第10話 お前らの恋愛事情に巻き込むな!
大河内課長に言われて、このプロジェクトに参加してから、私はずっとプロジェクトリーダーの広瀬衛から、サポートメンバーに任せるにはどうなのか?という、重要な仕事を割り振られている。
庶務からのサポートで私の役割って、だいたい事務系のことだから、例えば会議用の提案書のために、集められた資料をまとめるって言うのはわかるのよ。
そこに今度は提案書を作ってくれってさぁ、それはプロジェクトの正規メンバーがやることじゃないか?って思ったし。
次に商品のデザインに関してなんだけど、今回の新シリーズでは四つのデザイン展開することになっていて、それに関して会議で意見を求められたり。
一つ一つは些細なことなんだけど、でもこれがプロジェクトのサポートに入ってからずっとあるんだよ。
確かに贔屓されてるって言われても仕方がない。
だからって、私の悪口を言って、変な噂を流すのはおかしいんだけどさぁ。
まぁ、これは仕事の話だから、ちゃんと仕事ができるという評価の上で、仕事を割り振られてるのなら、広瀬衛の行動に文句を言うのはお門違いだ。
問題は、それ以外の仕事……いや含めてか? プロジェクトの細かい雑務で、資料の運び出しとか片付け、整理があって、それもサポートの私の仕事なんだけど、わざわざやってきて手伝ったりするんだよ。
他の人の雑務の手伝いはしねーのに。
だからこの間のお迎えドライブの時に、兵吾に「広瀬衛から好意を持たれてる」って話したんだけど。
でさ、兵吾にお迎えに来てもらったの、広瀬衛も見ていたわけだから、フェイクではなく、ちゃんと彼氏が実在するってわかったと思うんだよ。
そうしたら、迎えに来る彼氏いるんだなって、もうちょっかい出さないでしょう?
脈なしだってわかるでしょ?
なのに懲りねーのよ。
むしろだんだんエスカレートしてきてるんだな、これが。
必死に仕事での接点を作って、話しかけてくる。
気のせいなんかじゃないんだよ。もうその態度があからさまに、自分専属のアシスタント扱いなんだよ。
咲村こころや広瀬衛ファンの女たちは、めちゃくちゃ扱いやすかった。
だって誰もがわかる敵意をむき出して、攻撃してきてくれたから、反撃がとてもやりやすかったんだよ。
でもさぁ、広瀬衛は違うの。
悪意じゃない。敵意でもない。
かといって、純粋な好意とも違うような気がする。
だって私を見る目に、まったく熱がこもってないんだもん。
兵吾が私を見るような、あんな感じの目じゃないんだよ。
なのに必死さはあるんだよね。
嫌がらせとかそういうことされてないから、動くに動けない状態。
だってさぁ、ただ私がイヤだってだけで、広瀬衛を嵌めたら、悪いのは私になっちゃうじゃない?
それこそ前世と同じよ。気に入らないから虐げる。
それじゃぁ、ダメなんだって。
もっとさぁ、こうはっきりと悪意のある嫌がらせだってわかるようなことを仕出かしてくれたなら、楽しくやり返せるのになぁ。
やりにくいったら仕方がねーわ!
資料片手に休憩スペースに入ると、そこには広瀬衛がいた。
うげー。なんでここにいるんだよぉ~!
私の内なる心が、またしても広瀬衛に向かって拳を振り上げる。
しかし奴は爽やかな笑顔を振りまき、まるで王子様然とした様子で声をかけてきた。
「千束さん、お疲れです。今日の案件、千束さんの視点も聞きたいんですが、少し目を通してもらえますか?」
だから勝手に下の名前を呼ぶんじゃねー!!
お前に名前を呼んでいいなんて許可出した覚えはねーぞ!!
馴れ馴れしい奴だなぁ!!
「……はい、わかりました。議事書お預かりします。気になった点を拾い出して報告書を出しますね?」
手を伸ばして書類を受け取ろうとすると、広瀬衛は少し戸惑った様子を見せる。
「いや、その……。そこまで形式ばらなくっていいんだ。軽く目を通して口頭で話してくれればいいから。ランチの時間にでも、一緒に確認しませんか?」
あ、そうか。これ、私がしなくてもいい仕事だ。
こいつ、私とランチをする口実に、この仕事を使ったのか。
だがランチは断わる!!
百匹の猫! 仕事の時間だ!!
「ごめんなさい。私、お弁当なんです。ランチは他の方を誘ってくださいな」
申し訳なさそうにそう言って、ささっと休憩スペースから退散。
奴をまいて人気のない廊下に逃げた私は、拳をダンッと壁に叩き付ける。
「あーいーつー!! しつこいんだよ!! クソ野郎がぁぁぁぁ!!」
んとに、こーいうチマチマしたやり取りがさぁ、もうずっと続てるんだよ。
イライラする。
ストレス溜まる。
あの澄ました王子様顔を殴り飛ばしたい。
仕事にかこつけて誘ってくるから、タチが悪いんだわ。
セクハラ捏造しようにも、微妙な感じだし。
それに、やりすぎると、今度は私にも問題があるんじゃ?って目で見られるんだよ。
咲村こころたちとの一件で、被害者は私って立場を前面に出したから、ここでまた私が原因でってなると、よくない。
悪いのは言い寄ってきた広瀬衛だって、そういう風に持っていくことはできる。でもさ、世間はそれだけじゃ終わらないんだ。
この手に話になると、必ず、でもって言いだす人が出てくるんだよ。
悪いのは言い寄ってきた広瀬衛だけど、でも私にも何か問題があったんじゃないの? 相手が勘違いするようなことしたんじゃないの?ってね。
だから、今ここで私が動くのは得策じゃない。
かえって不利になる。
誰かが……、私に近い人ではない他の誰かが、動いてくれるのを待つしかない。
くっそー! 何とかならねーかなぁ!
昼休みが終わって、再び仕事に戻った私のデスクに、広瀬衛が資料を持って再び現れた。
「千束さん。次の打ち合わせも同席お願いします。私のフォローをして欲しいんです」
フォロー……、フォローね。
はい、そうですね、サポートメンバーですから? フォロー役やりますよ?
けどなんで私にばっかり、それを頼むんじゃ!! 他に手が空いてる人だっているのに、なぜ、わざわざ私を指名するんだよ!!
タチが悪いのは、こいつの立ち振る舞いよ。
まるで私がいないと困るかのように接近してくる。
そして、サポートだからこそ、こういったことは断れないんだよ。だって断わったら、お前サポートなのになんで断るんだよってなるじゃん。
んとに、この元王子、めんどくせー奴だな。
するとそこにすっと咲村こころが割り込んできた。
「広瀬さん、ちょっといいですか? サポートメンバーの萩原さんには、主要会議に出席する権限がないのではありませんか? それにそういった場所での広瀬さんのアシストに、サポートメンバーの萩原さんには荷が勝ちすぎるかと思うんです。よろしければ私がアシストに入りますよ。私、そういうの慣れてますから」
へぇ! 咲村こころ、頭使うようになったじゃん!!
私を遠ざけて、広瀬衛の関心を自分に向けさせる作戦か!
すっごーい! えらーい! 良く成長できたねー!
よしよし、その調子で広瀬衛の関心を自分に向けさせろ。
ただし今度はもっと早くやれ。そのクソムカつく王子スマイルをまき散らす広瀬衛が、私に近づく前に、自分を売り込めよ。
「あ、じゃぁ、咲村さんにお願いしてください。私、他の仕事もありますので」
渡りに船とはこのことだ。
広瀬衛からの仕事を咲村こころに押し付け成功した。
咲村こころが広瀬衛と並んで会議室に入っていったのを見届けた私は、内心ガッツポーズを決める。
っしやー!! ついに、あの面倒な会議から解放された!
仕事が嫌だって言ってるんじゃないのよ? 私が言いたいのはさ、正規メンバーでやる会議に、なんでサポートメンバーの私が出なきゃいけないのかって話よ。
だってあの会議、私以外のサポートメンバー、一人も出席してないんだもん。
つまり本来サポートメンバーは出なくていいってやつなんだよ。
ルンルンでデスクに戻ったら――。
「萩原さん、至急でこれのコピーお願いします!」
「すいません! この資料のファイリングお願いします!」
「千束、ごめん。急ぎで取引先に送る文章、チェックしてくれる?」
一気に雑務が雪崩みたいに押し寄せてきた。
なぜ……?
あぁ、そうか。会議に出ない=時間が空いてる人って認定になるわけね。
私のデスクの上には、コピー用紙の山、バインダー、メールチェックの依頼。
そして今度は、電話取次……怒涛のタスクが舞い込んでくる。
はぁ――……。
やってやろうじゃないの! この野郎!
まぁ、私はしごでき女ですから! 四十秒で全部終わらせてやらぁな! 特にこのみんなが嫌がるファイリング整理、きれいさっぱり処理して、五千兆回感謝させてやるからな!!
腹の中で忙しさに対しての苛立ちをぐるぐるさせながら、プリンターに紙を突っ込む。
だけど、出てくる紙は途中で詰まって、プリンターは「ガガガッ」ッと不吉な音を立てて停止した。
「ざけんじゃねーぞ、ポンコツプリンター。解体すんぞ?」
思わず無機質に圧をかけてしまった。
冷静に、冷静になるのよ千束。こんなことで怒ったら負けなのよ?
あなたはちゃんとできる子なんでしょう?
しかし追い打ちをかけるように、別のメンバーが顔を出す。
「萩原さん、明日の朝イチで必要なプレゼン資料、広瀬リーダーが会議から戻ったらすぐに欲しいって。作ってもらえます?」
右手で目を覆って天井を仰ぐ。
……てめぇでやれや!! 広瀬衛!!
サポートメンバーに甘えてんじゃねぇ!!
マジで処すぞ! そのお奇麗な王子顔、縦でも横でもどっちでもいいから真っ二つに割くぞ!!
会議に出なくて済んだのは、確かに救いだったけど、その代償は雑務地獄。
「っはぁぁぁぁぁぁ……」
雑務地獄を乗り切り、深い息を吐き出す。
キーボードを叩きすぎて凝ってる肩に手を置き、ぐったりしてしまう。
今日は残業はやらん。絶対定時で帰ってやる。
そう心に決めた時――。
「千束さん、大丈夫ですか? 良かったら、このあと少し休憩でもどうです?」
振り返れば、王子様スマイルを浮かべた広瀬衛。
おい、お前。よく今の私に声をかけてきたな?
頭の中で百匹の猫が一斉にシャーッと威嚇している。
そうかそうか、お前たちも臨戦態勢なんだな? よし、お前らお仕事です!
百匹の猫に仕事をさせようとしたところで、またしても割って入ってくる声。
「わぁ、それいいですね! 広瀬さん、私もご一緒していいですか?」
咲村こころが満面の笑みで会話に割り込んできた。
「萩原さんもいいですよね? あっ! そうだ他の皆さんもどうでしょう? その方が気分転換にもなりますし」
咲村こころ、お前は成長したんじゃないのか? 成長したんだよね?
私と張り合ったり貶めるのではなく、広瀬衛にアピールする方法を選んだんだろう?
それならば、奴が動いた時点で、そして私に声をかける前に、阻止ししろ!
応用を利かせろ!!
ごめん、コレは八つ当たりだ。
でも咲村こころは広瀬衛に振り向いてもらいたいんだし、よそ見しないようにしっかり奴の管理をして欲しいんだって。
それこそ自分たちは付き合ってるって噂を広めてさぁ、そうしたら二人をくっつけてやろうって思う人たちが、一人や二人出てくると思うんだよ。逆に阻止しようとする広瀬衛ファンもでてくるかもしれないけど。
とにかく周囲を使って引き留めてよぉ。
兵吾ぉ、兵吾ぉ~っ。
一日で、あっという間に、兵吾成分が減っちゃったよぉ~。
付きまとわれる理由もわからないし。
前世王子は、ストーカーだと思われてもしゃーないことしてるんだよ。
(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
『やってやろうじゃないの! この野郎! まぁ、私はしごでき女ですから! 四十秒で全部終わらせてやらぁな! 特にこのみんなが嫌がるファイリング整理、きれいさっぱり処理して、五千兆回感謝させてやるからな!!』
オマージュ元 何でも言うことを聞いてくれるアカネチャン
四十秒はドーラママ




