第7話 年下彼氏と甘々デート。
休日の午前中。
私は行きつけの美容室にいた。
「あんたさぁ、昔っからそーいうのに絡まれるわよね」
シャンプー後にドレッサーの前に座った私に、呆れたような声でそう言ったのは、この美容室サロンの美容師。
中高時代、兵吾に惚れて私をいじめようとした、「そーいうの」の筆頭だったギャルこと、朝里花音である。
「今日、どうする?」
「短くしようかなー」
「えー、やめときな。せっかくこんな奇麗なキューティクルストレートなんだから、もったいないよ」
「たまには変化をつけたいのぉ。ひーくんに飽きられたくないから」
兵吾の名前を出したら、花音が奇特なものを見るかのような顔をする。
「あんた、まだあいつと付き合ってんの?」
「付き合うきっかけは、花音だからね?」
「もうやめてよ! あれは完全に、あたしの黒歴史! あんたにも悪いことしたって反省してんだから!」
花音とは兵吾のことでガチでやり合って、そのあと、なんか意気投合しちゃって、カラオケボックスに行ったんだよね。
それからつるむようになって、今でも付き合いがある。
当時ギャル軍団に私一人清楚系がいて、めっちゃ浮いてたと思う。
「こーいうの、どう? んでインナーにカラー入れるの」
ヘアーカタログを花音に見せる。
いわゆるクラゲヘア。
「んー、似合うっちゃ似合うけど。やっぱやめな。あとあんたの男、今のままがいいって言うよ」
花音は、私が見せたヘアカタログを覗き込んで言う。
「いつも通り、伸びた分までカットね。あと前とサイドをちょっと整えるか」
んも~聞いておきながら、結局花音が決めてるじゃん。
「んでさ、あんたの悪口言ってた女ども、どうなったん?」
花音はパチパチと器用にハサミを動かしながら、事の顛末を訊いてくる。
「あー咲村こころとその他の女ね? まずね、“身体で仕事取ってる”“男と寝て仕事を押し付けてる”って発言した二人は、プロジェクトメンバーから辞退した」
「肝心の咲村こころは?」
「残ったんだなぁ、これが」
「マ!?」
「マ」
本当は悪口言った全員、プロジェクトメンバーから外れる方向で、話が出てたんだよね。
だってあんな場を乱すような奴ら、置いておく意味ないじゃん?
早河チーフや広瀬衛たち上層部は、一時的に外れてもらうって言ってたけど、そんなの建前上の話で、実際は追放処分だよ。
二度とプロジェクトへの復帰はなし。
それで、一番言っちゃならんことを言ってた二人が、『個人的な事情による一時的な離脱』ってことで、抜けていった。
まぁ、思ってても、プロジェクトに入るために男に身体使ったとか、男と寝て仕事押し付けてるとか、声に出すのは、完全アウトでしょ?
だから実質的には、騒動の収束のための処置だけど、表向きは自発的な辞退ってことになってる。
やらかした人も、私怨で私の悪い噂を広めた認識があるから、自分から辞退ってことになっても、文句なんて言えるわけないじゃん?
それで、問題の咲村こころだよ。
あいつは自分で、メンバーから外れないって言いだしたの。
自ら茨の道に行くタイプ……、いやラノベやアニメや漫画の平民主人公って、得てしてそういう傾向があるよね。
わざと困難な方の道を進んでいく。
その根性、バイタリティは、素直に称賛するわ。
すげーな、咲村こころ。
あんた、やっぱりヒロインなんじゃない?
他の私の悪口を言って残った人たちはさ、居た堪れない感満載だっていうのに。
辞退した二人のように、自分も外れればよかったって、後悔してんだよね。
そりゃそうだ、あれだけの騒ぎを起こしたんだから、残れば他のメンバーから白いで見られるに決まってるじゃん?
辞めさせられた二人と一緒に、自分たちも辞めればよかった。でも今辞めるって言うのも……、って感じなんだよ。
残ればみんなから白い目で見られて身の置き場がない。でもここで辞めますって言ったら、責任取らないの?って思われる。
だから、辞めるに辞められないって言うのが現状なのね。
対して咲村こころは、白い目で見られてもなんのその。
一生懸命、広瀬衛に引っ付いてる。
頑張ってるねー。健気だねー。
「後始末、大変だったんだよ。関係者へのヒアリングに、コンプラ部署への相談。あとチーム内教育の再実施。私もみんなに謝った。私のせいでこんなことになって、ごめんなさいって」
そう言ったら花音はうわ~って声を漏らす。
「あんたのそーいうところが怖いわ。被害者のあんたがさ、他のメンバーにそうやって頭下げてごらんよ。みんなあんたの味方になるに決まってるじゃん。こわ~。周防と違った意味であんたヤバー」
前世はこういうことに頭回らなかったから、断罪されたんだよねぇ。
「ところで疑問あんだけど?」
「なーに?」
「その、広瀬衛? そいつはどうなったん? 責任者っていうの? プロジェクトのリーダーだったんでしょ? 騒ぎが起きてなんもしなかったのに、お咎めなし?」
言われると思た。
今回の騒ぎって、広瀬衛がいなかったら起きなかったことだけど、でも広瀬衛が悪かったのは、自分の事情に無関係な私を巻き込んだってところなんだよね。
「お咎めはあったよ。一応コンプラにも抵触してたから、始末書の提出程度だったけど」
「え!? なんでさ! だってリーダーなんでしょ? しかも自分のせいで、千束がやっかみ受けたんでしょ? なのに始末書程度で終了なの?」
そこが何とも言えないんだよねぇ。
「今回のことってさ、広瀬衛のことが好きだった女どもが、私をやっかんで悪い噂を流したわけじゃない?」
「らしいね」
「その一方的に向けられる恋愛感情の責任まで、取らせることできるのかって話よ」
私の悪口を言いまくってた女性メンバーたちは、間違いなく広瀬衛が好きで、恋愛感情を持っていたと思うんだけど、はっきりと“好き”とか“付き合ってほしい”とか、そういったことを広瀬衛に言っていたわけではなかった。
まぁ、アプローチはしていたと思うんだよ。
食事を誘ったり共通の趣味を探ったり、業務外ではそういうことしていたと思うんだ。詳しいことは知らないけどさ。
でもその好意を持たれること、それからアプローチされることって、広瀬衛自身がどうこうできることじゃない。
好意を持たれてる相手からの誘いを受けたら、都度、律儀に断ってたみたいだしね。この辺のことも、詳しくは知らないけれど、そういう話を聞いた。
広瀬衛が好意を向けてきてる相手に、拒否の意思表示を相手にしていたわけだから、相手がしたことの責任を負う必要はないだろうってことらしいのよ。
一番悪いのって、広瀬衛が仕事で頼ってきてる私のことをやっかんだ、女性メンバーたちなんだもんね。
広瀬衛の悪かったところって、リーダーという立場にいながら、メンバー内の不和を処理できなかったことなんだよ。
だから始末書を書かされて終わり。
あとはちゃんとプロジェクトメンバーの動向に注意をして、二度と同じことが起きないようにすること。
次に同じことが起きたら、プリジェクトそのものを中止。もしくはリーダー替えってことで、終結した。
「次はないってことね。でも、自分はモテるってわかってるみたいだし、なんであんたにちょっかい出したんだろうね」
「私が可愛いから」
冗談だけど。
「自惚れんなって、言えないところが、千束なのよねぇ。確かにあんた、可愛いし」
花音はけらけら笑いながら、ハサミを動かす。
ちょっかいって言うか、本来は正規メンバーがする仕事をサポートに任せてくるってやつだから、単純に私のことを評価してるんだろうけれど……。
仕事以外のことだと、まぁ、確かに頻繁に声掛けはされてるんだよね。
そう、まさにアプローチされてる感じ。
でも広瀬衛が私を見る目って、恋の熱に浮かされてるようなものじゃない。
だから不思議なんだよなぁ。
「つーかさ、学生時代から、肌の張りツヤ代わってないの、化け物じみてるよ? 全然歳取ってるように見えない。まだ制服着ても学生に見られると思う」
「まだ学生でイケそ?」
「イケるイケる。制服着てなくても、夜の繁華街歩いてたら、あんた補導される」
夜遅くの一人歩きはするなって兵吾に言われてるからしてないけど、飲み会終わって道路でワイワイしてると職質受けそうになったことは、何回かあった。
それにしても制服……、まだ残してたっけな?
今度、制服プレイするのもいいかもしれない。
カット後もう一度シャンプーとトリートメントパックをしてもらって、セットに入る。
「んー、軽く巻く? 洗えば落ちるから、巻くか。かずー、コテ持ってきて」
「花音さん、セット俺がやりたいです」
「ダメ。千束の髪触らせるのは、女のスタッフだけって決まってんの」
「はぁ? なんでですか?」
「決まってんでしょー。千束の男が許さないからよ。ほら」
言って花音はサロンの出入り口に視線を向けると、兵吾がドアを開けて入ってくる。
「あいっかわらず、すげーオーラ」
「終わったか?」
「まだ、もうちょい。黙って座って待ってな。いま飛びっきり可愛く仕上げてんだから」
兵吾を見て、かずって呼ばれた男子は、気圧されたように引く。
まぁ、兵吾は身長高いし、体格も細マッチョで大きいし、なによりイケメンですからぁ? 男としては劣等感ってほどじゃないだろうけれど、比べられたくないよね。
花音は私の髪をコテで巻いて、ふわっとした感じにセットしてくれた。
「ふぃ~、いい仕事したぁ」
最終チェックをしてもらって、兵吾の前でくるっと回ってポーズを決める。
「どーお? 可愛い?」
「千束はいつも可愛い」
兵吾はそう言って私を抱き寄せると、頭のてっぺんにキスを落とす。
「店でいちゃつくのやめてくれない?」
ドン引きした様子で花音はそう言って、お会計チェックする。
「次は三か月後ね。予約入れておくから」
「はーい。可愛くしてくれてありがとー。またよろしくねー」
見送る花音たちに手を振って、兵吾の腕を組んでサロンを出る。
久しぶりの外デートではしゃいじゃう。
特に欲しいものはないんだけどね。
ほら、私は小物とかアクセサリーも作ってるから。だから勉強のために、お店で売られているデザインを見たり、あとは兵吾の服を見繕ったり、街中をぶらぶらする。
「新しい下着も欲しいなぁ」
下着って言うか、ベビードール、欲しい。
実はまだ一枚も持ってない。
「ひーくん。何色がいい?」
「黒」
「わっ、黒ってなんか背徳感ある」
「肌が白いから、映えるだろ?」
うひひっ、兵吾のエッチ。
「めっちゃエロいやつ買って、ひーくんに見せてあげるね」
ベビードール、めっちゃエロいのは通販の方がデザイン豊富なんだよね。
だけどなぁ、サイズがなぁ~。
兵吾に大きくしてもらってるから、サイズにあったエロかわなのが、なかなかない。
誰かに相談してみようか。
そう思ってたら兵吾が顔を近づけて、耳元で囁いてくる。
「ちー、こっち見てる女がいる」
「え?」
兵吾に言われて視線をさまよわせると、少し離れたところに咲村こころが立っていた。
なんか、信じられないって感じの顔で、ガン見してる。
「あ。あれが、咲村こころ」
何、あの顔。めっちゃ固まってるんだけど?
「へー、あんなちんちくりんな女だったのか。千束の足元にも及ばないのに、お前に張り合ってんの?」
再び兵吾の低音ボイスを耳元で囁かれて、ぞくっとしちゃう。
私たちの様子に、咲村こころの目がさらに大きくなった。
なんでそんな驚いてんのかわかんない。
「ずっとこっち気にしてるな。あと付けてくるんじゃないか?」
「なんで?」
「千束が男と一緒にいるから」
咲村こころに見られてるとわかった途端に、兵吾のスキンシップが激しくなる。
顔を近づけたり、私の髪や顔を触ってきて、ほんと、咲村こころに見せびらかすみたいなことをする。
「ん~? 私がひーくんとデートして、なにがおかしいのよ。普通にカレカノデートって思うんじゃないの?」
そう言ったら、兵吾は目を細めて、くつくつと声を押し殺しながら笑った。
「千束は聡いのに、時々、恐ろしいほど人の心に無頓着になる」
これって、咲村こころの気持ちがわかってないってことだよね?
「咲村こころは――、広瀬衛のことが好きなんだろ?」
「うん? そうだよ」
「千束に嫌がらせしてきたのは、広瀬衛が千束にちょっかい出してきてるからって言うのもあるけど、あの女は、お前も広瀬衛に気があると思ってんだよ」
げっ! なにそれ。
嫌そうな顔をした途端に、兵吾の指が軽く唇にあたる。
「でなきゃ、嫌がらせが、しつこ過ぎるだろ? 広瀬衛が千束に声をかけたのはきっかけで、そのあとは、広瀬衛が千束と接触するたびに嫉妬した。広瀬衛の一方的な接触だけが原因じゃない。たぶん、千束の広瀬衛に向けた形だけの愛想に、お前も広瀬衛に気があると思ったんだ」
「へ~、そんな風に考えてんのか、あの女」
他人事のように言う私を抱きしめ、兵吾はおかしくてたまらないと言わんばかりに、声を殺して笑いだす。
そんなに笑うことないじゃん。
「イチャイチャしてるの見せびらかすか?」
兵吾の提案に、腕を組んで考える。
そうね……、あの女。広瀬衛にモーションかけてるけど、相手にされてないみたいだし、欲求不満になってるかもしれない。
私と兵吾のイチャイチャ見て、羨ましがらせるのもいいかな?
そう考えると、自然ににんまりと笑ってしまう。
その私の笑顔を見た兵吾が、了解を得たと思って顔を近づけてキスをしてこようとするから、手で押さえて阻止する。
「ここはイヤ。みんなに見られるのはイヤなの」
「人がいないところに行くか」
そう言って恋人つなぎで手を繋いで、人気のない公園に移動した。
って言っても、全く人がいないってわけじゃなくって、でもいるのは殆ど私たちみたいなカップルばっかり。
みんな目の前の恋人と自分たちの世界に入っちゃってるから、ここでイチャイチャしても誰も気にしない。
案の定、咲村こころも私たちの後をつけてきたわけなんだけど、よく一人でこんなところに来たな。
カップルしかいないのに、一人ってなんか気後れしちゃうのに。
つまり、それほどまでに、私の動向が気になるのか。
木陰に隠れて、兵吾が腰を引き寄せながら、軽く唇に触れてくる。
何度か軽くついばむようなキスを繰り返してから、こつんの額をあわせると、後ろの頭に手を入れられて、唇を深く重ねた。
兵吾のキス、気持ちいいよぉ。
人目があろうとなかろうと、常からイチャイチャしてんだろう? ( º言º)




