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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第一章 森の魔女と聖霊の申し子

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1-21.呪詛【挿絵】

挿絵(By みてみん)



「憑いているって、ジョンストンさんに? 何が?」


 アミュウは小声で聖輝に訊ねる。


「憑いているというよりも、何かの力が無理やり彼のオーラを押さえつけて、鬱屈しているような感じですね。しかし、どこからその力が流れてきているのか……」

「近くに術者が?」

「いえ、人ではありませんね。まったく揺らぎがない」

「それって」

「しっ」


 聖輝は背を伸ばし、元の姿勢に戻って口をつぐむ。ジョンストンが居間に戻ってきた。


「……座ってください」

「あ、すみません」


 アミュウは、頭をめぐる疑問にとりあえず蓋をして、緊張を悟られないよう平静を装いながら、ジョンストンが用意した席に腰かけた。聖輝は後ろに立ったままだった。ジョシュアは、ソファの毛布をどけて、深く座って背中をうずめた。ジョンストン自身は、椅子に積まれた衣類の上からそのまま腰かけた。


「ジョシュア君、学校のお手紙をジョンストンさんに預けたら?」


 アミュウはジョシュアを促したが、ジョシュアはかぶりを振った。


「ううん、イアンに会いたいし、後で畑に行ってみます」


 アミュウは頷くと、ジョンストンに向き直った。


「さて、ジョンストンさん。最近は眠れていますか?」

「いえ……あまり」

「何時間くらいですか?」

「さあ……二時間くらいで目が覚めて、そのあとなかなか寝付けません」

「お茶は、飲めています?」

「はい……情けないんですが、せがれに淹れてもらっています」

「イアン君が。それは良かったですね。献身的な息子さんがいらっしゃって、こちらとしても安心です」


 アミュウはジョンストンの目を見て頷き、次の質問に移った。


「最近、何かありましたか」

「いや、特に……毎年この時期は気が滅入るんです。年々起き上がるのがつらくなってきています」


 聖輝が二人の問答を、腕を組んで眺めていた。ジョシュアが聖輝にささやきかけた。


「かっこいいですね、カーターさん」

「ん? ええ、そうですね……」


 聖輝は目を細めてジョンストンの額あたりを見つめていた。そして頭をぐるりとめぐらせて部屋を見わたし、廊下へと通じるドアのほうを見た。


「それじゃ、いつも通り、このお茶を朝晩に飲んでくださいね。弟切草(おとぎりそう)の配合を増やしています。少しずつ良くなりますよ」


 アミュウはティーバッグの入った瓶をジョンストンに手渡す。ジョンストンはそれを受け取り、チェストの引き出しから財布を出して、金を直接アミュウの手に握らせた。アミュウたちは居間を出て、ジョンストンの無言の見送りを受けながら玄関を出た。

 ドアが閉まったところで、アミュウは聖輝に話しかけた。


「今日は大人しく見ていてくれましたね」


 しかし聖輝はアミュウに取り合わず、背を伸ばしたり、屈んだりして、家の扉や軒下を調べていた。


「何か気になりますか?」


 アミュウが訊ねると、聖輝は目を細めて辺りを見回しながら答えた。


「呪いの媒体を探しているんです」

「ノロイ!?」


ジョシュアが大きな声をあげる。


「しっ。静かに。あのご主人……ジョンストンさんといいましたか。彼はまだ気付いていません。呪われているなんて知れたら、よけい体調が悪化しますよ」


 聖輝は口元に手を当てて言葉を続ける。


「彼のオーラが不自然に歪められていました。外へ出られず内向きになって、それで気力が押さえつけられてしまっているのではないですかね。どうも家の外からの力を受けているようなのですが、周りの空気に馴染んでいて、どこから操作されているのか見分けられません。」


 アミュウも辺りを見回した。だだっ広い庭にはこれと言って変わったものはない。壁際に打ち捨てられた古い農具が立てかけてある。物干しと、柿の木があるほかは、雑草に覆われている。


「ジョンストンさんは、気力を奪われて家に縛り付けられているわ。呪いの元凶は、そう遠くはない場所に隠されているのかしら」

「そういうことです。玄関のあたりに仕込むケースが多いのですが、まぁ、この家の敷地内なのは確かでしょう」

「あまり派手なことをしては、ジョンストンさんに気付かれてしまいますね」


 アミュウは蓮飾りの杖を握って目を閉じた。

 敷地は柵によって明確に区分されている。そのいびつな長方形の空間を器に見立て、アミュウは液体を注いでいくように静かに魔力を流し込み、満たしていく。そして言霊を紡いだ。


「陽は巡りあまねく天にあり、陽の降り注ぐ箱庭に影は無し」


 アミュウの注いだ魔力が生き物のような熱を持って波打つ。庭は海のようにアミュウの魔力をたたえてゆらめいていた。聖輝は一瞬目を丸くしたが、すぐにかぶりを振って手がかりを探し始めた。

アミュウは杖を四方八方に向けて、タルコット家の敷地内を探知した。ジョシュアが不思議そうな顔をして、杖をゆっくりと振り回すアミュウを見ている。魔力は、魔術を扱わないものには知覚できない。聖輝は、目を凝らして杖の指す先を追っていた。


「その木です」


 聖輝が柿の木を指さす。アミュウも、木から冷気のような魔力の流れを感じ取った。アミュウは木に近付き、その枝や果実に杖を向ける。アミュウの生温かい魔力の中で、柿の実のひとつひとつがひやりと冷たく感じられた。


「実に妙な魔力が蓄えられているみたい」

「鈴生りですよ。全ての実に呪いを仕掛けるなんて不可能です。根元を調べてください」


 アミュウは木の幹をたどって、根元に杖を向けた。


「表面しか探れないわ……集中して探ってみます」


 アミュウは蓮飾りの杖の石突で地面に円を描き、柿の木をぐるりと囲んだ。そして庭全体に広げていた魔力を全て円陣の中に収束させた。

 アミュウは思念の手で木をまさぐる。その幹の中心に、とくんとくんという鼓動を感じた。そのままじっと思念の手を幹に押し当てていると、奥に冷たい流れを捉えた。そのまま下へ、地面のほうへ……すると、地下の四方八方へ伸びる根のうち、ある一箇所から冷気が流れているのが分かった。


「ここです」


 アミュウはそう言って魔力を絶つ。熱を持っていた魔力の塊がすっと消えた。聖輝は、タルコット家の壁に立てかけられていた鋤を持ってきて、アミュウの示す地点に刃を立てると、足でぐっと押し込んだ。

 そう深くは掘らないうちに、それ(・・)は見つかった。聖輝は鋭い声で警告を発した。


「ジョシュア君、下がっていなさい。見てはいけない」

本話では、アミュウが西洋弟切草(セント・ジョーンズワート)を使って抑うつ症状の緩和を図ろうとする場面がありますが、これはフィクションであり、実際のところその医学的な効果は証明されていません。飲み合わせの悪い医薬品もありますので、セント・ジョーンズワートの摂取を検討される際は、主治医に相談なさってください。

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