廃太子が仲間になりました!(1/1)
「君がモーリスに婚約を一方的に解消されたというのは本当か?」
客間に腰を落ち着けて二人だけになると、トリスタン様は前置きもせずにいきなり水を向けてきた。
「ええ、本当です」
お茶くらい出さないと礼儀知らずって思われるかな、なんて呑気に考えていた私は、ちょっと面食らいながら頷いた。
「君はモーリスをどう思っているんだ?」
「はい、その……。私といたしましては、この度の事態に対し遺憾の意を……」
「回りくどいのはいい。要するに、あのバカに腹を立てているんだろう」
「あー……。……大体そんな感じです」
トリスタン様は決して気遣いができない方ではないんだろうけど、どちらかといえばズバズバと表現するのが性に合っているらしい。ここは、私も思っていることを正直に話した方がいいかもしれない。
「……トリスタン様はそんなことを確認なさるために、わざわざこのお城へいらっしゃったのですか?」
「いいや。わたしは同志を探しに来た」
「同志? 一体何の?」
トリスタン様は暗い瞳で私をじっと見つめる。そこに宿ったぞっとするほど冷たい光に、鳥肌が立つのを感じた。
「わたしはモーリスを破滅させたい」
感情のこもらない声でトリスタン様が告白する。私は息を呑んだ。
「そのための同志だ。わたし一人では、できることに限界があるから」
「モーリス殿下を……破滅……?」
私はトリスタン様の言葉を繰り返す。
「できるんですか、そんなこと」
「もちろん、簡単ではないだろう」
トリスタン様は顔の前で指を組む。
「わたしも、今まで母の実家で大人しくしていたわけではない。あの手この手でモーリスを追い込もうとした。だが、どれも上手くいかなかった。このようなことは認めたくないが……彼はかなりの策士なんだろう」
トリスタン様は束の間うなだれた。
「何度も失敗が続いたせいで、初めはわたしに協力してくれていた祖父たちも、ついには手を引けと言い出す始末だ。これ以上モーリスの邪魔をすると、我々が叛意を持っていることが露見するかもしれないから、と。……だが、わたしは諦めない。たとえ最後の一人になろうとも、モーリスの息の根を止めてやるつもりだ」
どうやらトリスタン様は、弟に相当な恨みを抱いているらしい。一体何があったんだろう?
「しかし、わたしはまだ『最後の一人』ではないと確信している。モーリスを嫌う者は他にもいるはずだ」
「たとえば、私とか」
トリスタン様のセリフの続きを引き取る。私は長年に渡ってモーリス殿下に軽んじられ、冷遇されてきた。トリスタン様が目をつけるのも無理はない。
「かつて、このメアリアナ城が廃墟だったのは知っていますよね? 私がここを生まれ変わらせたのは……モーリス殿下への復讐の一環だったんです」
私は自分の気持ちを正直に話した。
「遠回りかもしれないけど、あなたになんか負けないって言いたくて。だけど……トリスタン様はもっと直接的な方法でモーリス殿下を打ち負かそうとしている。そうですね?」
「ああ」
トリスタン様は神妙な顔で頷いた。
「わたしは奴をどん底に突き落とすような情報を手に入れたんだ。これが明るみになれば、モーリスはもうお終いだ。だが、強力な武器こそ慎重に扱わなければならない。……わたしが協力者を欲している理由が分かったか?」
「ええ」
私はゆっくりと頷いた。
これ以上先に話を進めると、もう後戻りはできないだろう。ただ廃城を綺麗にしてモーリス殿下を悔しがらせるのとは訳が違う。彼の喉元に鋭いナイフを突き付けることになるかもしれないんだ。
……でも、それのどこが問題なの?
私はスズランの香水の小瓶を握りしめる。
――お前はどうしようもない女だ。
――根暗でブサイク。ウジウジしていて、見ていて不愉快になる。
――お前のような欠点だらけの女が俺の未来の妻?
先に剣を抜いたのはモーリス殿下の方だ。そして、彼はその剣で私の心を刺した。何度も、何度も。時には笑みさえ浮かべながら、私を傷付け続けたんだ。
私は香水を辺りに振りかける。清涼な香り。希望が湧き出すのを感じる。
「分かりました」
しっかりとした声で返事をした。
「手を組みましょう、トリスタン様」
これが別の返事だったとしても、トリスタン様は打倒モーリス殿下を諦めないに違いない。私には、彼の激闘を安全圏から眺めるという選択肢もあった。
でも、絶対にそんなことはしてやるものか。モーリス殿下が破滅するなら、私もその場に居合わせたい。元婚約者が底の底まで落ちていく瞬間を見てみたいのだ。
まったく。私、いつの間にこんなに悪い人になっちゃたんだろう? スズランの花言葉って、実は『悪女への変身』だったりしないよね?
まあ、たとえそうだとしても、この決断を後悔する気持ちは全くないのだけれど。
「よろしく頼む、コンスタンツェ」
トリスタン様が手を差し出す。私はそれを握り返した。ひんやりとして、少し荒れた手のひら。トリスタン様も苦労しているんだろう。
握手を交わしたことで、何となくトリスタン様との結びつきが強くなった気がする。魔法も使ってないのに不思議だ。
こちらの意向を確認したところで、トリスタン様は具体的な話をしようと「さて……」と切り出す。
でも私は「待ってください」と彼の言葉を遮った。
「私にも、復讐を手伝ってくれている仲間がいるんです。一緒に話を聞かせていただいても構いませんか?」
「それが信頼してもいい相手ならな」
「それならバッチリです」
私は力強く頷き、ドアを開ける。すると、オリーがすぐ外に立っていた。
「オリー! ちょうど呼びに行こうと思ってたところなの!」
私は弾んだ声を出したが、オリーは険しい顔をしている。首を伸ばし、室内にいるトリスタン様に視線を遣った。
「コンスタンツェ、大丈夫だった?」
「大丈夫って何が?」
「クインが言ってたんだよ。コンスタンツェが怪しい男の人について行った、って」
オリーが声を落とす。私は快活に笑って、「怪しくないよ。彼はトリスタン様。モーリス殿下のお兄様で、元は王太子だった人だよ」と教えてあげる。
「わたしはモーリスの兄ではない」
一応小さい声で話していたんだけど、どうやら会話はトリスタン様に丸聞こえだったらしい。刺々しい声が飛んでくる。
「あんな奴を兄弟だなんて呼んでくれるな。虫酸が走る」
歯に衣着せぬ物言いに、オリーが唖然としている。私は肩を竦めた。
「トリスタン様はモーリス殿下が大嫌いなのよ。まあ、殿下を好きな人なんてあんまりいないかもしれないけど。……さあ、来て?」
オリーが呆気にとられている隙に彼の腕を引っ張って室内に連れ込んだ。そのままソファーに座らせる。
「君の仲間というのは彼のことか?」
「ええ、そうです。彼の名前はオリー。協力者は他にもいますけど、私が報復を決意できたのはオリーのお陰ですし、だからまずは彼と話を……」
「正直に言って、僕はまだ君を信用していない」
私の言葉を遮り、オリーが不信感たっぷりの声で言い放つ。私は「ちょっと! 失礼だよ、オリー!」と彼をいさめた。
「だって、仕方ないだろう? 訳の分からない男の人がいきなり現われて、コンスタンツェと二人きりになりたいとか言い出すなんて……。下心でもあったらどうするんだい?」
オリーはただ私の身を案じていただけじゃなさそうだ。もしかしなくても、トリスタン様をライバル視してる? 私のことを取っちゃうかも、って。
「下心はない。わたしはただ、同志が欲しいだけだ」
照れてモジモジする私には目もくれず、トリスタン様はオリーに事情を説明する。でも、全ての話を聞き終わっても、オリーはまだ眉をひそめたままだった。
「どうも腑に落ちないことがあるんだけど」
オリーが不審そうな顔をする。
「王子を嫌っている人はいっぱいいるんでしょう? だったら、君はどうしてその中からコンスタンツェを選んだの? それに、君の身分を保障する証拠は?」
「用心深い妖精だ。大いに結構」
疑惑の目で見られているというのに、トリスタン様は余裕綽々の態度だ。クインに罵られてもケロッとしていたし、この人、メンタル強すぎない?
「わたしがコンスタンツェを選んだ理由なら、もちろんきちんとある。それは、彼女が特別だからだ」
「……特別? どんな風に?」
まただ。この人もお父様やパーシモンと同じことを言う。何で皆、私のことを他の人とは違う存在だって見なしたがるんだろう? どう考えても、普通の女の子なのに。
私の問いかけに、トリスタン様は「それは後で話す」と軽く首を横に振る。
「まずは、わたしの身分を保障する証拠から見せよう。……いや。君は目が……」
「大丈夫、見えてるよ。妖精だからね」
「そうか。不思議なことができるんだな」
トリスタン様は神妙に頷いて、懐から平べったいアクセサリー箱を取り出す。中から現われたのは、黄金の腕輪だった。彫られている紋章を見て、私は息を呑む。
「オリー、やっぱりこの方はトリスタン様だよ」
何も知らないであろうオリーに、事情を教えてあげる。
「よく見て。この図柄は王家の紋章なの。この国ではね、王様は身近な女性に王家の紋章入りのアクセサリーを贈る習慣があるんだ。例えば、亡くなった前王妃様は指輪をいただいているし、その前の前の王妃様、つまりトリスタン様のお母様は腕輪を受け取っている。……そう、この腕輪だよ」
私は美しく造形されたアクセサリーを見て感嘆のため息を吐く。
「これは模造品なんかじゃない。見れば分かるよ。それに、王家の紋章を勝手に使うのは重罪だもの」
「……なるほどね」
オリーが頷く。その声から険しさが抜けたと気付いたようで、トリスタン様はアクセサリー箱を懐にしまった。
「あの、トリスタン様。こんなことを聞くのはお心苦しいのですが……」
私は控えめな声で尋ねた。
「お母様はお元気ですか?」
「……」
トリスタン様はむっつりとした顔で黙り込んでしまった。やっぱり聞かなきゃよかったと後悔しながら、私は「すみません!」と謝る。
「心からお悔やみ申し上げます。残されたトリスタン様におかれましては、さぞやご心痛のことと……」
「母は生きている。変に気を回さないでくれ」
トリスタン様が軽く手を振って私の言葉を中断させた。何だ、勘違いかと胸をなで下ろす。オリーが不思議そうな顔をした。
「コンスタンツェ、この人の母さんが死んじゃったって思ったの? どうして?」
「モーリス殿下は、いつも前王妃様の形見の指輪をしてるんだよ。だから、トリスタン様も同じようにお母様の思い出のアクセサリーを持ち歩いてるのかな、って。……もちろん、トリスタン様のお母様が何ともなかったら、そんな思い違いはしなかったよ。でも、あの方が離縁されたのは、事故で大ケガを負ったからだったし……」
「事故ではない」
トリスタン様が驚くほどに冷たい声で言った。
「母は、ある相手から向けられた殺意の犠牲になったんだ」
「えっ……」
私もオリーも言葉が出なかった。だって、トリスタン様の告白は「誰かが先々代の王妃を殺そうとした」っていう意味に他ならなかったから。
トリスタン様の黒い瞳が冷徹に光る。
「わたしの母についてはまた後ほど教えてやろう。今はモーリスのことが先だ。どの道、この二つの話は繋がってくる」
いつの間にか、私もオリーも息を殺してトリスタン様の話に耳を傾けている。
トリスタン様は簡潔に、私の元婚約者を破滅に追いやる事実を口にした。
「モーリスは、国王の子どもではないんだ」




