第6話 さぁ、覚悟なさって。反撃のお時間ですことよ?
咲村こころたちがしている私への悪口は、よくない噂になって、プロジェクトメンバー内にとどまらず、社内の他部署にまでにも、広まりつつある。
女性社員は私を見かけると、ひそひそと話しながらも何かバカにしているような、嘲るようなそんな視線を向けてくるけれど、男性社員の中には、あからさまに値踏みするような目で見てきたり、時にはビッチだから声を掛ければ簡単に誘いに応じると思ってるみたいで、そういったことをする奴らも出てきた。
そういったバカのことは、片っ端から証拠を取ってコンプラ部署に連絡入れてやってるんだけどね。
仲良くなった笹木さんたちサポートメンバーは、私に気遣うような視線を向けながらも、どうしていいのかわからないって感じ。
過剰に反応すると騒ぎが大きくなって、プロジェクトにも影響するだろうからね。
ここでサポートメンバーが騒いで、プロジェクトに影響を及ぼすことになると、企画部の社員から逆恨みをされかねない。だから一応、広瀬衛に何か言ってはいるらしいけど、表立って私を庇うことはない。
かといって、調子に乗ってる咲村こころたちに同調することもない。
沙也加たち同期のメンバーは「そんな噂なんかありませんよ」って感じで、噂そのものを完全無視。
残りは、便乗するメンバー……主に女性社員。ごたごたに巻き込まれたくないと静観を貫くメンバー。それから大丈夫?と、私に声をかけて気遣ってくれるメンバーに分かれている。
午後の会議のために、ミーティングルームに向かっている途中で、ずれた眼鏡を直しながら、平坦な声で沙也加が零す。
「いい加減、鬱陶しいわね」
声、こっわっ。
自分のことじゃないのに、怒ってくれる沙也加は優しい。沙也加自身、似たような体験をしてるから、この状況にムカついてるんだろうなぁ。
でも私が何もしないから黙ってるんだと思う。
「そうねぇ。でも、もうそろそろ、やってくれそうな気がしない?」
にんまり笑って答えると、やっぱりなって顔をされる。
「千束。顔に似合わず、こういうの得意よね。昔も似たようなことなかった? 庶務課で」
「大河内課長が来る前の話でしょ?」
「千束に嵌められたあの子は、典型的な男すり寄り女だったね。そこは咲村よりも浅はかだったわ」
「頭が悪かったよねぇ。顔だけで生きてた子なんだなぁって思ったよ」
「顔だけで生きてたから、自分よりも可愛い顔してる千束が、邪魔だったんでしょ。社会人になったなら、人を見抜くスキルを磨かなきゃ」
前世の私もそうだったよ。
私よりも可愛くって奇麗な女が、王子の傍にいるのは気に食わねぇって思って、嫌がらせをしまくった。
私が嫌がらせをした相手の中には、王子に特別な感情を持ってなかった人もいたと思う。
ほら相手は王子で、しかもイケメンで、そんな相手に声を掛けられたり親切にされたりしたら、恋愛感情云々を抜きにしても、どきどきするよね。
そう思うだけで、王子とどうこうなりたいって子ばかりじゃなかったと思うんだ。
でも前世の私は、王子に優しくされたってだけで、嫉妬の対象だったんだよ。
自分がその優しさを向けて貰えなかったから、なおのこと、許せなかったんだなぁ。
なんであんたは王子に笑いかけてもらえるの? 優しくされるの?ってさ。
沙也加と並んで会議室に入ろうとした瞬間、ドアの隙間から声が聞こえた。
「萩原さんって、可愛いのを鼻にかけてるよね?」
「そうそう。あの顔で男に媚売って、自分の仕事押し付けてるんじゃない?」
「身体使ってるって聞いたよ」
咲村こころとその取り巻きが、私の悪口を並べてる。
ふと――、咲村こころと目が合ったような気がした。
いや、確実に目が合った。口元に歪んだ笑み。
この会話を私に聞かせて、ショックを受けて泣いて逃げる……、そういう筋書きかな?
あの女。とうとうやってくれたわ。
私が待ってたのは、コレ。コレなんだよ!!
ありがとう、咲村こころwith広瀬衛推しの女ども。
やっと、やっと罠に嵌ってくれたね。
私が今まで噂を放置してたのは、お前らに墓穴を掘らせるためで、噂に怯えて、何も言えなかったわけじゃないんだよ。
わざと、放置してたの。
そしてこの舞台を素晴らしい見世物にしてくれる役者が、こちらに向かってくるのが見えた。
目が合った咲村こころに、私も目を細めてにんまりと笑ってやれば、その嘲るような表情が凍り付く。
そして、相手に考える隙を与えず、行動を起こす。
バタンッと大きな音を立てて、会議室のドアを開けた。
「――ひ、ひどいっ! 私が男性メンバーと寝てるなんて、どうしてそんな酷いこと言うんですか!?」
目を潤ませて、いかにも傷付きましたって様子で、そして廊下にいる人たちにも聞こえる音量で声を張り上げて、こちらを注目させる。
ちょうどそのタイミングで、今回のプロジェクトの総合責任者であるチーフマネージャーと、プロジェクトメンバーが入ってきた。
「どうした? 何の騒ぎ?」
「い、今……咲村さんたちがっ」
最後まで言わずに、両手で顔を覆って嗚咽を漏らす。すると、沙也加が私を慰めるように背中をさすってくれる。
「彼女たち、千束……萩原さんの悪口を言ってたんですよ。千束が男性メンバーと寝て、自分の仕事をやらせてるって」
沙也加、ナイスアシスト!
「なっ……」
「ちがっ!」
違くねーじゃん。言ってたじゃん。
っていうか「会社の誰かと寝てた」って、誰かに言われてることを恥ずかしがって隠すと思った?
そんなわけないじゃん。
あんたらにとってそれは、自分が引きたくないババカードのジョーカー。
私にとっちゃそれは、あんたらを追い詰めることができる、ワイルドカードのジョーカーだ。
会議室にいるメンバーの視線が一斉に、咲村こころたちに集まる。
顔を真っ赤にして否定しようとするけど、おせーんだよ。
この状況じゃぁ、咲村こころたちがなにかして、私を泣かせたとしか見えない。
人を陥れるときはね、自分が被害者の立場で居続けなきゃいけないんだよ。
この手、昔のお前も使ってたよなぁ。男爵令嬢IS咲村こころ!
こういうの、可愛い女子がやれば、なおさら周囲は泣いてる私が被害者だって思って、保護欲を持つ。
王子の前で泣きながら、私に嫌がらせをされたと言った時と同じだ。
まぁ、前世の私は間違いなく嫌がらせをしてたから、やってない冤罪ではないけれどね。
昔は、お前の方が愛らしい小動物系だったけど、今の私はさらに可愛い。
そして今のお前よりも可愛いんだよ。
そう、間違いなく、私の方が可愛いの。
可愛いに決まってるじゃん!
だって兵吾のために可愛く奇麗でいようと、毎日自分のお手入れ欠かしてないから。
メイクだって日々研究してるし、自分に合ったコーディネートだって、いろいろ模索してるわ。
それもこれも、兵吾とお似合いだって、誰に見られても納得させられるように、頑張ってるからよ。
兵吾に気がある女が、隣にいる私を見て、白旗上げて戦意喪失させるために、やってんのよ。
私ほど、兵吾に愛されるのに相応しい女はいないってね。
努力してるんだから、可愛くて奇麗なのは決まってんの。
それで人はな、男だけじゃなくって女でも、可愛くて奇麗なのが好きなんだよ。
好きっていうか目の保養かな? みんなさ、生ゴミ見るよりも、奇麗な花を見たいじゃん。それと同じ。
可愛くって奇麗な花を踏みつけようとしたら、みんな注意するじゃん。そんなことしちゃいけないよ。ってさ。
そういう心理と同じなのよ。
「……前々から思ってたんですけど――」
そう言って口を開いたのは、笹木さんだった。
「咲村さんたちって、事あるごとに萩原さんのこと、目の敵にしてましたよね? 特に萩原さんが、広瀬リーダーに用事を頼まれたときとか、雑談で声をかけてきたときとか」
おっ! 芽が出てきたかな!?
笹木さんに追従するように、葉山くんも話し出す。
「最近、プロジェクトチーム内で、萩原さんに関して、気分悪くなるような噂。出回ってたじゃないですか。あの話してるの、咲村さんたちだけだって、気が付いてなかったんですか?」
あ、もしかして花まで咲いちゃう感じ?
「ちょっと、ミーティングどころじゃないね。これは。悪いけど他のプロジェクトメンバー、全員集めて。緊急会議だ」
チーフマネージャーの早河さんが、厳しい顔をして、傍にいる社員に声をかける。
軽ーい気持ちでやったことが、こんな大ごとになるとは思わなかったんだろうなぁ。
攻撃されたら泣き寝入りするって思ったの?
まぁ、私の外見って、そういう感じだよね。
あんまり親しくないと、気の弱い大人しい子って、思われがちだ。
中高生の頃なんて、兵吾が好きだって言ってきたギャルどもが、この外見に騙されてイジメを仕掛けてきたんだよね。
やり返して、逆に泣かせてやったのはいい思い出よ。
悪魔を呼び出して邪魔な女を始末してた悪役令嬢が、そんな弱々メンタルなわけねーわ。
歯向かってきた奴は、一人残らず殲滅するに決まってんでしょー!
前世の失敗は自分の糧になったんだもん。存分に有効活用させてもらうわ。
チーフマネージャの召集を受けて、プロジェクトメンバー全員が、会議室に集まってきた。
会議室の扉が閉まって、プロジェクトメンバーが全員揃う。
空調の音だけが妙に大きく聞こえるような、そんな沈黙が数秒流れた後、早河チーフが口を開いた。
「今回の件について、話を聞かせてもらおうかな?」
先に口を開いたのは、咲村こころだ。引きつった顔で、
「えっと、その……萩原さんが……」
わたしがどうした? ほら言ってみろや。
「私たちを困らせるようなことをしていて……」
咲村こころの言葉は続かず、取り巻きたちも何人か俯き目を逸らす。
はぁぁぁ!? 日本語正しく使えないんですかぁ?
根も葉もない噂をばらまかれた、私の方が困ってるんですけれどもぉ?
私がお前たちを困らせたんじゃなくって、私をお前たちが困らせたんじゃろがい!!
「そんなこと……。ひどっ……」
脳内の突っ込みとは裏腹に、私は涙目になって怯えた顔を見せる。
「どのようなことですか?」
空気がどんどん悪くなる中、早河チーフが構わず促す。声は穏やかだけど容赦ないな。
っていうか、この人もメンタル鋼級だよね。
おっと、それよりもここらへんで、弁明しておかないと。
「わ、私、咲村さんたちを困らせるようなことした覚え、ありませんっ。普通に仕事してただけです。今回のプロジェクトのサポートも、大河内課長から頼まれて、参加することになったんですっ。なのに……、なのにっ、お、男に媚びて仕事取ってるとか、身体使ってるとか――……。そ、そんなひどいこと、咲村さんたちが言ってて……」
涙声でそう言って、俯きながらハンカチを目元にあてる。
すると咲村こころたちを向けられる周囲の眼差しが、ますます厳しくなる。
そこで山本くんが静かに口を開いた。
「ちょっと前から、萩原に関してのよくない噂が流れてたんですが、それって早河チーフは聞いてませんか? 俺、いや私は一応広瀬リーダーに進言してたんですけど」
早河チーフは総合責任者だけど、もともとこのプロジェクトのメンバーではなかったって聞いた。
っていうか、このプロジェクトは広瀬衛が提案したもので、本来なら企画部会議の選考で落選されるはずだったそうだ。
ただ、出来が凄くよくって落とすにはもったいないって話が出てた。
でも総合責任者を任せるのには、広瀬衛はまだまだ経験が……って、上の人たちが渋ったところを、早河チーフが「じゃぁ俺が総合責任やります。でも始動させるのは広瀬です。万が一失敗した時の責任を俺が取るので、広瀬にやらせてください」って言ったらしい。
まぁ、それでも一応総合責任者ということで、企画のチェックはまめにしてくれていて会議に顔を出してたんだよね。
だから本当は総合責任者って言うよりも、オブザーバーって立ち位置なんだよ。
マジで貧乏くじひいてる。
「……ほとんどを広瀬に任せていたとはいえ、責任者である俺が知らなかったで済む問題ではないね。萩原さん、申し訳なかった」
「いいえっ、早河チーフは他の案件も並行してるじゃないですか。むしろそっちがメインだって聞いてます。私がされてることを知らなくても、不思議じゃないです」
「そうなんだけど、知りませんでした……で、済む問題じゃないだろう? で、広瀬。お前はどうなんだ? 萩原さんが悪く言われてるの、知ってたの?」
知ってるだろ? さっき山本くんが、広瀬衛に報告してたって言ってたんだからよぉ。
知りませんって言えるわけないよね?
「報告は、受けていました。近々個人的に呼び出して、事情を聞こうと思ってたところです」
誰を、個人的に呼び出す気だった?
私? それとも咲村こころ? どっち?
「後手に回ったな。で、咲村さんたちは、なんでそんなことしたの?」
恐らく、プロジェクトメンバー全員、ここが一番知りたいところだと思う。
なんで、私を目の敵にして、悪口を言って変な噂を流したの? ってね。
私は知ってるよ? お前らが好きな広瀬衛に、頻繁に声掛けされてたからだよね?
仕事もサポートメンバーにさせるようなことではなく、正規メンバーにさせるようなことをさせて、頼られていたからだよね?
咲村こころを筆頭に、その取り巻きと化していた、広瀬衛に気がある女性メンバーたちは、視線でお互いを見合わせたり、肘で突いたりしながら、誰が先に喋るか押し付け合ってる。
「……広瀬さんが、萩原さんばかり頼ってるから……」
それでも咲村こころは、誤魔化そうとした。
嫉妬は嫉妬だけど、恋愛的な意味合いではなく、仕事を任せてもらえなかったと、そう受け取られるような言い回し。
でもだいたいの人たちは、私の悪口を言ってた咲村こころたちが、広瀬衛に好意があって、その広瀬衛が私を特別扱いしているから嫉妬したって思ってるはずだよ。
口には出さないどさ。
「あー、すいません。もう我慢できない。ちょっといいですか?」
そう言って辛抱たまらないって感じで発言したのは、正規メンバーの企画部の女性だった。
「ほんと、こんなこと言いたくないんですけど、なんかもう面倒って言うか、見るに堪えないんで言わせてください」
そう言って彼女は、咲村こころたちだけではなく、広瀬衛に対しても白い目を向けながら言った。
「正直言って、咲村さんたち公私混同してるじゃない。仕事を任せてもらえなかった。任せてもらえる萩原さんが羨ましかった。まぁ、建前上はそう言うよ。でもあんたら、本当は違うでしょ? 萩原さんばかり仕事を任せて貰えて狡い、じゃなくって、萩原さんばっかり広瀬さんに構ってもらって狡い、が本音でしょ? もう、そういうの職場に持ち出すのやめてほしいんだけど?」
「ちょっ、祐実」
隣にいた女性に止められるけど、彼女は構わず続ける。
「広瀬さんも、全く気付いてなかったわけじゃないですよね? 自分が女性メンバーから好意を向けられてるの、わかってましたよね? だって広瀬さん、しょっちゅう女性社員から告白されてるじゃないですか。自分は女性からモテる方だって自覚あったはずですよ。謙遜とかそういうの聞きたくないんで言わないでくださいよ。自分が一人だけ贔屓したらこうなること、わかってたんじゃないんですか?」
「祐実、やめなって。確かに萩原さん贔屓されてたけど、それって優秀だったからじゃない。正直彼女がサポートメンバーなのは惜しいって私も思ってたし」
「だから、咲村さんたちみたいな恋愛脳が、こういうことやったんじゃない」
正論過ぎて誰も何も言わない。
そして私の悪口を言ってた人たちも、図星だから言いわけの言葉が出てこないみたいだ。
「た、確かにそう思われるかもしれませんけどっ」
お? 咲村こころまだ頑張るか?
「そんなつもりじゃなかったんです」
「でも……、私への《《悪意》》は、あったんですよね?」
涙で目を潤ませて、怯えた様子を見せながら、でも毅然とした様子で、はっきりとみんなに聞こえるような声で言ってやると、会議室の空気が一瞬で氷結した。
ほんとにさぁ、“そんなつもりはなかった”なんて言葉、ここでは悪手だよ? じゃぁどんなつもりだったんだって、普通はそう思うよ?
でも私はそれで済ませてやらねーからな?
どんな理由があろうと、私に悪意があったから、酷い悪口を言って、それを噂にして広めたんだって、ここにいる全員に知らしめるからな?
言葉は強いよ。一度耳にした言葉は、ずっと残る。
こういうのってさ、誰がなにを言ったかじゃなくって、言った内容の方が頭に残るんだよ。
「はぁ……、ちょっとみんな落ち着こうか? まず、騒ぎの発端になった事実確認だ。誰が、どのように発言したのか、一つ一つ確認しよう」
早河チーフが、頭がいてーなーって顔をしながら、咲村こころたちを見る。
すると悪口を言っていたメンバーの誰かが小さな声で、「私が……」と名乗り出た。
もごもごとはっきりしない話し方だったけれど、要約すれば「広瀬さんが好きで、構われる萩原さんが羨ましくて嫉妬した。本当に言いすぎた」である。
悪口を言った当事者の暴露に、早河チーフは深いため息をついて、視線を広瀬衛に移した。
「広瀬、この件、どうするつもりだ?」
早河チーフの言葉に、広瀬衛は顔を伏せ、一呼吸おいてから静かに話し出した。
「私のチームで、そうした噂や私的な感情で、仕事に支障をきたすことが起きてるのは、私の管理不足です。ご迷惑をおかけしました」
全くだね。
そもそも、広瀬衛が自分に色目使って来てる女どもの処理を上手くできなかったから、私が攻撃されたんだしさぁ。
あんた、私にあれこれ話しかける前に、てめぇのハーレム管理しとけや。
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( ゜ Д゜)
( つ旦O
と _) _)




