手がかりを求め、夢の世界へ(1/3)
「コンスタンツェ、これ、頼まれていたものだよ」
婚約記念パーティーが無事に終わり、会場の片付けも済んだある日のこと。庭園からお客さんがいなくなった後で、オリーが声をかけてきた。
彼が持っていたのは、針のような形の葉が特徴的な青い花……ニゲラだ。
「ありがとう」
オリーからニゲラを受け取る。彼は首を傾げていた。
「言われた通りに、その花に【花のご加護を】をかけたけど……。本当に上手くいくかな?」
「分かんない。でも、やるだけはやってみようと思って」
ニゲラの花言葉は「夢で会いましょう」。私はオリーに頼んで、この花言葉を具現化してもらったのだ。
そして、私が夢で会いたい相手はパーシモンだった。
婚約記念パーティーが終わってからも、彼女は姿を見せてくれなかった。どこを探してもいないのなら、いっそパーシモンの夢の中に押しかけて、無理にでもフェアリー・アイの隠し場所について話してもらおうと思ったのである。
我ながらおかしな作戦だとは思うが、オリーも同じ気持ちらしい。半信半疑の表情でニゲラを見つめている。
「そもそも、幽霊って眠ったり夢を見たりするの?」
「どうだろうね? ……あっ、そうだ。オリーも一緒に夢の中に来る?」
久しぶりにお母様に会いたいかな、って思って提案したんだけど、オリーは「うーん……」と困った表情になる。
「こんなこと言ったら悪いんだけど、僕、まだ信じられないんだよね。母さんがこの城にいるってことが。……本当に、そのパーシモンっていう人は僕の母さんなの? コンスタンツェの見間違いとかじゃないよね?」
「絶対に違うよ」
私は断言した。
「パーシモンはメアリアナ王女なの。っていうより、メアリアナ王女がパーシモンだって表現するべきかな? とにかく、二人は同一人物だよ」
「そう……」
オリーは複雑そうな顔になってしばらく考え込んだけど、「やっぱり遠慮しておくよ」と言った。
「死んじゃったと思ってた母さんに会うなんて、すごく変な気分だから。ちょっとだけ……心の準備をする時間が欲しいんだ」
「……それもそうだよね」
私だって、目の前に天国のお母様が現われたらびっくりしちゃうに決まってるもの。その上、オリーはメアリアナ王女との間にひと悶着あった可能性が高いんだ。再会に二の足を踏んでしまうのも無理はない。
「じゃあ、今回は私一人でパーシモンに会ってくるね」
「うん。おやすみ、コンスタンツェ。いい夢を」
「まだ夕方だけど?」
そんな軽口を叩いたけれど、その日の私は安眠効果のあるカモミールティーをがぶ飲みしてから、日が暮れるやいなや即行でベッドに入った。先に入眠して、パーシモンが眠った瞬間に、彼女の夢の中に潜入する作戦だ。
もちろん、ネグリジェのポケットにニゲラの花を入れておくのも忘れなかった。
……さあ、夢の世界への旅立ちだ!
そんな風に意気込んではみたものの、肝心の眠気の方はさっぱり訪れそうになかった。きっと、神経が高ぶっているせいだろう。
落ち着け、私。そういえば、こういう時は妖精を数えるといいって、小さい頃にお父様から習ったことがあったっけ。でも、普通はヤギじゃない? ……あれ、豚だったかな?
まあ、いいか。効果のほどは不明だけど、早く寝たいから心を無にしてお父様の教えに従おう。
妖精が一匹……。
……あっ、違うか。妖精って「一人、二人」って数えるのかも。オリーやクインに「匹」なんて言えないし。
気を取り直して……。
妖精が一人、妖精が二人、妖精が三人……。
……全然眠くならない。これ、効果あるの? やっぱり豚じゃないとダメなのかな?
……ああ、いけない、いけない。集中しないと。
妖精が四人、妖精が五人、妖精が六人……。
妖精が七人……。妖精が……八人……。妖精が七……八……? 妖精、ようせい……。よう、せい……。
……。
気が付いた時には、私は真っ白な空間にいた。
ここ、どこだろう……?
疑問に思っていると、後ろから人の気配がする。
振り向けば、そこにいたのはこの十日間、私がずっと会いたいと願っていた相手だった。
「パーシモン!」
オリーの【花のご加護を】が効いたんだ! 私はネグリジェ姿で彼女に駆け寄る。
「やっと会えたね! 幽霊も夢とか見るんだ!」
胸の中に予想以上の喜びが広がっていく。
真実を知る相手に会えたから……っていうわけじゃないかも。久しぶりに友だちに再会したような気分だったのだ。
きっと知らず知らずの内に、私はパーシモンも大事な友人の一人だと感じるようになっていたんだろう。
「ボクの夢の中にまで押しかけてくるなんて、君の執念には驚かされるよ」
パーシモンはいつもみたいにオーラをまとった姿じゃなかった。きちんと実体はあるようで、指先で触れても通り抜けたりしない。それに、重力を無視した動きもしなかった。
幽霊の彼女も、夢の中では普通の人間みたいになれるってことなんだろう。
「パーシモンはメアリアナ王女なんだよね?」
私は早速本題に入った。
「だからオリーを気にかけてたし、王女についても詳しかった。そうでしょう?」
「答えが分かりきってる質問なんかしてどうするんだ」
パーシモンははぐらかすような返事をしたけど、要するに「その通り」ってことなんだろう。
「じゃあ、オリーのフェアリー・アイがどこにあるかも知ってるよね?」
「……」
「教えてくれないの?」
私は彼女に詰め寄った。
「今さらオリーに申し訳が立たないって思ってる? でも、ずっとフェアリー・アイを返さない方がもっと罪が重いよ!」
「……」
「もうオリーはあなたの存在を知ってしまった。いつまでも逃げられないよ! あなたが偽名を使ってたのも、男性のふりをしていたのも、自分の正体を誤魔化すためだったんだろうけど……あれ?」
違う。そうじゃない。
オリーの記憶の中でも、彼女は男装をしていた。名前こそ「メアリアナ」だったけど、他は私の知っていた「パーシモン」そのままだったのだ。
だからこそ、私は二人が同一人物だと気付けたのである。
「偽名は正体を隠すためだとしても、服装は生前と同じだね。パーシモンは元々男装が好きだったの? ……あっ、もう『パーシモン』って呼ばない方がいいか。メアリアナ王女……メアリアナ殿下かな?」
「パーシモンでいい。『メアリアナ』なんて名前、ボクは好きじゃない」
パーシモンはふんと鼻を鳴らす。
「それに、王女だからってドレスしか着てはいけないということはないだろう。後、ボクは自分が男だなんて一言も言っていない。そっちが勝手に勘違いしたんだ」
「そういえばそうだったね。その格好、似合うよ」
「何だ、急にご機嫌取りなんかして。おだてたって、ボクは何も話さないぞ」
「そうじゃないよ。本心からそう思ってるの。男装の麗人の騎士様って素敵じゃない。……いや、パーシモンは王女様か」
「……本当にそう思ってるのか?」
「もちろん。とっても格好いいよ」
パーシモンは目をそらしてしまった。照れてるのかな? 結構可愛いところもあるじゃん。
「百年も経てば、人の価値観も変わるんだな。当時はそんな風に言う人なんて、誰もいなかったよ」
先ほどまでは取り付く島もなかったパーシモンの態度が、少し軟化した気がする。これは交渉のチャンス到来……!
と思った矢先、私の体が急速に薄れていく。向こう側が透ける自分の両手を見て、顔を引きつらせた。
「え、何これ!?」
「悪いけど、ボクはそろそろ目覚めることにするよ」
パーシモンの体も薄くなり始める。
「もうボクを探さないでくれ。ボクはどうせ、自分勝手で愚かな幽霊なんだから……」
その声を最後に、私の意識は覚醒した。気付けば、寝室の天井を見上げている。どうやらパーシモンが目覚めたことによって、彼女の夢からはじき出されてしまったようだ。
「成功だけど、失敗って感じかな……」
彼女の夢の中に入ったところまではよかったけど、問題はその後だった。やっぱりパーシモンは、フェアリー・アイの在処を簡単に教えてくれる気はないらしい。
時計を見れば、すでに真夜中を過ぎている。そんなに長く夢の中にいた覚えはなかったけど、あそこは時間の感覚が狂う世界なのかもしれない。
もう一度ベッドに横になったけどどうにも目が冴えてしまい、眠れない。もそもそと起き上がって、寝間着のまま城内の散歩をすることにした。
何気なく、オリーの部屋の前を通りかかる。ふと、今回のことを報告した方がいいかなという気になった。特に成果は挙げられなかったけど、「ホウレンソウ」って言葉もあるし。
でも、もう夜も遅いし寝てるかな? 私はドアに耳をくっつけ、物音がするか確かめた。
すると、かすかだが人の話し声のようなものが聞こえる。どうやらオリーはまだ起きているらしい。
話し声がするってことは、もしかして来客でもいるのかもしれないと思いつつ、ドアをノックしてみた。
でも、返事がない。「オリー?」と呼びかけてもみたけど、無反応だった。
「……入るよ?」
少しだけ遠慮しつつも、ドアをそっと開けた。




