幸福と希望の花(1/1)
「コンスタンツェさん、おはよう」
「また来ちゃったよ!」
「ここって、なんか落ち着くもんね~」
メアリアナ城の庭園には、今日もお客さんの元気な声が響いている。
「なにせ、あの王太子殿下も婚約者を連れてお忍びでよく来るらしいもんね!」
「あの二人なら、さっき帰っていったわよ。入り口ですれ違ったじゃない」
「楽しそうに話してたわよねえ。トリスタン様が、『次は二人きりになれるところへ行こう』なんて言って……」
「嘘! 何で声かけてくれなかったの!? 私、サディアさんにダイエットのコツを聞きたかったのに~!」
悔しそうにするお客さんの横を通り過ぎ、私は夏の庭に向かう。するとばあやがどこからともなく現われて、「この先はいくらお嬢様といえどお通しできません」と浮かれた口調で言った。
「バラ園でうちの孫娘があの商人に求愛されている最中なんですよ。それが上手くいけば、きっと来月にもあの子はこの城で挙式を……」
バラ園の方から、「きゃー!」という侍女のベラの歓喜の声が聞こえてくる。ばあやが「ほっほー!」と奇声を上げた。
「ここを縁結び城として売り出すのはどうです? トリスタン殿下にうちの孫娘……それからもちろんお嬢様も!」
私とオリーとの関係は、お父様にも報告済みだ。もちろん、二人でお母様のお墓参りもした。
お父様は複雑そうな顔をしていたけれど、私たちの仲は認める気でいるらしい。曰く、「最初にオリーを見た時からそんな予感がしていた」のだそうだ。さすが、妖精に恋したことのある人は勘がいい。
そんなわけで、確かにメアリアナ城が縁を繋いで結ばれたカップルは多いけど……でも、私はこのお城を縁結び限定の場所するつもりはなかった。ここは皆のメアリアナ城。全ての人が希望を見つけ出す場であって欲しいから。
私は「式の日取りが決まったら教えてね。庭園とお城を貸し切るから」と言ってばあやと別れた。
次に訪れたのは春の庭だ。鮮やかなフリージアの花壇に、クインが【繚乱の夢】を使用している。
「お疲れ様」
「おう」
クインは軽く片手を挙げて応じた。
「さっき向こうの花壇で、オリーの姿を見かけたぜ」
「ありがとう。行ってみるね」
クインの言葉通り、オリーが花壇の傍にたたずんでいた。
「コンスタンツェ?」
近づいていくと、オリーは目を瞬かせた。
「驚いたな。見回りの最中に君のことを考えていたら、偶然会うなんて」
「偶然じゃないかもよ」
「運命ってこと?」
オリーが意外とロマンチックな受け取り方をしたものだから、思わず笑みが漏れる。本当はクインに言われたから来てみただけなんだけど、ここは未知の力に導かれたってことにしておこう。
「オリーは私のことを考えていたの?」
「うん。この花の傍を通りかかった時に君の顔が浮かんできたんだ」
オリーが立っていたのはスズランの花壇の前だった。釣り鐘型の白い花が下向きに咲く植物。私が希望を見つけるのを助けてくれた花。
ふと、スズランの花言葉を思い出す。
もちろん、「希望」もその内の一つ。でも、他にも花言葉はあるんだ。
それは、「幸福の再来」。
「ねえオリー、今のメアリアナ城をどう思う?」
私はスズランを見つめながら尋ねた。そういえば、パーシモンにも同じような質問をしたことがあったっけ。
「妖精は二人しかいないし、部外者もたくさん出入りしているから、『在りし日の姿』とは少し違うかもしれないけど……。それでも、ここは呪われた幽霊城なんかじゃない。素敵な花の楽園に戻ったって、そう思ってもいいよね?」
「もちろんだよ。メアリアナ城にはもう一度幸福な日々が訪れたんだ。君が来てくれたお陰でね」
希望と幸福を花言葉に持つスズラン。どこか控えめな姿だけれど実は毒があって、意外な可能性を秘めた不思議な植物。
私の魔法は、この花から始まったんだ。そして、失われた幸福をあるべきところに戻してみせた。それだけではなく、私自身と周囲の人に、新たな幸福を届けることもできた。
一度手に入れたこの幸せを、私は決して手放さないでおこう。この城に住み、これからも花と妖精に囲まれて暮らすんだ。
――君の幸せを祈っているよ。
パーシモンのあの言葉はオリーだけではなく、私にもかけられたものだったのかもしれない。次に会う時も今と同じように……いや、それ以上に幸せであって欲しい。そんな願いが込められていたんだろう。
スズランの花が風に揺れる。
その様子は、次なる幸福の到来を知らせるために鳴るベルのように見えた。




