1-14.雨上がりの珍道中【挿絵】
雨上がりのカーター・タウンは土のにおいと木のにおいに包まれて、黒く濡れていた。道は泥だらけでぬかるみ、あちこちにできた水たまりが空の雲をうつして鈍色に輝いていた。土砂降りの雨に阻まれて今日の用を足せなかった人々が、いそいそと建物から姿を見せ始める。
荷物を持ってカーター邸を出たところで、聖輝が口を開いた。
「お二人の生活をかき回してしまいお怒りなのは分かりますが、言ったでしょう。観察させてもらうと」
「どういうつもりなんですか」
アミュウは心底うんざりして聖輝に食ってかかりながら、ホテルのあるセントラルプラザに向けて歩き始めた。慣れない木靴ではあったが、水が染みこまずに快適に歩くことができた。
「私たちの平穏をひっかき回している自覚があるんだったら、これ以上私たちに構わないでください。私は今だって、あなたのことを危険人物だと思って警戒してるんです。ナターシャだって、うわべはああやって気さくに見えるけど、あなたに付き合うのに精神的に参ってるんです」
「精神的に参っているのはあなたの方ではありませんか」
「当然、私だって聖輝さんに関わりたくありません」
「そうですか。しかし私には私の使命がありますので、観察を続けさせていただきますよ」
「使命が何なのか忘れたんじゃなかったんですか。付きまとわないでください」
「付きまとうとは心外な」
アミュウは本気を織り交ぜた軽口をたたきながら、セドリックが聖輝に紹介した宿を目指して中心街を南下しようとする。プラザホテルというその宿は、中心街のシンボル、セントラルプラザに面するカーター・タウン随一の旅館で、セドリックの従弟ケインズが経営している。しかし聖輝は町の北側へ行く道を指し示して言った。
「アミュウさん、ベイカーストリートはあっちでしたよね」
「先にプラザホテルに送りますよ」
「いや、後でいいです」
聖輝はにっこりと微笑む。アミュウは反射的に身構えた。聖輝がこのように笑うのは、危険な兆候だと理解し始めていた。
「あなたのお仕事、見学させてもらいます」
「は……?」
驚きあきれて半歩分後ずさったアミュウに先んじて、聖輝はセントラルプラザを北に向けて横切っていく。慌ててアミュウもついていく。
「心配しなくても、邪魔はしませんよ。見ているだけです」
「邪魔に決まってるじゃないですか!」
「病気の客を診るのでしょう。施療は教会の仕事の一つでもあります、私がいても場違いではありませんよ」
聖輝は、白いマントを肩に払って、胸に提げた小さなロザリオを指で示した。
「同業者だってわけですか。なおさら嫌ですよ。ついて来ないでください」
「あなたがどんな仕事をするのか、気になるんですよ」
「だから迷惑ですってば」
「このまま通りをまっすぐ行けばいいんですか」
「あ、そこを斜めに入った方が近道です」
アミュウは聖輝の前に出て、中央通りから細く伸びる路地に入る。先導しながら、アミュウはどうして自分が道案内をしているのか、我が事ながら呆れていた。
前方で建物の二階から水が降ってくる。煙草をくわえた男性が、バルコニーに溜まった雨水を掃き出しているのだった。水がかからないようタイミングを計って路地を抜けると、そこがベイカーストリートだった。イーストが発酵し、麦の焼けるにおいがあちこちから漂ってくる。雨上がりに今晩の夕飯に添えるパンを求める人であふれ、普段よりもにぎやかだった。
「ああ、そうです、あのあたりです。あなたが空から降りてきたのは」
聖輝はベイカーストリートの一角を指さして目を細めた。
「この町の人は、魔女が空を飛んでいても気にしないのですね」
「そうね。私の先生がまじない師稼業をやっている頃からあちこち飛び回っていたから、空飛ぶ魔女を見ても、スズメが飛んでいるのと同じくらいにしか思わないでしょうね」
「私は驚きましたよ。王都では条例であらゆる道具を使っての飛行が禁止されていましたし、一つ所に定住する魔術師というもの自体が少なくなってきていますからね。あちこち旅して回りましたが、昔ながらの魔術師はどんどん減っていっています」
(そういえば、王都では飛べなくて不便な思いをしたっけ)
アミュウは王都暮らしを苦い気分で思い返した。魔法学校では、炎や風を起こす魔法ばかりがもてはやされ、まじないや調合を主業とするアミュウは実に肩身の狭い思いをしたのだった。
アミュウは五丁目の交差点で路地に入る。ハーンズベーカリーに到着した。アミュウは蓮飾りの杖を握り聖輝に向き直る。
「聖輝さん、はっきり言わせてもらいますが、お酒臭いです。ここで待っていてください。いえ、待たずにさっさとホテルへ行ってもらって結構です」
「それは失礼しました。でもこれがあれば大丈夫」
そう言って聖輝は鞄から片手にすっぽりと収まるほど小さな林檎を取り出して、丸ごとかじり、芯まで食べつくした。雑踏の中ではあったが、小気味よい咀嚼音がアミュウの耳にも届いた。
「アルコール臭には林檎が効くんですよ。知っていましたか」
「そんな理由で林檎を持ち歩いているんですか」
アミュウはあきれてため息をついた。そして帆布の鞄の中を探ると、琥珀色のキャンディの入った小瓶を取り出した。蓋を開けて聖輝に差し出す。
「どうぞ。ミントを練り込んだキャンディです」
「どうも」
聖輝は丁寧に一粒を取り出し、口に入れてにっこり笑った。
「うん、これでよし」
ハーンズベーカリーの扉を押しながら、アミュウはもう一つため息をついた。
(どうして飴なんかあげちゃったんだろう……ついてきてもいいですよって言っているようなものじゃない)




