あるべきものが、あるべきところへ(3/3)
「……母さん、さようなら。母さんと過ごした日々は、ずっと忘れないよ」
オリーが空に向かって呟いた。
「でも、最後に何て言おうとしたのかは知りたかったな」
「オリー、あれ!」
私は広場の外側の草むらに一輪の花が咲いているのに気付いた。淡いピンク色で、どこか高貴な見た目の花だ。
「確か名前は……ダイヤモンドリリーだったかな?」
「何で花壇じゃなくてこんなところに咲いてるんだろう? いや、そもそもダイヤモンドリリーの花壇って、庭園にあったっけ?」
メアリアナ城の庭園は広大で、栽培している植物の種類も非常に多い。そのため、たとえ古くからの住民のオリーといえど、全てを把握しているわけではないようだった。
「誰かがここに植えたのかもね」
それにしても、どうして今までこんなところに花が咲いているのに気付かなかったんだろう? これじゃあ、まるでついさっき生えてきたみたいじゃない。
……ついさっき?
手の中の赤紫の宝石を見つめる。もしかして、そういうことなのだろうか?
「オリー……このお花は多分、お母様からのメッセージだよ」
「母さんからの?」
「パーシモンは最後にこう言ったんだと思うよ。『またね』って。……ダイヤモンドリリーの花言葉は『また会う日を楽しみに』でしょう?」
パーシモンの言いたかったことを、フェアリー・アイが代わりに伝えてくれたのかもしれない。
パーシモンが昇天した時、フェアリー・アイはすでに彼女の手から離れていた。でも、あり得ない推測じゃないだろう。だって、フェアリー・アイは、願い事を叶えてくれるただの綺麗な宝石じゃないんだから。
これは、元はオリーの体の一部だった。もしこの宝石にも心と呼べるものがあるのなら……お母様のために、ちょっとした手助けくらいはしてくれても不思議じゃないと思う。
「……うん。きっとそうだね」
オリーが微笑んだ。私は彼にフェアリー・アイを差し出す。
「これ、見つけたよ。あなたの左目」
「やっぱりコンスタンツェはすごいね。僕の両目が戻る日が来るなんて、思ってもみなかったよ」
オリーは感慨深そうな口調になって、懐にフェアリー・アイをしまった。
「……とりあえず、母さんの墓をどうにかしないとね」
「そうだね。……ごめんね、オリー。こんなことしちゃって……」
「いいよ。何か意味があってやったことなんでしょう?」
「うん。ここにフェアリー・アイがあるかもしれない、って思ったんだ」
私はオリーと協力して、お墓を元通りにした。棺に蓋をして、上から土を被せる。そして、最後に墓標代わりの剣を刺した。
終わる頃には、私もオリーも全身汗と土で汚れている。シャベルをオリーが担ぎ、「戻ろうか」と言った。
二人で木立の中を歩く。道中、オリーが意外なことを言い出した。
「僕のフェアリー・アイだけどさ、コンスタンツェが嵌めてくれない?」
「何で?」
私はきょとんとした。オリーが左目に当てていた黒い眼帯を外す。
「人間は結婚に際して指輪を贈るって聞いたんだ。それで、その指輪をずっとつけ続ける、って。そうやって愛の誓いを立てるんだよね? 一生身につける物で約束を表現するなら、僕にとっては指輪よりもフェアリー・アイの方がいいかなって思ったんだ」
愛の誓い、と聞いて我知らず気分が高揚する。そういえば、オリーは私にプロポーズしたいとかって言ってたっけ。
その結果がこれなんだろう。フェアリー・アイを嵌めることで愛を誓う。妖精にはぴったりの求婚の儀式かもしれない。
オリーから宝石を受け取る。
二人とも汗と泥にまみれていたけど、そんなことは関係ない。フェアリー・アイが手のひらに載せられた瞬間に、木立は教会の祭壇に、汚れた服は婚礼衣装に早変わりしたような錯覚を起こす。
私はオリーの閉じられた左目にフェアリー・アイを近づけた。
「私はオリーを愛することを誓います」
「僕もコンスタンツェを愛するって誓うよ」
オリーの目元にフェアリー・アイを近づける。すると、触れるか触れないかの距離まで来た時、フェアリー・アイは勝手にオリーの中に吸い込まれていった。
オリーが右目も閉じる。次に彼が瞼を開くと、紫がかった赤色の二つの瞳が姿を現わした。
美しく煌めく生きた宝石、フェアリー・アイ。ついにオリーは失われていた双眸を取り戻したんだ。
「これは君がくれた光だ」
オリーはゆっくりと瞬きした。
「もう外さない。この瞳は一生僕の元で、君を映し続けると約束するよ」
「ありがとう、オリー」
オリーの目には、彼の言葉通りに私が映っている。
そして、私の緑の瞳の中にも、同じく愛しい人の姿があるのだろう。
これから先も、共に相手を映し続ける。芽吹いた愛情を、二人で大切に育んでいく。
そんな気持ちを込めて、私たちはいつまでも互いを見つめていた。




