第47話 ~ 案外罪作りな女なんスね ~
第4章第47話です。
よろしくお願いします。
エーリヤ・ミリハシムは、瞳を半ば閉じて、語り始めた。
私とジェリフは、冒険者で同じパーティーでした。
ジェリフはあるクエストで深手を負い、冒険者を辞めざる得なくなり、同じ仲間の冒険者と結婚することもあって、パーティーを抜けました。
その後、ギルド職員になり、収入も安定して、順風満帆の生活を送っていました。
優秀で部下思い、一方で上司を立て、顧客からの信頼が厚い。
彼は言っていました。
『俺は人が好きだ。人と会うのも話すのも……。知っている人も知らない人も』
『ギルドの職員は俺に合ってる。天職だよ』
周りからも認められ、ジェリフは出世していきました。
けれど……。
10年前のあの日――。
事件は起こりました。
ポラスさんも知っていると思いますが、ウルリアノ王国で大規模な暴動が起こったのです。
発端はウルリアノ王国に暴君がたったのがきっかけでした。
当時の王ウロは、贅沢三昧の生活を送る一方、牧草に病が流行し、牧畜業が壊滅的な打撃を受ける国内事情から目をそらし、重税を課しました。
王都をはじめとした暴動が各地で波及。
ウロはこれを力で鎮圧しようとしましたが、逆に国民の怒りは加熱していきました。
そして悲劇の発端となったのが、王国が依頼したクエスト料の未払い問題でした。
当時、ウルリアノ王国は財政再建を目指すため、国境警備などの一部を賃料の安い冒険者によってまかなっていました。
ところが、ある時を境に賃料は払われなくなり、冒険者の反感を買いました。
怒りの矛先は斡旋したギルドに向かいました。
当時、王都のギルド長だったジェリフは冒険者と王国の間に入って東奔西走し、なんとか王国に賃料を払ってもらうように説得し、一方で力に頼った暴動だけは起こさないよう冒険者たちをいさめていました。
ジェリフのおかげで、なんとか冒険者たちは怒りを収めているという状況でした。
しかし、とある噂が冒険者たちの間に上がりました。
ギルドは公表されている正規仲介料よりも高い金額で請け負っている――。
その利益の一部を、ギルドの王国担当者が懐に収めている、と――。
根も葉もない噂でした。
ジェリフがそんな事をするはずがないからです。
けれど、怒りに狂った冒険者たちには関係ありませんでした。
冒険者はギルドを焼き払いました。
そして――――。
担当者であったジェリフの家を焼き討ちしました。
その際、冒険者たちに取り囲まれたジェリフの妻と子供は、火にくるまれて死んでしまったそうです。
翌日、冒険者たちの暴動がきっかけとなり、ウロは逃亡。
後に見つかり、処刑され、わずか半年しか続かなかったウロの王政は終わりを告げました。
「そのジェリフさんはどうなったんですか?」
一通り聞き終えたマフイラは、エーリヤに尋ねた。
「屋敷やギルドからも死体は出ず、行方不明になっていました」
エーリヤはそれからずっとジェリフを探すため、ウルリアノをあちこち巡ったのだと話した。
そしてつい最近、王都に戻ってきて、ある光景に出くわしたのだという。
「ある光景?」
「はい」
頷くと、今一度木の墓を見上げた。
話を聞くうちに、空はすっかり明け、幹の合間から薄く木漏れ日が差し込み始める。
「ここにいたんです」
「誰が?」
「アラドラ……。王都のギルドにいた所長が……」
「アラドラさんが!」
素っ頓狂な声を上げたのは、ポラスだった。
「それはなんともおかしいッスね」
「ジェリフと昔知り合いだった?」
マフイラの推測に、エーリヤは首を振る。
「彼を昔から知っていますが、あんな人……私は知りません」
「じゃあ……」
「私……。所長さんが、ジェリフじゃないかって思ってるんです」
「ええっ!」
「顔も名前も違います。けど、私! 見たんです!」
「何を――」
「背中の大きな傷……。あれはジェリフが冒険者を辞めるきっかけとなった傷に違いありません」
「アラドラ所長には確認したんですか?」
「いえ。それに気付いた後、ギルドを異動になってしまって」
エーリヤはマフイラの手を握る。
青い瞳は再び涙に濡れていた。
「お願いします。彼を探して見つけてください」
「ジェリフに会いたい?」
「違います。……いえ、それもありますけど。嫌な予感がするんです」
「嫌な……予感…………?」
「彼は顔を変え、名前を変えて、そしてまたギルドで働いている。確かに彼にとって天職かもしれません。……でも、あんなことになって、何もないはずがない。違う。今、何もないことがおかしいんです!」
エーリヤは言い切る。
そして静かに「彼を止めてほしい……」と懇願した。
「話を少し整理しましょう」
一行はエーリヤと別れて、情報を整理するため一旦宿に戻った。
戻った頃には、すでに太陽が一番上にまで達していたが、歓楽街はどこか閑散としていた。これが夜になると、どこからか人が現れ、通りを埋め尽くすのだろう。
「まずエーリヤの話の裏をとらないとね。ポラス……」
「はい。概ね彼女が話した昔話は、僕も伝え聞いているものと一緒でした」
「ジェリフという所長は?」
「名前ぐらいですね。人柄はあまり……」
「何か資料は残ってないんスか?」
「火事でほとんどの資料がなくなっていて」
「せめて生き残りがいれば、いいんでしょうけど……」
「僕、古株の職員に当たってみますよ」
「頼んだわ」
「はい。任せてください」
「というか、大丈夫なんスか?」
フルフルは瞼をぱちくりと動かす。
美少女の反応に、ポラスも瞬きで返す。
「何がですか?」
「ギルドっスよ。今日はお仕事じゃないんスか?」
「…………」
“あ゛あ゛!!”
ポラスは絶叫した。
「とっくに始業時間すぎてる!」
「くわえて、歓楽街から出てきたところとか見られたら、減俸じゃすまないかもッスね」
「じょ、冗談いってる場合じゃないですよ!」
悪魔が「うしし」と他人の不幸を笑う一方、ポラスは瞳に涙を滲ませながら叫んだ。
そんな後輩を見て、マフイラはそっと手を握った。
「悪いわね、ポラス……」
「あ、いえ……。そんな――」
ポラスの耳が、耳介の先まで赤くなる。
「マフイラ先輩のためだったら……。これぐらい――」
「そう。ありがとう」
笑みを浮かべる。
きゅおおおおおお!!
変な擬音を立てながら、ポラスの頭から白い蒸気が飛び出した。
「あ、あの……。ぼく、これで――。また仕事が終わったら来ます」
「別に無理しなくても……」
「いえ。聞き込みもしておくので! では、また――。あ、痛て!」
ドアに頭をぶつけながら、ポラスは部屋を出ていった。
マフイラは首を傾げる。
「あの子、大丈夫かしら?」
「マフイラも案外罪作りな女なんスね」
「どういうことですか?」
「こっちの話ッスよ」
フルフルはまた「うしし」と笑った。
エルフの女はますます困惑したが、すぐに真剣な表情になって話を戻した。
「仮にアラドラがジェリフだとして、何かをするとしたらそれは――」
「当然、復讐ッスよね。妻と子供を殺した……」
「王国やギルド、そして冒険者に対する復讐――」
王国と冒険者の間に入り、懸命な説得の末裏切られ、そしてその手によって妻と子供を失った。
それは10年という月日では、とても洗い流せるような感情ではない。
むしろそれを押し込め、再びギルド職員として同じ場所で働いていることに、狂気すら感じられる。逆にいえば、何か強い信念と目的がなければ不可能なはずだ。
そして、彼が本当に強い復讐心をもつ人間であるなら……。
「【太陽の手】の矛先はきっと……」
マフイラは窓の外を見つめる。
フルフルも倣った。
そこには高い尖塔が並ぶ城が見えた。
次回、ライカのシーンに戻ります。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




