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【電子書籍化】婚約破棄され、廃城へ  作者: 三羽高明
前編 婚約破棄され、廃城へ

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12/36

廃太子が仲間になりました!(1/1)

「君がモーリスに婚約を一方的に解消されたというのは本当か?」


 客間に腰を落ち着けて二人だけになると、トリスタン様は前置きもせずにいきなり水を向けてきた。


「ええ、本当です」


 お茶くらい出さないと礼儀知らずって思われるかな、なんて呑気に考えていた私は、ちょっと面食らいながら頷いた。


「君はモーリスをどう思っているんだ?」

「はい、その……。私といたしましては、この度の事態に対し遺憾の意を……」

「回りくどいのはいい。要するに、あのバカに腹を立てているんだろう」

「あー……。……大体そんな感じです」


 トリスタン様は決して気遣いができない方ではないんだろうけど、どちらかといえばズバズバと表現するのが性に合っているらしい。ここは、私も思っていることを正直に話した方がいいかもしれない。


「……トリスタン様はそんなことを確認なさるために、わざわざこのお城へいらっしゃったのですか?」


「いいや。わたしは同志を探しに来た」


「同志? 一体何の?」


 トリスタン様は暗い瞳で私をじっと見つめる。そこに宿ったぞっとするほど冷たい光に、鳥肌が立つのを感じた。


「わたしはモーリスを破滅させたい」


 感情のこもらない声でトリスタン様が告白する。私は息を呑んだ。


「そのための同志だ。わたし一人では、できることに限界があるから」

「モーリス殿下を……破滅……?」


 私はトリスタン様の言葉を繰り返す。


「できるんですか、そんなこと」

「もちろん、簡単ではないだろう」


 トリスタン様は顔の前で指を組む。


「わたしも、今まで母の実家で大人しくしていたわけではない。あの手この手でモーリスを追い込もうとした。だが、どれも上手くいかなかった。このようなことは認めたくないが……彼はかなりの策士なんだろう」


 トリスタン様は束の間うなだれた。


「何度も失敗が続いたせいで、初めはわたしに協力してくれていた祖父たちも、ついには手を引けと言い出す始末だ。これ以上モーリスの邪魔をすると、我々が叛意はんいを持っていることが露見するかもしれないから、と。……だが、わたしは諦めない。たとえ最後の一人になろうとも、モーリスの息の根を止めてやるつもりだ」


 どうやらトリスタン様は、弟に相当な恨みを抱いているらしい。一体何があったんだろう?


「しかし、わたしはまだ『最後の一人』ではないと確信している。モーリスを嫌う者は他にもいるはずだ」


「たとえば、私とか」


 トリスタン様のセリフの続きを引き取る。私は長年に渡ってモーリス殿下に軽んじられ、冷遇されてきた。トリスタン様が目をつけるのも無理はない。


「かつて、このメアリアナ城が廃墟だったのは知っていますよね? 私がここを生まれ変わらせたのは……モーリス殿下への復讐の一環だったんです」


 私は自分の気持ちを正直に話した。


「遠回りかもしれないけど、あなたになんか負けないって言いたくて。だけど……トリスタン様はもっと直接的な方法でモーリス殿下を打ち負かそうとしている。そうですね?」


「ああ」


 トリスタン様は神妙な顔で頷いた。


「わたしは奴をどん底に突き落とすような情報を手に入れたんだ。これが明るみになれば、モーリスはもうお終いだ。だが、強力な武器こそ慎重に扱わなければならない。……わたしが協力者を欲している理由が分かったか?」


「ええ」


 私はゆっくりと頷いた。


 これ以上先に話を進めると、もう後戻りはできないだろう。ただ廃城を綺麗にしてモーリス殿下を悔しがらせるのとは訳が違う。彼の喉元に鋭いナイフを突き付けることになるかもしれないんだ。


 ……でも、それのどこが問題なの?


 私はスズランの香水の小瓶を握りしめる。


 ――お前はどうしようもない女だ。

 ――根暗でブサイク。ウジウジしていて、見ていて不愉快になる。

 ――お前のような欠点だらけの女が俺の未来の妻?


 先に剣を抜いたのはモーリス殿下の方だ。そして、彼はその剣で私の心を刺した。何度も、何度も。時には笑みさえ浮かべながら、私を傷付け続けたんだ。


 私は香水を辺りに振りかける。清涼な香り。希望が湧き出すのを感じる。


「分かりました」


 しっかりとした声で返事をした。


「手を組みましょう、トリスタン様」


 これが別の返事だったとしても、トリスタン様は打倒モーリス殿下を諦めないに違いない。私には、彼の激闘を安全圏から眺めるという選択肢もあった。


 でも、絶対にそんなことはしてやるものか。モーリス殿下が破滅するなら、私もその場に居合わせたい。元婚約者が底の底まで落ちていく瞬間を見てみたいのだ。


 まったく。私、いつの間にこんなに悪い人になっちゃたんだろう? スズランの花言葉って、実は『悪女への変身』だったりしないよね?


 まあ、たとえそうだとしても、この決断を後悔する気持ちは全くないのだけれど。


「よろしく頼む、コンスタンツェ」

 

 トリスタン様が手を差し出す。私はそれを握り返した。ひんやりとして、少し荒れた手のひら。トリスタン様も苦労しているんだろう。


 握手を交わしたことで、何となくトリスタン様との結びつきが強くなった気がする。魔法も使ってないのに不思議だ。


 こちらの意向を確認したところで、トリスタン様は具体的な話をしようと「さて……」と切り出す。


 でも私は「待ってください」と彼の言葉を遮った。


「私にも、復讐を手伝ってくれている仲間がいるんです。一緒に話を聞かせていただいても構いませんか?」


「それが信頼してもいい相手ならな」


「それならバッチリです」


 私は力強く頷き、ドアを開ける。すると、オリーがすぐ外に立っていた。


「オリー! ちょうど呼びに行こうと思ってたところなの!」


 私は弾んだ声を出したが、オリーは険しい顔をしている。首を伸ばし、室内にいるトリスタン様に視線を遣った。


「コンスタンツェ、大丈夫だった?」


「大丈夫って何が?」


「クインが言ってたんだよ。コンスタンツェが怪しい男の人について行った、って」


 オリーが声を落とす。私は快活に笑って、「怪しくないよ。彼はトリスタン様。モーリス殿下のお兄様で、元は王太子だった人だよ」と教えてあげる。


「わたしはモーリスの兄ではない」


 一応小さい声で話していたんだけど、どうやら会話はトリスタン様に丸聞こえだったらしい。刺々しい声が飛んでくる。


「あんな奴を兄弟だなんて呼んでくれるな。虫酸が走る」


 歯に衣着せぬ物言いに、オリーが唖然としている。私は肩を竦めた。


「トリスタン様はモーリス殿下が大嫌いなのよ。まあ、殿下を好きな人なんてあんまりいないかもしれないけど。……さあ、来て?」


 オリーが呆気にとられている隙に彼の腕を引っ張って室内に連れ込んだ。そのままソファーに座らせる。


「君の仲間というのは彼のことか?」


「ええ、そうです。彼の名前はオリー。協力者は他にもいますけど、私が報復を決意できたのはオリーのお陰ですし、だからまずは彼と話を……」


「正直に言って、僕はまだ君を信用していない」


 私の言葉を遮り、オリーが不信感たっぷりの声で言い放つ。私は「ちょっと! 失礼だよ、オリー!」と彼をいさめた。


「だって、仕方ないだろう? 訳の分からない男の人がいきなり現われて、コンスタンツェと二人きりになりたいとか言い出すなんて……。下心でもあったらどうするんだい?」


 オリーはただ私の身を案じていただけじゃなさそうだ。もしかしなくても、トリスタン様をライバル視してる? 私のことを取っちゃうかも、って。


「下心はない。わたしはただ、同志が欲しいだけだ」


 照れてモジモジする私には目もくれず、トリスタン様はオリーに事情を説明する。でも、全ての話を聞き終わっても、オリーはまだ眉をひそめたままだった。


「どうも腑に落ちないことがあるんだけど」


 オリーが不審そうな顔をする。


「王子を嫌っている人はいっぱいいるんでしょう? だったら、君はどうしてその中からコンスタンツェを選んだの? それに、君の身分を保障する証拠は?」


「用心深い妖精だ。大いに結構」


 疑惑の目で見られているというのに、トリスタン様は余裕綽々しゃくしゃくの態度だ。クインに罵られてもケロッとしていたし、この人、メンタル強すぎない?


「わたしがコンスタンツェを選んだ理由なら、もちろんきちんとある。それは、彼女が特別だからだ」


「……特別? どんな風に?」


 まただ。この人もお父様やパーシモンと同じことを言う。何で皆、私のことを他の人とは違う存在だって見なしたがるんだろう? どう考えても、普通の女の子なのに。


 私の問いかけに、トリスタン様は「それは後で話す」と軽く首を横に振る。


「まずは、わたしの身分を保障する証拠から見せよう。……いや。君は目が……」

「大丈夫、見えてるよ。妖精だからね」

「そうか。不思議なことができるんだな」


 トリスタン様は神妙に頷いて、懐から平べったいアクセサリー箱を取り出す。中から現われたのは、黄金の腕輪だった。彫られている紋章を見て、私は息を呑む。


「オリー、やっぱりこの方はトリスタン様だよ」


 何も知らないであろうオリーに、事情を教えてあげる。


「よく見て。この図柄は王家の紋章なの。この国ではね、王様は身近な女性に王家の紋章入りのアクセサリーを贈る習慣があるんだ。例えば、亡くなった前王妃様は指輪をいただいているし、その前の前の王妃様、つまりトリスタン様のお母様は腕輪を受け取っている。……そう、この腕輪だよ」


 私は美しく造形されたアクセサリーを見て感嘆のため息を吐く。


「これは模造品なんかじゃない。見れば分かるよ。それに、王家の紋章を勝手に使うのは重罪だもの」


「……なるほどね」


 オリーが頷く。その声から険しさが抜けたと気付いたようで、トリスタン様はアクセサリー箱を懐にしまった。


「あの、トリスタン様。こんなことを聞くのはお心苦しいのですが……」


 私は控えめな声で尋ねた。


「お母様はお元気ですか?」

「……」


 トリスタン様はむっつりとした顔で黙り込んでしまった。やっぱり聞かなきゃよかったと後悔しながら、私は「すみません!」と謝る。


「心からお悔やみ申し上げます。残されたトリスタン様におかれましては、さぞやご心痛のことと……」


「母は生きている。変に気を回さないでくれ」


 トリスタン様が軽く手を振って私の言葉を中断させた。何だ、勘違いかと胸をなで下ろす。オリーが不思議そうな顔をした。


「コンスタンツェ、この人の母さんが死んじゃったって思ったの? どうして?」


「モーリス殿下は、いつも前王妃様の形見の指輪をしてるんだよ。だから、トリスタン様も同じようにお母様の思い出のアクセサリーを持ち歩いてるのかな、って。……もちろん、トリスタン様のお母様が何ともなかったら、そんな思い違いはしなかったよ。でも、あの方が離縁されたのは、事故で大ケガを負ったからだったし……」


「事故ではない」


 トリスタン様が驚くほどに冷たい声で言った。


「母は、ある相手から向けられた殺意の犠牲になったんだ」

「えっ……」


 私もオリーも言葉が出なかった。だって、トリスタン様の告白は「誰かが先々代の王妃を殺そうとした」っていう意味に他ならなかったから。


 トリスタン様の黒い瞳が冷徹に光る。


「わたしの母についてはまた後ほど教えてやろう。今はモーリスのことが先だ。どの道、この二つの話は繋がってくる」


 いつの間にか、私もオリーも息を殺してトリスタン様の話に耳を傾けている。


 トリスタン様は簡潔に、私の元婚約者を破滅に追いやる事実を口にした。


「モーリスは、国王の子どもではないんだ」

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