13歳―26―
それから一週間後。私は再びリーゼァンナ王女殿下の屋敷に招かれる。
この一週間、体を休ませ、ロマ達には事の経緯を説明して――回生の下りが言えないから、ずいぶん手こずったけど――なんとか納得してもらったり、以前よりもずっと仲が深まったシウラディアといちゃいちゃしたりして過ごした。
屋敷の門にはちゃんと警備の人が居て、私の身元を確認すると朗らかに招き入れてくれる。あの日はわざと人払いしていたのだろう。
庭を通って行くと、ピロティの下には見覚えのある長身の燕尾服。
ドーズ先生が私を出迎えた。シミターは、今はどこにも見当たらない。
「ずいぶん、めかし込んできたな」
目が合うや否や、ドーズ先生はそんなことを言ってきた。
今、私は白をベースにしたドレスを着ている。
「なにせ王女殿下直々のご招待ですから。失礼な恰好できません」
「……自分を殺そうとした相手に、律儀なことだ」
「その件はもう完璧に許しましたので。今はただの王女殿下と臣下にすぎませんわ」
「王女側はそう思ってなさそうだがな」
言いながら、ドーズ先生がドアを押し開く。
「あの」
中に入りながら、私の後ろを歩くエルザがドーズ先生に声をかけた。
「貴公はここの執事なのでは? 学園に居るときは教師と生徒かもしれませんが、ここでのルナリア様への言葉遣いはふさわしくないかと」
敵意マシマシでエルザが言う。
「俺は執事でもなんでも無い。屋敷の中に居るときはこの服を着ろ、と言われてるから着てるだけだ。執事でもない俺が出迎えに来たのは、あの子が『相手はルナリアだし、お前が適任だろう』の鶴の一声にすぎん」
あの子、というのは王女殿下のことなんだろう。
「……ルナリア様の寛大な処置にあぐらをかいてる分際で、良くいけしゃあしゃあと言えましたね」
「エルザエルザ、もうちょっとトゲ抑えて……」
珍しく私がエルザを窘める側に回ってる。いつも逆なのに。
それだけエルザは、今回の一件に腹を立ててるんだろう。
――帰ったらもう少し話しておかないと。
「幼少から偉ぶるのが彼女の仕事だった。そう簡単には変われんし、ルナリアもそれを許すと言っている。貴殿こそ、『許す』と言った主人に反してるようだが?」
「反してなどしておりません。客観的な一般論を述べたまでです」
――ギスギスしてるわね……。
この後、私は殿下と二人きりで話すことになっている。つまり、彼ら彼女らは私たちの目の届かないところに待機することになるわけだが、こんな調子で大丈夫だろうか……?
一番可哀想なのは、そこに同席させられるショコラかもしれない。ちらりと後ろを窺うと、露骨に『勘弁してくれよ』と言いたげなショコラの顔が見えた。
大階段を上る。
「ルナリア、その後体は大丈夫か?」
ドーズ先生が急にお父様みたいな事を聞いてきた。
すでに一度学園でも聞かれて、問題ない、と答えたんだけど。
「はい。後遺症みたいな物は特にありません。先生も変わりありませんか?」
「仔細無い」
……それだけで会話は止まってしまった。
踊り場を通って、階段を昇りきる。
広い廊下を、ドーズ先生の先導で黙々と歩いていった。
無言が気まずくて、なにか話題を振ろうかと考えていると……
「……ルナリア。すまなかったな」
ドーズ先生は前を向いたまま、そう言った。
「いえ。……そりゃまあ、剣を向けられたときは本当に怖かったですけど。それもひっくるめて、全部許してますから。お気になさらず」
「感謝している。俺はきっと、あの子の側に居る者として、間違えた。君のおかげで助かった」
――なんか、また別のこと企んでないよね……?
あまりに予想外のセリフ過ぎて、ただただ、びっくりしてしまった。
「……君やロマを殺すように言ってから、あの子はずっと、自責に苛まれていたように思う。俺が負けたあの日から、どこか吹っ切れたように、笑みを取り戻した」
そして顔だけで振り返り、ドーズ先生は微かに笑った。
「ありがとう。君に負けて良かった」
そう言って、ドーズ先生はまた前を向いて私たちを導く。
「……そう言っていただけるなら、私も勝てて良かったです。ほとんど偶然でしたけど」
「まあ、魔法剣を相手にしてる気はしなかったな。前にも言ったが、エンチャして殴るだけなら戦技の劣化だ。もう少し工夫を凝らした方が良いと思う。まあ、それに負けた俺が言う資格もないが」
「そんなことありません。あと三年あるんですから。みっちり教えてくださいね、先生」
そう笑いかけると、先生も小さく「ふっ」と笑った声がした。
†
ドーズ先生に案内されて、殿下の部屋に入る。
中にはリーゼァンナ王女殿下と、丁度お茶を入れていたギルネリット先生が居た。
――ひとまずギルネリット先生から見限られなかったようで、なによりだ。
「いらっしゃい、同胞」
殿下が意味深に私を呼ぶ。
「いらっしゃいませ、ルナリアさん。……あ、失礼、今はルナリア様って呼ばないとね」
ギルネリット先生が笑顔で私に言う。
彼女は本職が侍女なのだろうか。……いや、ドーズ先生に礼儀礼節がなさ過ぎるだけかもしれない。
「バルコニーで話そう。ギル、ルナリアの茶と菓子を用意してくれ」
「かしこまりました」
執務机に座っていた殿下は立ち上がり、後ろにあったカーテンを開く。全面ガラス張りの窓を開けて、その奥に降り立った。
「我が邸自慢の場所をご覧に入れよう。おいで、ルナリア」
「この上なき幸せ。ただいま参ります、殿下」
スカートの両端をつまんだカーテシーで返事をする。
「連れの者はこの部屋の中で団欒していてくれたまえ。なに、憶映晶で洗脳したり、宝剣で暗殺を依頼したりしないから、安心するといい」
ブラックなジョークで場を逆に不安にさせてから、殿下はその窓の向こうへ降りていった。
「行ってくるわ。……エルザ、仲良くね」
「善処いたします」
うやうやしく頭を下げるエルザ。
――仲良くなるのを善処、って言われると不安だけども。
とはいえ、ここでとやかく言うわけにもいかない。私は殿下を追って、窓の方へ向かう。
窓の外には、バルコニーという言葉のイメージとはかけ離れた、広大な空間が広がっていた。
真っ青な空と、真っ白な床。遠く霞んで見える建物は、学園だろう。
「うわあ、すごい……」
視界の丁度真ん中で分かたれたコントラストに、思わず声が出る。
「そんな可愛らしい感嘆をくれると嬉しくなるね」
窓の外、すぐ横で待っていた殿下こそ、屈託無く笑っていた。
殿下は左手で私の手を取ると、ゆっくりと歩き出す。不意のエスコートに少し驚きつつも、なされるがまま付いていく。
白い空間のほぼ中央、丸いテーブルの左右に用意された椅子が見えた。
まず殿下が右の椅子を引いて、四指でその上を示す。座れと言うことらしい。
王女が公爵令嬢の椅子を引くなんて恐れ多いけれど、今回のホストは殿下の方だ。私は何も言わないことにして、なすがままにその椅子に腰掛けた。
その後殿下も対面の椅子にゆっくりと座る。
「急に呼び立ててすまなかったな」
「いえ、私も殿下とはもっと色々話したいと思っていましたから」
「ほう? そうだったのか。ではまず君の用件から聞こうか」
「よろしいのですか? 殿下も殿下でお話があったのでは?」
「後回しで構わんよ。それで、なんなんだい?」
と、そこでギルネリット先生がお茶とお菓子を運んでくる。
「あの日から、色々気になっていたんですが……」
私はそう前置きして、
「もしかして、ドーズ先生と殿下って、その、恋仲、だったりします……?」
意を決して、そう問うた。
「……あん?」
素っ頓狂な声を出して、目を丸くするリーゼァンナ殿下。
ピタリと動きを止めて私を見るギルネリット先生。
「いえ、お二人の言葉の端々から、なんとなくこう、そんな匂いがしたと言いますか。仰りたくないなら結構なんですが」
「ありえんよ」
ですが、のところで殿下が喰い気味に否定してきた。
ギルネリット先生も苦笑いを浮かべ、給仕を続ける。
「身分の差を置いておいても、単純に一緒に居て楽しくない」
耐えかねたように、ギルネリット先生が吹き出した。
「なあ、ギル」
「ま、まあ……、否定はできませんね」
まだクスクスと笑いながら、ギルネリット先生が答える。
「しかし意外だな、君がそんなゴシップみたいな質問してくるとは」
「そうなんですけど、でも一度思い付いたら、気になってしまいまして。夜も想像しちゃうんです。もしそうだったら、なんだか素敵だな、って」
身分差や主従の恋愛は世の鉄板なのである。私にそういう相手がいないから、余計にそう感じるのかもしれないけど。
「君こそ、ドーズに恋慕の情があるから、他に女が居ないか気になるんじゃないか?」
「いえ、そういう目では見れないですね……。なんというか、お父様とか、実家の私兵団の隊長とか……そういう方々と感覚は近いです。そこまで歳は離れてないですけど、ドーズ先生、老成してるし」
「なんか可哀想になってきたな、ドーズさん……」
ギルネリット先生が呟くも、やっぱり顔はまだ笑っているのであった。
「ギル、戻ったらドーズに今の話してやれ。二人がこう言ってた、とな」
殿下が面白そうにギルネリット先生を見上げる。
「やめておきますよ。強がらせちゃうかもしれませんし」
そう言って、お茶とお菓子を準備し終えたギルネリット先生は一礼して去っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「面白い」、「続きを読みたい」などと思っていただけましたら、
↓にある星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。




