第9話 お迎えドライブでイチャイチャ。
終業後、帰りの支度をして、各々会社のエントランスから外に出ていく。
「お疲れ様ー」
「お疲れー」
同じく退勤するプロジェクトチームの人達と一緒に、すれ違う他の社員に挨拶をする。
「あのカッコイイ人、誰か待ってるのかな?」
「でしょ? じゃなきゃ、あんなところに車停めてないって」
「芸能人じゃないの?」
時々すれ違う声を聞いて、外に目を惹くイケメンがいるのかと思う。
まぁ、どんなイケメンだろーとも、私の兵吾ほどカッコいい男はいないんだけどねー!!
帰りが一緒になったプロジェクトチームの女性メンバーと、雑談しながら社屋の外に出ると、見慣れたダークグレーのフォレスターを見つける。
兵吾!? え? 連絡くれなかったのに、迎えに来てくれたの?
うっそ! 嬉しー!!
「ねぇ。時間あるなら、みんなで夜食べに行かない?」
「いいね」
「どこがいい?」
「ごめんっ! 私はここで」
目の前で両手を合わせて、みんなに謝る。
「どうした?」
「用事あったの?」
「えへ、迎えに来てもらっちゃった」
小声で答えて、目視できる距離に留めてある、ダークグレーのフォレスターに視線を向ける。
私の視線を一緒に追った笹木さんたちは、フォレスターに寄りかかってる兵吾の姿を見て息をのむ。
「うわっ、なにあの人。カッコイイ!」
「モデルみたい」
「ワイルド系のイケメン……って、あ! もしかして?」
笹木さんの言葉にコクコクと頷く。
「めっちゃ愛されてるじゃん」
「マジで羨ましいっ」
でしょでしょ? 兵吾ってば、めっちゃ私のこと愛してくれてるのよ。
「あ、笹木さんたちも帰り? どう? これからみんなで飯食いに行かねー?」
プロジェクトチームの男性メンバーたちが声をかけてきた。
その中には広瀬衛もいて、私と目が合うと、向けられたらとろけてしまうような、そんな甘い笑顔をむけてくる。
なんじゃ、その笑顔は……。
右ストレート、いやフックかアッパー入れたくなる笑顔だな!
またしても脳内でシャドウボクシングをしてる私をよそに、傍にいた女性メンバーたちが、合流に同意していた。
「いいですねー」
「私たちも食べに行こうって話してたんですよ」
「個人居酒屋なんだけど、ちゃんと食事も出してくれる店知ってるんだ」
「わ~、楽しみ」
ご飯を食べに行く人たちに声をかける。
「それじゃぁ、お先に~」
「お疲れ様~」
「おつかれ~、また月曜日にね~」
「え? 萩原さんいかないの?」
男性メンバーの声を背中にして、私は兵吾に駆け寄る。
「ひーくんっ!」
抱き着く私の頭をよしよしと撫でて、助手席のドアを開けてエスコート。
私が乗り込むのを確認してから、静かにドアを閉めた兵吾は、こっちを見ているプロジェクトチームのみんなに軽く頭を下げて会釈をすると、運転席に回って乗り込んでくる。
「ちゃんとベルト締めて」
「はーい」
言うとおりにシートベルトを締めてから窓を開けて、こっちを見ているみんなに手を振る。
手を振り返してくれるみんなを後目に、兵吾はゆっくりとフォレスターを発進させた。
カーラジオが流れる車内で、思わず笑いが漏れてしまう。
「うひひっ、みんなに羨ましがられちゃった」
私がそう言うと、兵吾は視線をまっすぐ前に向けたまま口を開く。
「羨ましがられたっていうか……」
「なに?」
「千束を狙ってた男は、迎えに来る彼氏がいるってわかって、残念そうだった」
私のことぉ?
「でも会社でひーくんのこと惚気てたもん。彼氏がいるってみんな知ってるよ?」
「話を聞いてても、実物を見てなきゃ、実際にいるかどうかはわからないだろう?」
そうかな? ちゃんと指輪だってはめてたのに?
兵吾が何を気にしてるのかはわからないけれど、横顔かっこいい。なんかドキドキしちゃう。
「いきなり迎えに来たから驚いちゃったよぉ。サプライズデートなの?」
「んー、ちょっと付き合ってほしいところがある」
珍しいなぁ、兵吾がそんなこと言ってくるの。
「知り合いの店のシェフから、料理を食べて感想伝えてくれって言われたんだ」
なんと! お仕事デート?
「あっ、私、服装これで大丈夫?」
「ドレスコードがある、高級レストランじゃないから大丈夫」
でも、今日の兵吾はカジュアルだけどちゃんとした服装だ。
「千束はどんな服着てても、ドレスアップした女よりも品があるから、気にしなくていいよ」
兵吾に連れて行ってもらったお店は、洋館を改装したレストランで、落ち着いた雰囲気の店内だ。
あらかじめ話が通っていたのか、兵吾と私がお店に入ると、名前を聞かれたり待たされたりすることもなく、すんなりとテーブル席に案内される。
しばらくして私たちの前に並んだのは、彩も鮮やかなコース料理。
車で来てるのでアルコール類は飲めないから、食前酒と突き出しはナシ。
前菜、スープ、に続いて魚料理が出された。
フォークを手に取って、一口目を口に入れる。
「んんっ! 美味しっ」
思わず声が漏れてしまう。淡白な白身魚だけど、ちゃんと脂がのっていて、口の中に広がる旨味と香りに、思わず頬が緩んじゃう。
「すっごくいい魚」
「脂がのってるな。ただ、このソースだとちょっと重いかもしれない。年配の人にはきつく感じるだろうな」
「ふーん、そう? 私はちょうどいい」
もう一口、口に入れる。
んん、やっぱりおいしい。でもこのソースが重いってなると……。
「柑橘系の酸味入れると、脂が気にならなくなる?」
「そうだな。客層によって、ソースを替える方が良いかもしれない。千束は舌が肥えてるからすぐ気づいたな」
えへ、褒められた!
魚料理の後に口直しのソルベが出され、そのあと肉料理。
お肉、柔らかっ!
お肉は兵吾も気になるところがなかったようで、味を確認しながら黙々と食してる。
最後にデザートが出て、温かいコーヒーを口にする。
は~っ、幸せ~。
兵吾と一緒に美味しいごはんを食べて、胸の奥が満たされる。
「ねぇ、ありがと。お仕事でもひーくんと一緒に美味しいごはん食べれて、すっごく楽しかった」
「満足した?」
「うん」
「千束が楽しかったならよかったよ。最近またストレス溜まってるみたいだったし」
そう言って兵吾は目を細めて笑顔を見せる。
広瀬衛の笑顔とは、比べ物にならない。
胸の奥がキュンキュンしちゃう。
お店の人に「すごくおいしかったです。ごちそうさまでした」と言ったら、目をほころばせて、またのお越しをお待ちしております――と、丁寧なお辞儀で見送ってもらう。
レストランを後にして、兵吾は夜の街でフォレスターを走らせる。
窓の外には、川沿いに並ぶビル群や、遠くまで続く街路灯の光。流れる光の粒を眺めながら、シートに身を預ける。
「こうやって夜景を見るのもいいもんだねぇ。奇麗だわ~」
「千束は止まって見るのが好きだろう?」
「うん、でも、こーやって動く光を追いかけるのも、なんか映画のなかにいるみたいでワクワクする」
信号待ちで車が止まった瞬間、兵吾の腕が伸びてきて、指の背で頬を撫でてくる。
「ちーの目の方が奇麗」
「そーおー?」
「すごく楽しいことがあった目をしてる」
鋭ーい。
よくわかってるなぁ。
「運命の恋なんだってぇ」
昼間の咲村こころのことを思い出して、また笑いが込みあがる。
「誰の話だ?」
「咲村こころ。前世の記憶あったよ」
私がそう言うと、兵吾は、へーっと声を漏らす。興味なさそう。
「千束に記憶があるかどうか、確かめに来たのか」
「そー、マウント取りながらね」
あの時の咲村こころを思い出して、また笑ってしまう。
「小型犬の仔犬みたいにキュウキュウ鳴いて、めちゃくちゃ可愛かった」
「千束が泣かせたんだろ?」
「だってさぁ、私が記憶を持ってないって思ったのか、探りだったのかわかんないんだけど、前世の王子である広瀬衛と再会できたのは、“運命”なんて言うんだもん!」
まぁ、ある意味、運命であることは、確かなんだろうけれど。
「王子は男爵令嬢と近かったけど、あれ特別扱いって感じじゃなかったんだよねぇ。ほんと可愛いペット扱いだった」
前世の私は、それさえも王子の関心を奪ってるって、腹を立てていたわけなんだけど、今の私は、アレは毛色の変わったペットを愛でてるだけだったなぁって理解できる。
だって男爵家に引き取られたのに、全く貴族のマナーができていない元庶民。
アレは喋るペットだったんだよ。
「ほら、王子って八方美人だったからさぁ、勘違いしちゃったんだろうけれど。それで……、今世で会えたのは、運命――だって……、ふはっ。ふふっ、あはっ!」
駄目だ、思い出したらまた笑いが……。
「きゃーはははははははっ!! やばー!! ほんとあの女、面白いよぉ!! 運命、だって! う、ん、め、い!!」
笑いが止まらず、けらけらと笑ってる私をちらりと横目で見て、兵吾はふっと口元に笑みを浮かべる。
「可愛いよねぇ! あんな風に、盲目になっちゃってっ!」
男爵令嬢だった頃にあんな風になってたら、私もちょっとは王子の傍にいること、許してあげていたかもしれない。
いや、無理。許せなかったね。
「それでね、ひーくんがいるから、もう王子いらないって言ったら、一気に壊れちゃったよ。そんなはずないだってー。生まれ変わった咲村こころが、変わらず王子のこと好きなんだから、私も王子の生まれ変わりである広瀬衛のこと好きなはずって、必死になっちゃってんのっ」
一瞬――、ほんの一瞬。兵吾の視線が鋭くなった。
あ、れ?
「もしかして、私が広瀬衛を好きだって、そう言われたことにムカついた?」
「勝手に、千束のことをわかったように言われんのは、気分が悪い」
ふぁっ!
ストレートに、好きとか愛してるとか言われるよりも、どきどきする~!!
「ふひひっ、そうだよね。ひーくんほど私を理解してる人、この世界の何処にもいないよ!」
私がそう言うと、兵吾も前を見つめたまま、楽しそうに目を細めた。
あぁ、やっぱり兵吾の方が一千倍、魅力的だわ。
「そういえばさぁ、広瀬衛って咲村こころと同じなのかな?」
「同じって何が?」
「記憶があるのかなーって。まだ、そこの判断がつかないんだよね」
王子の記憶を持ってるのか。
それから私が、前世の婚約者だって知ってるのか――。
「どっちかなのかはわかんないんだけど……。あの男、私のこと好きなんだと思う」
そう言ってちらっと兵吾を見る。
機嫌が悪くなるかな?と、思ったんだけど、さっきと違って、兵吾に感情が読めないなぁ。
「……怒った?」
「なんで?」
「広瀬衛が、私のこと好きかもしれないって言ったから」
「千束が男にモテるのは、昔からだろ」
うぐっ、モテるっていうかさ、変な奴に目を付けられやすいって言うの?
ほら、私って一見大人しめの可愛い系だから、付きまとわれたり迫られたりしても、拒否できないと思われがちなんだよね。
全然そんなことないんだけど。
「やだ~! 怒らないでよぉ! 私が好きなのひーくんだけだもん!! ひーくんしかいらないもん!! 広瀬衛は眼中にないの! 信じてよぉ!」
誤解されたくないから、広瀬衛のこと話しただけで、兵吾を煽るとか、試し行為してるとかじゃないんだよ。
そんなの、誰だってやられたくないじゃん。
前世の私は、自分がされたくなかったことを相手にしないなんて考え方できなかったけど、今世の私はできる。
私が兵吾にされたくないことは、兵吾にしないよ。
そんなことして嫌われたくない!
「千束」
兵吾に名前を呼ばれて、ドキドキする。
このドキドキは、ときめきのドキドキじゃなくって、怖い方のドキドキだよ。
嫌われたんじゃないかって、心配のドキドキだ。
「な、なーに?」
どうしよう? どうしたらいいかな? そうだ、刺す? 兵吾が私のこと嫌いって言ったら刺す?
「俺に付いてた(仮)はどうなった?」
「え?」
あっ! そう言えば、そうだったっ! 兵吾と付き合うのは恋愛するリハビリって、そう言う始まりだった。
だから幼馴染み兼恋人(仮)だったけど……。
「そんなのとっくに取れてるよぉ!!」
そう答えたら、ちらっとこっちを見てから、また前を向く。
「なら、広瀬衛をいちいち気にしてもキリがないだろう?」
で、でも……、ここで(仮)のことを聞いてきたってことは、そのことずっと気にしてたってことだよね。
いつも余裕を見せてる兵吾でも、そうやって、私のことには余裕じゃなくなるんだって思うと、さっきまでの心配が吹き飛んで、思わずにやけちゃう。
「ひーくん。家帰ったら、エッチする?」
「する」
兵吾の返事に、私はまた陽気に笑った。
もちろん、家に帰って私がどうなったかは、言うまでもないのだ。
年下彼氏が他の女によそ見してると思った時点で、間違いなく年下彼氏を刺す。
(◎_◎;)ヤバ…




