94.悪策
◇
「何なのよッ! んあぁぁー本当に腹が立つ」
ジャニスティとの揉め事後すぐスピナは、部屋を出ていた。人気のない……というよりは人を寄せ付けないようにしてある納戸へ籠もると声を荒げ、憤慨していた。
「許さない、許さない、許せないぃぃ!!」
ものすごい大音声で叫び怒りの感情を、あらわにする。しかしこの納戸、防音壁にでもしてあるのか? その絶叫が扉の向こう側へ響くことはなく、一言たりとも漏れていない。
「邪魔者世話役ジャニスと、生意気な小娘がッ!」
二人の事を散々言い終わったスピナはいつもの、冷たい表情を取り戻す。
「まぁいいわ。あの子たちが余裕の顔をしていられるのも、今のうちよ」
そしてスピナはその言葉を最後にニヤッと笑い、黙りこくる。そして置いてある古いロッキングチェアーに座ると“ゆ~らゆら~”と椅子を揺らしながら――悪策を練り始めた。
それから数分後。
コン、コンコン…………コン。
リズムを刻むように、叩く音。
その音でおもむろに立ち上がったスピナはゆっくりと扉を開け、満面の笑みで迎える。
「いらっしゃあ〜い、待っていたわぁ」
「ご機嫌のほどいかがでございましょうか?」
「そんな挨拶はいいから~さぁ早くどうぞ、中へ」
資産家であるベルメルシア家の御屋敷。今スピナの居る場所は納戸とはいえ一般の家より相当に広く、大人が二人……過ごすのも十分である。
「そんな訳にはいきません。ご挨拶もさることながら、いつだってこの思いを伝えておかないと、僕の気が済みません」
その言葉に悦びの表情で応えるスピナはどこか妖艶な雰囲気を、醸し出す。
「んっふふ、それ以上言うと、たぁいへんよ?」
「奥様……いえ、僕の愛するスピナ様。貴女は今日も変わらず何よりも、この世に生きる何者よりも――お美しい」
それを聞きスピナはその腕に巻きつくと、あの日ジャニスティの部屋の前と同じような声を、歌うように発する。
それはやはりスピナの声とは思えない程に甘ったるい声風で「早く、こちらへ来て♪」と訪ねてきた人物の耳元で、吐息混じりに囁く。
「誰かに見られます。それに奥様、お食事の時間が」
「大丈夫よ、ねっ?」
「いえ今は……僕たちの関係が誰かに気付かれては大変です。お帰りを――」
食事が終わるまで待っていると伝えようとしたその人物の言葉を遮りスピナは、唇に軽く愛撫――そのまま納戸へ招き入れると扉は、閉められた。
この怪しげな二人の関係に気付いている者はまだ、いない。




