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旅団救援3

 それと同時にレザルさんと他の二人が立ち上がり、武器を手に取る。


「っ!! な、何!?」

「出来れば、このまま無事に帰りたかったんだがな」


 レザルさんがそう言って盾を構えると、一際風が強くなり、渦巻いた。言葉にするまでもなく、そのことだけで私は察した。シナトベが、近くまで来ている。


 洞窟内に誘い込んで戦えば相手の能力を大幅に制限できるかもしれない。でも、誘い込むことに成功するとは限らないし、相手が気づいていないことを期待して過ぎ去るのを待ったとしても、この規模で暴風雨と雷が連続する状況では、洞窟にいること自体が危険だった。


 雨でぬかるんだ山肌が崩れ、出入り口をふさがれることはもちろん、そのまま生き埋めになる事もある。そしてこの洞窟は入り口から下方向へ伸びているため、単純に水没する危険があった。


「外に出たくない……」

「そうは言ってもシエルちゃん、今の状況は洞窟内の方が危ないんだ」


 嫌がるシエルをヴァレリィさんは何とかなだめて、私たちは洞窟を出る。それと同時に針のような雨が私の身体にぶつかってきた。


「っ……」


 風もすごいけれど、雨がそれ以上にすごい。十メートル先も碌に見通せない。これは、もしかすると洞窟内に居ても外に居ても、危険性はそこまで変わらないかもしれない。


 私たちは接触を避けるべく下山を始める。天候が崩れている状態で降りるのは、自殺行為であると全員が分かっていた。だけど、あのまま死を待つよりはマシな選択だった。


 泥が跳ね、濡れた外套が汚れと共に重さを増していく。息苦しさすら感じるような雨の幕に、私たちは着実に追い詰められていた。


「……距離が縮んでいる?」


 異変に気付いたのは、ヴァレリィさんが最初だった。


「レザル、シナトベと交戦した結果、傷を負わせましたか?」


 周囲の状況が刻一刻と悪くなる中、風のうねりが更に荒れ狂っていることに気付いて、彼はレザルさんに問いかける。


「あ、ああ……なんとか一太刀――」


 そこまで話して、レザルさんははっとする。


「まさか……」

「どうやら、そういう事みたいだね」


 シナトベは、私たちを逃すつもりがない。傷を負わされた恨みを、その身をもって贖わせようとしているのだ。ヴァレリィさんの言葉から、私はそんな事を感じた。


 全員の足が止まる。逃走は意味がないと気づいたからだ。


「俺が残る。リーダーはこいつと救援部隊を連れて逃げてくれ」


 両手剣を持った剣士が絶望的な空気の中、修道女と私たちを指差してそう言った。


「傷を負わせたのは俺だ。それなら、俺だけ残れば追跡は終わるはずだ」


 この状況で、最悪の事態があるとすれば、それは逃げる私たちを追って、シナトベが町まで来てしまう事だ。それだけは避けなければならない。


「ちょ、ちょっと、そんな簡単に――」


 でも、だからと言ってこの選択は、早々に諦めすぎているように思えた。


「いや、白金等級になる時に、その覚悟はしているんだ。一般人に被害を出さない為なら、死すら厭わないって」


 だけど、私の言葉を遮るように、レザルさんはそう言って剣士の肩を叩く。それと同時に修道女もため息をついて、二人の側に寄り添う。


「レザル? それに……」

「よく考えろよ、シナトベがお前を殺しただけで満足するか? 絶対俺達三人がターゲットになってるはずだ」


 レザルさんに続いて、修道女が私たちに笑いかけた。


「あなたたちには無駄足になっちゃったかもしれないけど、報酬はちゃんと支払われるようにしておくから」


 三人は、ここで死ぬつもりなんだ。私は空気からそれを察して何も言えなくなった。せめて、お兄さんを連れて来ていれば、何かが変わったのかもしれないけど、私たちはそれをしなかった。


「ごめんなさ――」

「キュオオオオオオオオオオオンッ!!!」


 言いかけた言葉は、突然の閃光と轟音にかき消され、それと同時に上がった雄叫びは、死を予感させるものだった。


 雄叫びのした方向に目を向けると、周囲に球電を浮遊させた狐型の魔物――シナトベがこちらを威嚇している。


「仕方ない、か」


 ヴァレリィさんが杖――魔法を発動させるのに必要な触媒を構えて、戦闘態勢を取る。


「姿を見られてしまった以上、僕達が傷を負わせた奴の仲間だと思われる可能性がある。だとしたらもう、帰る訳に行かないですよね?」


 彼は私を見て、静かにそう話す。確かにそうだ。もう腹をくくらなければならない。


「あの世で、あいつに顔向けできるかな?」

「さあな、なんにせよ、会ったら土下座でも何でもするさ」


 レザルさんと剣士の会話の直後、シナトベが動いた。


「っ!!」


 雷のように早い突進だったが、シエルがその軌道に割って入り、いなすように攻撃を弾く。シュバルツブルグからの旅で、騎士職と似た動きができるようになっていた。


土縛杭アーススパイクっ!」


 ヴァレリィさんの声に呼応して、ぬかるんだ地面が触腕のようにうごめいてシナトベを捕らえようとするが、相手の機動力が高すぎるため、尻尾すらも掴めない。


「キュォォオオアアアッ!!!」


 シナトベが一際高く鳴くと、両耳が黄金色に発光し、周囲に青白い光が漂い始める。


「っ、防壁ウォールっ!!」


 修道女が支援魔法を発動させるのとほぼ同時に、無数の雷撃が上空から襲い来る。周囲の木々はそれによってなぎ倒され、電熱による膨張と木々の折れる音が重なって、鼓膜が麻痺するような轟音が響く。


「ちょ、手傷負わせてもこの強さなんですかっ?」

「いや……傷を負わせたせいで凶暴になっているんだ」


 レザルさんから絶望的な事を聞いた直後、私は更に絶望的な事をヴァレリィさんから聞くことになる。


「まずいな、さっきの攻撃――もう一回撃たれたら防げないぞ」

「えっ」


 その言葉を聞いた瞬間、シナトベの両耳が黄金色に発光する。


「魔法にはクールタイムがあるんだ。支援魔法は特に長い。そして、僕は支援魔法を使えない」

「え、じゃあスクロールは――」

「あるなら使ってるだろうし、僕らはシナトベと戦う気が無いからって持ってこなかった」


 そう話している間にも、両耳の輝きは眩いばかりになっていて、その臨界点へと達していた。


「くそっ、シエルちゃんはともかく、僕たちは耐えられ――」


 私が死を覚悟した瞬間、黒く大きい影と青い光が私たちの上を通過して、シナトベへと迫った。


「ケッ―ーキュケッ!?」

「――」


 その影は、シナトベの頭部へ青い燐光を放つ両手剣を振り下ろす。シナトベはギリギリでそれを躱そうとしたが躱しきれなかったのか、片耳を切り落とされて短い悲鳴を上げ、黒い影から距離を取った。


「すぅ……はぁ……」


 威嚇するシナトベを警戒しつつも、黒い影は深呼吸をして、私たちに視線を投げた。


「後で事情は聞くぞ、キサラ」


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