、完成された呪術の前では無力よ」

『あなた! だから、勇者を――』


 プリシラは首だけ動かし、真後ろにいる宗一郎を見る。


「そうよ! 誰がこんなポンコツ勇者を助けるものですか。私は、私のためにやっただけよ」


 薄い唇から鮮血が垂れる。


 だが、女神の目は笑っていた。


 ――だから勘違いするな……。


 そう強く訴えかけていた。


「それに……。こんなポンコツ勇者だけど、あなたには過大評価されているようだし」

『そ、そんなこと――』

「あるわよ」


 だって――。


「あなたは最初に私を狙わず、宗一郎を狙ってきた。あなたが認めているようにあなたの呪術に対抗できる私じゃなくて、宗一郎をね」

『…………ッ!』

「つまり、このポンコツ勇者にはそれだけの利用価値があるということよ」


 言い換えれば……。


「たとえ、私がオーバリアントからいなくなっても……」



 “逆転の目は……。あるということでしょ?”



 ラフィーシャは何も言わなかった。


 プリシラは笑っている。


 女神の微笑みというよりは、邪悪な魔神のようだった。


「さて。そろそろ引き時よ、ラフィーシャ。それとも――」


 またプリシラは宗一郎を一瞥する。


「そこの自称冒険者最強を操って、勇者様と一戦交えてみる?」


 私が言うのもなんだけと……。


「はっきり言って、こいつ……。腹立たしいほど強いわよ」


 プリシラは言った。

 はじめて、宗一郎を認めた一言だった。


 ミスケスの奥にいるラフィーシャは無言だった。


 すでに意志が抜けたかと思ったが、気配で分かる。


 唇を噛み、悔しそうに顔を歪めているダークエルフの姿が……。


 やがて、ミスケスの口が動く。


『ふん。……そうね。引き時かしら』


 と認めた。


『あなたを看取ることができないのは残念だけど……』

「頼んでないわよ」

『そうよね。プリシラちゃんはそういう女神様、かしら……』


 はあ……。ラフィーシャはため息を吐く。


『誤解を恐れずいうけど、私はプリシラちゃん(あなた)が好きだった。良き遊び相手だし、良い研究対象だった。だから、あなたが死ぬことは少し寂しい』

「1人で生きてるダークエルフにいわれてもね」

『本当かしら……。これでも少しショックを受けているのよ。あなたに出し抜かれたこととは別に』

「なら、オレが相手になろう……」


 プリシラの影から現れたのは、宗一郎だった。


『勇者様か……。果たして私の遊び相手として務まるかしら』

「お前の方こそ、オレの相手にふさわしいと思っているのか?」

『言ってくれるわね、かしら……』

「腹が立つ……」

『はあ?』

「さっきから貴様らは、オレをのけ者にして強いだの弱いだの。……まったく腹が立つ」

『…………』

「オレは異世界最強になると誓いを立てた。……貴様らぐらいなど、遊び相手でも玩具でもない」



 踏み台だ。オレが最強になるための、な……。



『ふん』

「今は鼻で笑っていろ、ダークエルフ……。お前がコソコソして、人の後ろでほくそ笑んでいるうちはな」

『威勢だけはいいわね、勇者様』

「魔術をなめるなよ、異界の呪術師……。お前の首根っこを必ず捕まえて、借りは返してやる」

『期待しないで待っててあげるかしら……』


 すると、ラフィーシャの気配が消えた。


 身体のコントロールがミスケスに戻る。


「プリシラちゃん!」


 ミスケスの声だった。


 【魔法剣】が消える。


 瞬間、プリシラは崩れ落ちた……。


先に宣言しておくと、次回に救いはないです。すいません。


その次回は、明日の18時に投稿します。

よろしくお願いします。

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