第12話 前世王子の頭はお花畑だった。
プロジェクトはいよいよ大詰めになってきて、各グループが最終調整の奔走している。
会議室も廊下も常に誰かが駆け抜けていき、私は資料の最終確認やスケジュール調整に追われていた。
誰もかれもが余裕がない。
「千束さん。すまないがこの最終チェック一緒にやってくれないか? 君が一緒にやってくれないと不安なんだ。今夜も残ってくれるかな?」
不安? お前、リーダーの癖に、なに寝言ほざきやがってんじゃ!!
不安ならリーダーなんてやめちまえ!!
みんな最終段階にきてピリピリしてんのに、くだらねーこと言ってんじゃねーぞ!
「広瀬さん。萩原さんは、私が頼んだチェックをお願いしてるので、そっちを優先してもらいたいんです。申し訳ないんですが、他の人に頼んでください」
咲村こころが会話に割り込んできた。
「萩原さん、これ午前中に提出してもらった書類なんですが、上からの了解が取れたので、そのまま清書に移っていいそうです。さっき渡したチェックはどこまで進みました?」
「あと三分の一です」
「では、それが終わったら、こっちの清書お願いします」
変わった……、まじで変わったわ、咲村こころ。
他の人たちも庇ってくれてるけど、咲村こころも積極的に庇ってくれるようになってきた。
逆に広瀬衛は妙に焦ってきてるんだよね。
翌日も、そのまた翌日も、広瀬衛はことあるごとに私を呼び止め。
「やっぱり君じゃないとダメなんだ」
「千束さんの意見だと安心する」
そうやって繰り返される言葉は、プロジェクトの為なんかじゃない。私と時間を共有したいって言うのが見え見えだ。
仕事を優先しろ仕事を!!
早河チーフに怒られたんだろ!?
くっだらねーことで、いちいちこっちに声かけてくんなや!!
また祐実さんにチクられるぞ!!
その日の夕方プロジェクトルームの空気は一段と張りつめていて、最終資料を確認する手もいつもより焦ってしまう。
いかんいかん。
最終だからこそ、正確に、丁寧にやらねば!
良し、チェックが終わった。あとはこれを技術の方に届けるだけ。
隣にいたメンバーに、書類を技術部に届けに行くと伝えてからデスクを離れる。
ついでに休憩もしておいでと言われたので、書類を届けたら休憩スペースでお茶のもう。
「あれ?」
書類を届けて休憩スペースの自販機に立ち寄ると、咲村こころが椅子に座ってお茶を飲んでいた。
彼女も休憩を取っていたようだ。
他には誰もいない。
「咲村さんも休憩ですか?」
「えぇ、朝からずっと動きっぱなし出ったから」
「あともう少しですもんねー」
咲村こころと雑談をしながら、どれを買おうかと選んでいると、背後から声を掛けられる。
「千束さん。ちょっといいかな?」
はー、も~、いい加減にしねーかなこの男。
振り返ると、広瀬衛はそのお奇麗な王子様顔を曇らせている。
「その……少し、話せないかな? 誰もいないし」
いるだろ? 咲村こころが、ここにいるだろ?
マジで、こいつ失礼な男だなぁ。
「千束さん、前世って信じる?」
デジャブ。
咲村こころにも同じようなこと言われたな。
ってことは、広瀬衛にも記憶が有るってことで良いのか? いや、有るんだよこいつ。そして、私が前世の婚約者であったことにも、気付いてる。
だから私に、しつこいぐらいに言い寄ってきたんだ。
でも前世の広瀬衛は、婚約者のことを、自分の邪魔をする女だって鬱陶しがって、心の底から嫌ってたよね?
生まれ変わって、何の繋がりもない、当然婚約者でもないんだから、無関係を貫き通せばいいのに、なんでこんなに絡んでくるんだよ。
挙句に前世の話まで持ち出してくるし。
なに言ってんだこいつ。
軽蔑の目を向けても、広瀬衛は気にした様子を見せない。
たぶん、前世なんて話をいきなりしたから、驚いてるんだって勘違いしてるんだろう。
私は黙って小首をかしげて、広瀬衛を見る。
「君は覚えていないのかもしれない。僕らは前世で婚約していたんだ」
覚えてるよ? 覚えてますよ?
前世の私が我儘言って婚約が決まったけど、王子の後ろ盾の政略込みだったよね?
「僕らはお互いに愛し合ってたんだ」
はぁ?
「だけど事情があって……その、結ばれなかった」
事情があって結ばれなかった。
私を断罪して処刑したから結婚しなかった。あってるね。
けど、なに? お前、今なんて言った?
お互いに愛し合っていた、だとぉ?
大嘘ぶっこいてんじゃねーぞゴラァ!! いてこますぞ!!
ちょっと離れた場所に座っていた咲村こころは、驚いた顔をして広瀬衛を見ている。
あ、やっぱそうだよね? 驚くに決まってるよね?
咲村こころは、王子は前世の私の嫉妬を嫌がっていて、とことん嫌っていたって覚えてるんだよ。
なのに全く真逆なこと言い出すんだもん、そりゃぁ驚くわ。
「ほら、だから今こうして出会えたのも、運命の巡り会わせってやつだと思うんだ。僕たちは、結局、結ばれるべきだったんだ」
咲村こころの動揺に気付かず、広瀬衛はとろけるような笑顔を私に向けてくる。
その笑顔を向けられれば、誰でも胸を高鳴らせるんじゃなかろうか?
私はならねーけど。
「ふっ……、ふふっ……」
笑いがこみあげてくる。
「ふふっ……運命……。ふはっ、また、運命……だって……」
声を押し殺しながら笑い出す私に、広瀬衛は戸惑いながらも、でも私が喜んでると思ったのか明るい顔になり、逆に咲村こころは真っ青な顔をして、ヤベーって顔をして私を見ている。
「まぁ、確かに……。ある意味、運命かもぉ」
そう、前世の私を殺した奴と今世で再会なんて、確かに運命だよねぇ!!
「君も、そう思うのか? そうだよ。僕らは運命の恋人だったんだ。僕らはまた結ばれるべきなんだよ」
まるでそうなることが正しいと盲信している広瀬衛が、あまりにも愚かすぎて、逆に楽しくなってくる。
「それでぇ、また婚約破棄して、首ちょんぱにするの?」
笑顔でそう訊ねたら、広瀬衛の笑顔が凍り付いた。
「え……?」
何を言われたのかわからないって顔で、まじまじと私を見つめる。
「広瀬リーダー、自分の都合のいいように、記憶改変しちゃったんだ? それとも、記憶がないからいいように丸め込めると思ったのかなぁ?」
「……ちづ」
「それ、やめてほしいんですよねー。ずーっと言いたかったんですけど、人前でわざわざ言うのも顰蹙買いそうだからやめてたんですよ。私、広瀬リーダーに名前呼んでいいなんて一言も言ってないじゃないですか。なのに馴れ馴れしく呼ぶんだもん」
何度も頭の中でサンドバックにしてたからな。
「もうずーっとムカついて――……、仕方がなかった」
一瞬だけ真顔になってそう言ったら、可哀想なぐらいに顔が青くなる。
「それで、なんお話でしたっけ? あー、そうそう前世の話」
ビクリと肩を揺らして、記憶がないと思って嘘を並べ立てたことを思い出したのか気まずそうな顔をする。
「私の記憶によればぁ、王子は自分の婚約者のことめちゃくちゃ嫌ってましたよねぇ? 年がら年中べったり貼り付いて、傍に寄ってくる他のご令嬢を威嚇して、声をかけただけなのに虐げて嫌がらせして、笑顔を向けられたからって理由で、召喚した悪魔に始末させた婚約者のこと、めちゃくちゃ嫌ってましたよね」
忘れたわけじゃねーだろ?
「交流のお茶会はキャンセル。夜会のエスコートはなし。事あるごとに、顔だけの最低な人間だの、君のような性格の悪い女が婚約者だなんて不幸でしかないとか、あぁそうだ。たしか、この手にありがちなお約束も言ってましたよね?」
思い当たることばかりだから、なのかな?
広瀬衛は青ざめた顔のまま、ブルブルと震えだす。
そしてこれからいうセリフは、もう何回も繰り返されるどころか、顔を見るたびに言われた言葉だ。
「結婚しても君を愛することはない」
白い結婚系のラノベのお約束のセリフ。
結婚してないっつーのに、前世の私は、これをずーっと王子から言われてたんだよ。
「すっごく嫌っていたのに、お互いに愛し合ってたとかぁ。どうして、愛し合ってたなんて、そんな嘘言うのかなぁ?」
「ちが……、いや、そうじゃなくってっ」
「そうじゃなくって?」
優しく聞いてあげたのに、広瀬衛は口を閉ざす。
「意味が分かんないなー。だって広瀬リーダーは、王子様でもなければ、政略結婚を必要するわけでもないよね? 私と結婚したって、何らかの利益があるわけじゃないのにさー。 なんでそんなこと言い出すのかな?」
「り、利益とか、そんな! ただ僕は君に償いたくって!」
前世の処刑される前だったら、どういうこと?って、話を聞いてあげる気にもなって、王子からの好意……好意か、これ? まぁそれを受け入れただろうけれど、生まれ変わって別の人生歩んでるのに、そんなんいらんわ。
そもそも、前世の私が死んだのは、いわゆるざまぁをされた結果じゃん?
ざまぁされることを仕出かして、それで処刑されたんだもん。
完全に自業自得の因果応報だった。
「償いの、意味が分かんないなぁ」
私の言葉に、広瀬衛は焦ったように、でも何とか説得しようとしてるみたいに、話し出した。
「き、君が処刑されてから、王国内では悪いことが立て続けに起きたんだ」
いや、だから死んだ後のことなんか知らんし、興味もないって。
「疫病が蔓延して、あっちこっちで自然災害が起きて、最終的には反乱軍と隣国が手を組んで、国が滅んだ」
へー、前世の私がそれを知ったら、ざまぁ!って、指さして大笑いしてるだろうなぁ。
だって自業自得でも、悔しい思いをしたのは前世の私だもん。
自分を拒絶した国が滅んで、自分を愛さなかった男に不幸が訪れても、“そんな酷いことが起きていたなんて”とか、“なんてことをしてしまったんだ”とか、心を痛めたり、後悔なんかしないよ。
自分を処刑した人たちが不幸になったら、“いい気味だ。ざまぁみろ!”って思う、そんな良心のかけらもない女だったもん。
あったら悪魔を呼び出したりしなかったよ。
「僕も、病に伏して……。それで、悪魔が……君が呼んだ悪魔が、死の間際の僕の前に現れて言った。疫病も、自然災害も、反乱も、国が滅んだもの、僕の病気も、全部悪魔の仕業だった。勝手に君を処刑したのが、気に食わなかったらやったと言われたよ。もっと人が苦しんでいく様子を楽しめたのに、自分の邪魔をした僕が気に入らないって」
そりゃぁ、悪魔だし。
そもそも前世の私の呼び出しに応じたのだって、暇つぶしと人の絶望が見たかったから、らしいしね。
悪魔なんだもん。人間が破滅していく様子を見るのが楽しかったんだろうし、国が亡ぶのも面白かったんじゃないの?
悪魔ってそういうもんだよ。
「あの悪魔は最後に言ったんだ。自分の楽しみを奪った僕を許さない。生まれ変わっても、僕が心から愛した相手とは結ばれないようにしてやるってね」
私が生きてたら、罪なきたくさんの人が苦しんで、嘆き悲しむそれを間近で見ることができたのに、王子のせいでそれができなくなったわけだから、自分の楽しみを邪魔した王子を呪ったわけか。
「だからって言うわけじゃない。君が処刑されて、僕はずっと後悔していた。なぜもっと君に歩み寄らなかったんだろうって」
「まぁ、無理やり婚約者になった挙句に、罪のない相手を虐げて殺してた相手に、歩み寄るも何もないんじゃないですか?」
私の言葉に広瀬衛の顔が歪む。
「違うっ! あれは……僕のせいだ! 君があんな風に追い詰められて、あんな顔で処刑台に立たされることになったのは、僕が……僕がちゃんと受け止めなかったからだ!」
その言葉に、話を聞いていた咲村こころも、思わず息を呑む音を立てた。
そりゃぁ、あれだけ散々嫌ってたのにって思うよね。
前世の私が処刑された後、王子がどんな態度だったかは知らないけれど、咲村こころが驚いてるってことは、後悔している様子には見えなかってことなのかな?
それとも、前世の私が処刑された後、王子がずっと思い悩んでいる様子でいて、その理由が分かったから驚いたのかな?
「君が、僕に愛を乞うて泣き叫んでいたあの姿……。あれがずっと、頭から離れないんだ。あの時、僕が手を伸ばしてさえいれば、救えたんじゃないかって……!」
手を握りしめ、必死に訴える広瀬衛。
「だから今世こそ、君を幸せにしたい。僕が君を愛することで、あの時の過ちを償いたいんだ!」
なんか……う~ん、モヤるなぁ。すごく、モヤモヤする。
なんでだろう? 全然嬉しくないし、むしろ――……、ムカついてくるなぁ。
これ、普通の人だったら、いや咲村こころだったら、感動して喜んだと思う。
長年の思いが通じたと、この先はハッピーエンドだと、広瀬衛と結ばれる未来にドキドキして、嬉しくなって、幸せだと思えるんだろうけれど……。
私は、全く心に響かない。
そして本人はそう思っているわけではないんだろうけど、どこをどう見ても悲劇のヒーローであることに酔っているようにしか見えなくって……、滑稽で仕方がないわぁ。
「つまり――……」
私は口元に指をあてて、耐えきれない笑みを漏らす。
「前世で私が惨めに死んだから、可哀想だと思って救いたい? 自分の罪悪感を誤魔化すために、私を使おうとしてる?」
図星を刺されたのか、広瀬衛の顔が引きつる。
なんかそれって、すっごく――……。
「きもちわるーい」
満面の笑みでそう言った途端、広瀬衛の顔が、見る見るうちに蒼白になっていく。
「結局、広瀬リーダーの自己満じゃないですか。そんなのに私を巻き込まないで下さいよぉ。あー、それともそれが仕返し?」
「し、仕返しだなんてっ。そんなっ、違うんだ! 僕は、君のことをっ」
やめろ! その先のことは言わせてやんねーよ!
かぶせるように、私も話を続ける。
「だってめちゃくちゃ嫌ってた相手に、まとわりつかれて、辟易してたじゃないですか。あーなるほどなるほど、つまり自分がされた嫌なことを、今度は自分が仕返しでやるってことかー」
前世のことは、もう全部終わったことなんだよ。
悪いことをしまくって、みんなに迷惑をかけてた前世の私は、もうすでに首ちょんぱされて、ざまぁされちゃったじゃん。
「でも前世のことを持ち出されても、今更って感じなのでぇ、私も反撃しますね?」
私がとる行動って、反撃一択だよね。
「じゃぁ、広瀬リーダー。前世の仕返しで、私に付きまとうなら、覚悟してください」
だって私だって、処刑された恨みがあるんだもん。
「今世は法治国家に生まれちゃったので、物理で始末って言うのは無理ですけれど、社会的な抹消はできますからね」
それこそ冤罪系で相手を嵌めるのもありだよね。
「正々堂々と、思い存分、潰し合い、しましょうね!」
ウキウキと浮かれながらそう言う私に、広瀬衛は愕然とし――……、咲村こころは痛ましいものを見たかのように、小さく息を吐きだした。
前世の婚約者に対しての解像度が低すぎる。
そもそもこんなヤベー女に償いとかwwww( *´艸`)
前世王子は、生まれ変わった婚約者と結ばれなければ、不幸になると、勝手にそう思い込んでいます。
これは悪魔が、王子がそう思い込むような言い回しをわざとしてたからです。
めっちゃ悪魔に遊ばれてる~。(≧▽≦)
次回最終回! お楽しみに!!




