妖精修業、開始します!(3/3)
その日から私たちは、庭園の開放時間が終わり、お客さんが皆帰った後で、長い時間をかけて固有魔法【色に出でよ】の研究をした。
この魔法はパーシモンの言った通りに、人の感情が色になって見える効果を持つ。何度か試してみて、どの感情が何色で表現されるのか、一覧にしてまとめてみた。
「えーと……。喜びは黄色、怒りは赤、悲しみは青、驚きは緑……」
研究室として使用している空き部屋でオリーが表を見ながら、研究の成果を再確認している。クインと私もおさらいがてら、傍らでそれを聞いていた。
「色んな感情が含まれている気持ちの時は、オーラがマーブル模様になって見える。例えば、驚きつつも喜んでいる時は、緑と黄色の混合、っていう風に」
「意外なのは懐かしむ気持ち……懐旧とか、優越感とかにも色がついてたってことだよな。その気になれば、結構細かいところまで相手の気分が分かるわけだ」
ちなみに、懐旧は白いオーラで、優越感は茶色のオーラだ。
「何かすごくねえか? 使い方によっちゃ、人の心を読む……とまでは行かなくても、何か面白いことができるかもな」
「面白いことかあ……」
たとえばどんなのがあるんだろう? 固有魔法って、結構奥が深いみたい。
「皆さ~ん、ちょっと休憩しませんか~?」
軽やかなノックの音と共に、侍女のベラが入ってくる。手には、お菓子の載った盆を持っていた。
「おっ、美味そうだな!」
「これ、来月開かれる、トリスタン殿下とサディア様の婚約記念パーティーで出す予定のお菓子なんですよ!」
めでたく王太子の座に復帰したトリスタン様だったけど、最終的にその婚約者として選ばれたのはサディアだった。
というよりも、彼女も元の地位に返り咲いたと言った方がいいかもしれない。だって前王妃が悪事を働かなければ、二人の婚約関係は今でも続いていただろうから。
それに、サディアには私に協力してモーリス殿下の不正を暴いたという立派な功績もある。彼女がトリスタン様の相手として選ばれるのはおかしなことじゃない。加えて、私からの推薦もあったんだから誰も文句は言えないはずだ。
婚約記念パーティーをメアリアナ城で開きたい、というのはサディア直々の提案だった。
なんでも、このお城があったからこそ明るい未来が開けたから、だとか。会場に選ぶとしたら、ここしかないと思ったんだろう。大好きな相手と再び結ばれることができて、サディアは有頂天になっているようだった。
――これも皆コンスタンツェのお陰だよ!
そんなお礼の言葉までもらってしまった。
「へえ、珍しいフルーツが載ってるじゃん。これも庭に生えてた奴?」
クインは、ベラが持ってきたパイを早くもむしゃむしゃと食べ始めている。オリーもお皿に手を伸ばした。
「これ、柿だね。東洋で採れる果物だったっけ」
「はい。トリスタン殿下の好物だそうです。サディア様に教えてもらいました」
「さすがサディア。トリスタン様のことなら何でも知ってるね。それにしても……柿、か」
私もお皿から一切れもらい、もぐもぐと食べる。フルーツの甘みが口いっぱいに広がった。
「柿……柿。花言葉は……『広い自然の中で私を永久に眠らせて』」
私の頭の中に浮かんできたのは、メアリアナ城に住み着く幽霊の姿だった。
幽霊になったことを「解放された」と表現したパーシモン。柿の花言葉にもあるように、彼は眠りたかったのだろうか。心安らかに、何ものにも惑わされることなく。
「どうしたの、コンスタンツェ」
オリーが不思議そうな顔で尋ねてくる。ベラも「もしかして、美味しくなかったですか……?」と不安げな表情だ。
「ううん、そんなことないよ。このパイ、上出来だと思う。これならきっとトリスタン様も満足してくれるよ」
「それならよかったです! お嬢様のお墨付きがもらえたと伝えておきますね!」
お皿が空になり、ベラが退出していく。クインが汚れた口元を拭いながら、【色に出でよ】を研究した結果をまとめた紙を手に取った。
「スズランの姉ちゃんの固有魔法については大体分かったし、一旦研究はここまでってことでいいだろう。次は飛行訓練だな」
「コンスタンツェ、飛ぶの苦手だもんね」
能力を上手くコントロールできなくてお星様になりかけて以来、私は空を飛んでいなかった。今朝方、室内練習場もちょうど完成したと聞いたし、訓練を再開するならいいタイミングかもしれない。
「やらないといけないことは、もう一つあるよ。オリーのフェアリー・アイ探し!」
モーリス殿下の手元にあった彼の右目は戻ってきたけど、もう片方は依然として行方知れずのままなんだ。オリーとも約束したし、左目も絶対に見つけてあげないと!
「スズランの姉ちゃんは本当にオリーが大好きだなあ。メアリアナが見たら、『息子はやらん!』って怒るんじゃないか?」
クインはニヤニヤ笑っている。私は頬が熱くなるのを感じながら反論しようとした。
でも、私が何か言う前にオリーが「そんなことないよ」と返す。
その声があまりにも冷ややかだったから、クインの顔からは一瞬で笑いが消え去った。
「母さんはもういないんだから、文句なんて言いたくても言えないよ。二度と……僕の前に現われることはないんだから」
私たちは黙り込む。オリーはハッとしたように「どうしたの、二人とも」と無駄に明るい声を出した。
「変な話してごめんね。……さて、今から飛ぶ練習だったよね? 僕、ちょっと室内練習場の様子を見てくるよ。コンスタンツェが使っても安全かどうか、確かめないと」
オリーが出て行き、私とクインだけが後に残される。私は小さな声でクインに尋ねた。
「確かメアリアナ王女って……このお城で亡くなったんだよね?」
「そうらしいな」
「『らしい』? クインは昔、ここに住んでたんでしょう? でも、王女の死には立ち会わなかったの?」
「俺はその頃、城を出てたからなあ」
クインはテーブルに脚を載せ、頭の後ろで手を組む。
「この離宮、閉められることになったんだよ。メアリアナの結婚が決定したから。それで、ここに住んでた妖精は皆余所へ移ったんだ。唯一の例外はオリーだな。あいつはだけはこの城に残った。落ち着き先が中々決まらなくてな。正式な養子ってわけじゃないが、仮にも王女の息子だ。立場が微妙だったんだよ」
「ちょっと待って。メアリアナ王女って、結婚してたの?」
「いいや。式を挙げる前に死んだそうだ」
「……そうなんだ。王女は悲劇の花嫁だったんだね……」
愛する人と結ばれることもできず、命を終えてしまった乙女。その無念が語り継がれた結果、このお城は「幽霊が出る場所」と認識されてしまったのかもしれない。
でもクインは「どうだろうなあ」と白けた顔だ。
「メアリアナは花嫁になんてなりたくなさそうだったけどな。それにいわゆる政略結婚ってやつで、相手のことは好きでも何でもなかったみたいだぜ」
「そうなの?」
実らない恋に胸を痛めていたわけではなかったと聞いてちょっとほっとしたけど、今度は別の意味で王女に同情してしまう。好感を持てない人が将来の結婚相手として選ばれてしまったという状況なら、私にも覚えがあるから。
「オリーのフェアリー・アイはね、メアリアナ王女にあげちゃったんだって。それで、王女がこのお城のどこかにしまったまま死んじゃって、それで行方が分からなくなったらしいよ」
今までそんなことは考えてもみなかったけど、もしかしたらオリーのフェアリー・アイを探すためには、メアリアナ王女について、きちんと知る必要があるのかもしれない。
意に染まない結婚とか、閉鎖が決定していたメアリアナ城とか。ちょっと突いてみれば、私の知らないことばかりだった。もしかしたらその辺りに、フェアリー・アイの隠し場所のヒントがあるのかもしれないもの。
以前、もっとメアリアナ城について知らなきゃって思ったことはあったけど、今の今まで実行できず仕舞いだった。でも、そろそろ本腰を入れて探っていく方がよさそうだ。
「コンスタンツェ、室内練習場は使っても大丈夫そうだったよ」
オリーが戻ってきた。
せっかくオリーが飛行訓練に付き合ってくれてるんだ。フェアリー・アイ探しも大事だけど、まずは目の前の課題から片付けないと!
「今日もよろしくお願いします、教官!」
「おう、任せとけ!」
クインがぴょんと椅子から飛び降りる。
スズランの香水を振って気合いを入れた私は、妖精コンビと一緒に研究室を後にした。




