第60話 ~ お別れするのはフルフル殿の方のようだ ~
第4章第60話です。
よろしくお願いします。
マフイラと別れ、再び4人のパーティーになった宗一郎一行は、早速ファイゴ渓谷に向けて歩いていた。
だが、足取りは若干重たい。
具体的にいえば、ライカの足が遅いのだ。
その横で、クリネがチラチラと姉に視線を送っている。
そんな姉妹を見て、フルフルは振り返った。
「どうしたッスか? ライカ。暗い顔して」
「いや、それが……。その…………」
「もしかして多い日ッスか?」
「ち、違う!」
「じゃあ……。まさか出来たんスか?」
「何をだ??」
「赤ちゃん!」
「そんなわけないでだろ!」
「お姉様、いつの間に宗一郎様を!」
「クリネも乗っかるな!」
「じゃあ、なんなんスか?」
いつの間にか一行は、往来のど真ん中で立ち止まる。
宗一郎も黒い瞳でライカを見つめていた。
しばらく逡巡した後、ようやく口開けた。
「実は、我々も一旦パーティーを抜けようと思う」
「な! どういうことッスか? ご主人と喧嘩でもしたんスか? それともマタニティーブルー」
「マタ……。なんだ、それは?」
「今の放っておけ、ライカ……。で――。どうしたんだ?」
「実は……」
と口を開きつつも、やはり次の言葉が出てこない。
「実は、お姉様は約束してしまったんです」
「約束?」
「誰とだ?」
「ウルリアノ王国の騎兵隊隊長パルオという方です」
男の名前を聞いて、フルフルの顔が真っ青になった。
「な! ら、ライカ! なかなか大胆ッスね。もう他の男に乗り換えッスか。ライカ、恐ろしい子!」
シャキン!
フルフルの眉間に、細剣の切っ先が突き付けられる。
「フルフル殿。短い間だったが、これまでのようだ」
「ふ、フルフルも寂しいッスよ。……らら、ライカがいなくなって」
「ああ……。だが、お別れするのはフルフル殿の方のようだ」
うひー、とフルフルは悲鳴を上げる。
「ライカ、そいつを殺してもかまわんが――」
「ちょ! ご主人、慈悲はないんスか?」
「ない」
「そんな……」
「ともかく、詳しくわけを話せ」
「わ、私は別に浮気をしたわけじゃないぞ、宗一郎」
「わかっている。お前はそんなヤツじゃない」
「宗一郎……」
ライカは少し頬を赤らめた。
そしてウルリアノ王国のパルオとの約束を話した。
「実は、ウルリアノ王国国王シュリとあってほしいといわれた」
「――――!」
「パルオ曰く、シュリは先帝ウロと違って、仁義に厚い方だという。そしてマキシア帝国との国交回復を望んでいるらしい」
「…………」
「そこで、この際外交的な交渉はともかくとして、1度シュリに会ってほしいと言われた」
「良い話だと思うが……」
「ああ。その通りだ。ウルリアノとの国交回復は、父上も望んでおられた。これはまたとない機会だと思う。しかし――」
「さすがに、影武者を立てるのは失礼ですので、お姉様はご自身で向かわれたいと」
「そんなの後でもいいんじゃないッスか?」
「いや、鉄は熱いうちに打てという。外交においてもそうだ」
ライカは深く頷いた。
「ああ。幸い向こうでは私がウルリアノのピンチを救ったということになっているらしく、世論の受けもいいそうだ」
「迷う必要はないだろ。ウルリアノに行ったらいい」
「クリネはどうするんスか?」
「さすがに、お姉様1人で行かせるわけにはいかないので、お供するつもりです」
「フルフル、お前もついていけ」
「な――! それでは1人なってしまうではないか!」
ライカは宗一郎に詰め寄った。
「オレは子供ではないぞ。それにオーガラストは厄介な相手だ」
「私が足手まといというのか?」
宗一郎は頭を振った。
「そうではない。またいつぞやの現象が起きるかもしれない。慎重を期すなら、オレ1人の方がいい。元々お前たちをボス部屋に入れるつもりはなかったからな」
「しかし――」
「ご主人……」
俯くライカを見て、横でフルフルが宗一郎をジト目で睨んだ。
「わかっている」
そう頷き、ライカの前に立った。
細い腰を引き寄せ、強く抱きしめる。
金色の髪が揺れた。
「寂しいのはオレも一緒だ、ライカ」
「そ、宗一郎……」
「だが、これが今生の別れというわけではない。そうだろ?」
「――うん。でも……」
ライカは真っ赤になりながら、甘い声を上げた。
「なんだ?」
「…………キスをしてほしい」
懇願する。
すると宗一郎は何も言わず、ライカのピンク色の唇に自分の唇を押しつけた。
はっと目を剥き、驚きながらも、ゆっくりと少女の瞼は閉じられていく。
その甘美な感覚に、身を委ねた。
通り過ぎる人たちが、ニヤニヤと笑い、横で見ていたクリネが頬を赤くする。
お熱いッスねえ、とはやし立てながら、フルフルは扇子を取り出し、首の辺りを扇いだ。
少し長めのキスが終わり告げる。
糸を引きながら、両者は名残惜しそうに顔を離した。
自分がやった――やられてしまったことに気付いて、女帝の顔は真っ赤に染まる。
だが――それでも願った。
「また帰ってきたら……。――して、くれるか?」
宗一郎は微笑む。
「ああ。帰ってきたらな」
「ぜ、絶対だぞ!」
と頭をクラクラさせながら、指さした。
「宗一郎様」
つとクリネが名を呼ぶ。
宗一郎は声の方向に顔を向けた。
そこには皇女の顔面が。
チュッ……。
かすかに触れる程度だったが、クリネは宗一郎の唇を奪う。
「あ゛あ゛!! クリネ!」
「上書きですわ」
ほほほ、と口元の余韻を楽しむように手を当て、笑う。
「そ、宗一郎! もう一度だ! もう1回上書きする!」
「じゃあ、また唇を奪うまでですわ」
「や、やめんか! お前たち!」
現代最強魔術師は溜まらず背を向けて逃げ出した。
「ちょ! 逃げるな、宗一郎!」
「宗一郎様! 待って下さい!!」
皇族の姉妹は追いかける。
3人の背中を見ながら、フルフルは頭を掻いた。
「はあ……。ご主人、諦めるッスよ。これが役得――というよりは、ハーレム系主人公の宿命なんスから」
少々めんどくさそうに、遅れて3人を追いかけ始める。
世界の滅亡まで迫っているとは思えないほど、のどかなやりとりが、ここライーマードで繰り広げられるのだった……。
人気のない郊外で、宗一郎一行はいた。
悪魔の姿になったフルフルが、翼を羽ばたかせ、地上から1メートルのところでホバリングしている。
その黒い背には、ライカとクリネが跨っていた。
「宗一郎!」
「なんだ?」
「浮気はダメだからな」
宗一郎は脱力した。
先ほど泣きそうになりながら、キスを懇願した少女とは思えない発言だった。
「むろんだ」
「お土産なにがいいですか?」
「お前たちが無事ならいい」
「クリネ、私たちは旅行しにいくわけじゃないんだぞ」
「は~い」
ぺろっと舌を出す姿は、可愛いと思ってしまった。
「フルフルは、2人のことは頼んだぞ」
「全く……。フルフルは個人タクシーじゃないッスよ」
「わかったわかった。何か褒美を考えておいてやるから、無事に帰ってこいよ」
「褒美!? マジっスか!! そりゃ、やっぱり1発――」
「それは断る」
「な、なんでッスか?」
「お前の背に乗せている人間が、凄い剣幕で睨んでいるからだ」
鹿のような首を後ろに曲げると、ライカが目を三角にして睨んでいた。
「じょ、冗談ッスよ」
「ご理解いただき大変結構だ。じゃあ、行け!」
「はいッス!」
大きく翼を羽ばたかせた。
風圧が周囲に広がり、宗一郎の髪とスーツを揺らす。
辛そうに見つめているライカの顔が遠ざかっていく。
熱烈な視線は遠く黒い点になっても、感じた。
フルフルの姿が見えなくなったところで、宗一郎はようやく目を切った。
ファイゴ渓谷の方を見る。
切り立った崖から、特有の涼しげな山風が吹き下ろしていた。
「1人か……」
と呟く。
「たまにはいいか……」
一歩、踏み出す。
その時――。
「そうね。たまにはいいかもしれないわ」
不意に声が聞こえた。
聞き覚えがある声音だった。
宗一郎は振り返った。
とうとう60話……。
第4章こんなに長くなるとは……。
そしてまだまだ続くという。あ、でも次のお話で終わりです。
明日も18時に更新になります。
よろしくお願いします。
【告知&宣伝】 『カウントダウン投稿』 2016年7月11日
ダッシュエックス文庫様より新作『嫌われ家庭教師のチート魔術講座 魔術師のディプロマ』が
7月22日発売予定です。
それに伴いまして、発売日の1週間前である7月15日より
小説家になろう様にて、
作品の前日譚をカウントダウン投稿していこうと思います。
題して『嫌われ家庭教師のチート魔術講座 前日譚 ~ メゼン・ド・セレマの住人たち ~』です。
世界観と主人公は発売される本作と一緒です。
主人公鍵宮カルマが、本作の舞台となる天応地家にたどり着くまで一体どんな(ニート)暮らしを
していたのか。その実態が明らかになります。
『嫌われ家庭教師のチート魔術講座』を買うのを迷っているそこのあなた!!
よろしければ、本作を読んで決められてはいかがでしょうか!?
本作ともどもよろしくお願いします!!




