第11話 目的がわからないからイライラする。
プロジェクトは佳境に突入。
各担当があわただしく動き、資料の確認や報告がフロワー内を飛び交う。
私は雑務と調整に追われまくるようになった。
「千束さん、ちょっといいかな?」
背後からかかる声に振り返ると、また広瀬衛が立っている。
「この工程、君の意見が聞きたいんだ。次の打ち合わせは必ず同席してほしい。あ、それとこの資料の確認もお願いしていいかな?」
またきたよ! お前、ほんとーにうざい!!
そして何度も言うが、許可なく下の名前を呼ぶな!!
正直言うとな、最近広瀬衛に声を掛けられるたびに、周囲に手が空いてる人がいるのに、タスクが詰まってる私へまた仕事を回してんのか!?って雰囲気になってんだよ。
そのくせ「お疲れのようですね。休憩しませんか?」って……。
なめとんのか、てめぇ?
てめぇのイチモツもいで、女にしてやろうか?
ケツの穴開発したら、大人しくなるんじゃねーか、こいつ。
「広瀬さん、その会議に萩原さんを同席させるなら、他のサポートメンバーも何人か同席させてください。サポートメンバー一人だけの意見では、公平性に欠けますよ」
おや?
口を挟んできた咲村こころが、私のデスクに近づいてくる。
「あと、その資料確認は他の方が適任です。いま確認に余力があると伺ってるので、そちらに回した方が効率的かと」
そう言いながら、咲村こころは私に別の資料を差し出す。
「萩原さん、こちらの清書をお願いします」
ここ数日前から、咲村こころの反応が、ちょっと変わってきてるんだよね。
前は、広瀬衛が私に回してくる仕事を自分の方が適任!って感じで口を挟んできたんだけど、プロジェクトが佳境に入ってきた辺りで、自分が!ではなく、他の人に回してはどうですか?って感じになってるの。
広瀬衛にべったりくっついていたのに、それもなくなってきてるし、あと私に対してのあたりも弱くなってる。
見られてることは見られてるんだけど、嫉妬全開で睨みつけてきた視線から、観察してるような、何か訊きたいことがあるようなそんな視線なんだよ。
なんかあった? 変なもの食べた?
まぁ、嫉妬まるだしのうざい視線を向けられるよりは、マシかな?
前世の自分がやってたのに、他人にされるのは嫌なのかって言われそうだけど、やられてわかるってこと、あるじゃない?
ごめんね、前世の私の被害者たち。
昼休みになって、沙也加がランチボックスをもって近づいてきた。
「千束、お昼にしよう」
「これまとめてから行くから、先にフリースペースに行ってて?」
「了解」
みんな各々ランチにとりに、プロジェクトルームから出ていく。
私も書類をまとめ終えたので、兵吾特製のお弁当をもって、プロジェクトルームを出ていこうとしたら、同じようにお昼を取りに行く咲村こころとかち合った。
「萩原さん……」
「咲村さんもお昼ですか? 外でランチ? それとも社食?」
気安く声をかけると、咲村こころは例のもの言いたげな視線を向けてくる。
「どうして……、あんなに好きだった王子を、諦めることができたんですか?」
そして唐突に切り出される会話。
「あんな――、死の直前まで、あなたはあの人に向かって、愛を乞うていたじゃないですか」
そうだね。
前世の私は処刑台で首を落とされる直前まで、王子に向かって、愛しているのだと、どうして私を愛してくれないのかと、あなたの愛さえ手に入れば何もいらないと、そう叫んでいた。
「生まれ変わったって気づいたら……、前世の記憶を思い出したなら、あの人も生まれ変わってるんじゃないかって、希望を持たなかったんですか? 今度こそ結ばれたい、今度は結ばれるかもって、そう思わなかったんですか?」
いや――……、別に?
前世のことを思い出したとき、私は王子への愛よりも、首を落とされた悔しさの方が勝ったわ。
なぜ私の愛を受け入れなかった! なぜ私を愛してくれなかった! 私の愛を蔑ろにしやがって!
そんな想いの方が強かったな。
記憶を思い出したのに、王子への愛を引きずっていなかったのは、あれじゃないかな?
愛されてなかったから、だと思う。
もし、前世の私が王子と相思相愛であったなら、諦めなかった。
また王子と会いたいと思っただろうし、今世も王子と結ばれたいと願ったはずだ。
でも、前世の私は、王子に愛されるどころか、全く相手にされなかった。
むしろ王子にべったり貼り付いて、近づいてくる女に嫉妬しまくってたから、めちゃくちゃ王子から忌み嫌われてたじゃない?
そんな全く愛してくれなかった相手に、いつまでもこだわっていられねーわ。
生まれ変わったなら、新しい恋、見つけよって思うわ。
それで兵吾と恋人になれた、今があるんだし。
咲村こころはしばらく黙って私の顔を見つめていたが、愛想笑いを浮かべて離れていった。
「最近美味しいランチがでるカフェを見つけたんですよ。今日はそこで食べることにしてるんです。失礼しますね」
答え、聞かないんかい!?
咲村こころに絡まれた――じゃないな、声を掛けられた後、沙也加が待ってるフリースペースに行きお弁当を食べ始める。
「最近、あの人。あからさまだよね」
お弁当を食べながら、沙也加がポツリと呟く。
沙也加が言った“あの人”は、咲村こころじゃなく広瀬衛のことだ。
「昨日、祐実さんが、早河チーフに報告してた。さっき呼び出されてたじゃない? アレ注意だと思うよ」
呼び出されたというのも、広瀬衛だ。
「葉山や山本も早河チーフに話したって」
祐実さん!! 葉山くん!!
ありがとう! 二人が救世主に見える!!
「まぁ、あれはねぇ。あからさま過ぎよねー」
傍にいた笹木さんも話に乗ってくる。
「そもそも、萩原さん。あのイケメン彼氏にベタ惚れじゃない。広瀬リーダーもイケメンだけど系統が違うしね」
広瀬衛のような爽やか王子系イケメンが好みなら、兵吾のようなワイルド系イケメンと付き合うわけがないってことだよね。
そりゃそうだ。
それにしてもやっと注意が入ったか。
それじゃぁ、余計な仕事をこっちに回してくること、少なくなるかな?
いや、まじであれ、みんなから何で?って顔されてたからね?
時々、傍にいる人が、「今、手が空いてるんで、自分がやります」って助け舟出してくれるほどだったし。お礼にお茶、奢ったわ。
広瀬衛はいったい何がしたいんだよ。
「相思相愛の彼氏がいるってわかってるのに、よく口説こうとするよね。なんでだろう? 普通は脈ありだって見えなければ、探りの時点で手を引くもんだと思うけど」
笹木さんの目から見ても、広瀬衛が私にしてることは、恋愛的な意味合いでのアプローチに見えるのか。
「……モテるけど、お付き合い経験が少ないとか? だから仕事にかこつけてるんじゃない?」
沙也加もそう見てるみたいで、広瀬衛が私に気があるから、仕事を回して接点を作ろうとしているって思ってるみたい。
「あー、それはあり得るかも。なんか広瀬リーダーって、言い寄られて過ぎて、向けられる好意に辟易しちゃってるんだよね。ほら前のあの……」
「千束の悪い噂を流してた人たち?」
「そう、あの人たちだけじゃないんだけど、受付の子たちに言い寄られてるところ、頻繁に目撃するんだ。言い寄って来る子の前では、笑顔を浮かべながら、当たり障りのない態度で躱してるんだけど、彼女らが離れた途端にうんざりした顔をしてた」
「自分が千束に同じことしてるのに、そこには気付いてないのかしら?」
沙也加と笹木さんの話を聞きながら、私はひたすら兵吾が作ってくれたお弁当を頬張る。
そっかー、広瀬衛が私に仕事を回してくる理由、気付いてる奴は気付いてるか。
まぁ仕事だけじゃなく、それ以外でも馴れ馴れしくしてくるし、みんなは何も言わないけれど、それは気が付いてないからじゃなく、下手に口出ししたら巻き込まれるんじゃないかって、戦々恐々としてるだけなんだろうな。
私もそっち側に回りたい。
他人事なら楽しめたのになぁ。
でも広瀬衛、本当に私に気があるのかなぁ?
まぁ、私は可愛いですから? 惚れちゃうのはわかりますよ?
でも、私には兵吾がいるってわかってんだから、脈なしなのわかってるはずじゃん。
笹木さんが言うように、普通なら、そこで諦めるでしょ?
男がいてもその相手と上手くいってないって知ってるなら、ワンチャン狙いで迫るのもわかるけど、私は兵吾とラブラブだって見せつけてるじゃん。恋バナになった時は、堂々と惚気てるじゃん。
わっかんねー男だよなぁ。
それともあれか?
女はみんな、王子様フェイスの自分の方が好みだって思ってんのか?
あとは自分が迫れば、男がいても落ちるって自惚れてんの?
ナルシストか! ヤベーなあの男。
お昼が終わってプロジェクトルームに戻ると、他のメンバーもちらほら戻ってくる。
広瀬衛もお昼から戻ってきたのか、出入り口で早河チーフにボンボンと肩を叩かれ、フロワーの中に入ってきた。
その顔は少し沈んでいるように見えたので、沙也加が言ってたように、早河チーフから注意受けたんだろうな。
そのあと、午後の業務に入り、私は仕事をさばいていく。
そしてその日を境に、広瀬衛からの、どうでもいい仕事を回されることは、なくなった。
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プロジェクトはもう終盤に差し掛かり、一時的に進行も少し落ち着いてきた。
あとはもう少し調整して、そしてラストスパートだ。
きっとラストスパートに入ったら、また修羅場に突入するんだけどね。
広瀬衛からどうでもいい仕事を回されることは無くなったのだが、仕事外でのアプローチは相変わらずである。
今日の業務も終わり帰り支度をしていると、また声を掛けられた。
「千束さん」
何度も言ってるんだけど、勝手に下の名前で呼ぶんじゃねー!!
「何でしょうか、広瀬リーダー」
奴が私を名前で呼んできているが、私は頑なに苗字に役職名をつけて呼び続けている。
「この後、もう少し話しませんか? 夕食でも」
ハッ! 夕食だってよ!
「やっだー、そんなの無理ですよぉ。だって今日彼氏が、私の大好物作ってくれるって約束してくれたんです。ひーくんが料理を作って私を待ってるのに、食事して帰るなんてとんでもない」
うふふと可愛く笑って、惚気を前面に出しながら拒否する。
「じゃぁ、途中まで一緒に――」
「沙也加ぁ、広瀬リーダーも一緒でいい?」
誰がお前と二人で帰るか、バーカバーカ。
広瀬衛の柔和な笑みが固まる。
「構わないわよ」
沙也加も私の意図を察して、自分は遠慮するなんて言わずに乗ってくる。
表情に翳りがさす広瀬衛に、私も沙也加も気づいていたけれど、「大丈夫ですか?」なんて声をかけることはしなかった。
┌(┌^o^)┐カイハツトキイテ
┌(┌^o^)┐ゼンセイオウジ、オイシイ、モグモグ
┌(┌^o^)┐オアイテハ、ドンナノヲゴショモウデショウカ?




