89.対峙
「素性も知れないお前を旦那様のご・慈・悲で! このベルメルシア家の御屋敷においてもらっていることを、お忘れではないのかしらぁ?」
皆が緊迫した空気に息を止めたような状況の中、スピナはいつもの“ベルメルシア家の奥様”口調でジャニスティを見下したように、笑う。
「それを言うのであれば、貴女も。私と一緒なのでは?」
と、至近距離であるスピナにしか聞こえない程の小声で呟くジャニスティ。
「私は『拾われた』のではない。『居て差し上げている』のよ」
薄い目をして答えるスピナはさらに近付きジャニスティの耳元で囁くように、言い返した。
「それは失礼いたしました、奥様。あぁ……しかし、お気を付けください」
スピナの挑発的な言葉にも心乱されることはない。涼しい顔で対等に言い合うジャニスティの姿はどこか、一皮むけた様子であった。
「何を、かしらね。適当なことを言っても無駄よ? アメジスト専属のお世話役、ジャニスティさ〜ん」
ネクタイを持つ逆の手で彼の頬を撫でるスピナは勝ち誇った表情でニンマリと、ほくそ笑む。
アメジストは見たことのない継母とジャニスティの距離感にふと、不思議な気持ちになる。それは恐怖とは違う感覚。
(何か、私の知らないことが水面下で起きている気がする)
傲然たるスピナの顔を見てフッと一瞬だけ笑うジャニスティは、最後に一言。
「今に分かるさ」
ジャニスティの言う意味を理解できていないスピナは不快感をあらわにしながらも「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」と、嘲る。
そして白けた顔で冷たく彼に、言い放った。
「生意気言うんじゃないよ、この使用人が」
シュルル~……パッ。
スピナはゆっくりとジャニスティのネクタイから手を離した。
一体何が起こっていたのか? と、部屋中のお手伝いたちは一言も話さずまるで誰もいないかのように息を殺し、呆然と立ち尽くしている。
ジャニスティから視線を外し周囲を見渡すスピナ。いつも通りのツンと見下した冷淡な目つきに戻ると素っ気なく、冷たい低めの声でお手伝いに命令をした。
「何をボーっとしているの?! 旦那様がお見えになる時間ですわよ。突っ立ってないで、仕事をなさい!!」
肩を掴まれていたお手伝いは座り込んだままスピナを見上げ、震える。
「あ……あの、申し訳ございません」
「奥様、本当に申し訳ございません!」
「は、早く仕事を! 準備に戻って!」
慌て怯える、お手伝いたち。
それはアメジストの心に痛い程、伝わっていた。
いつもお読み下さり
ありがとぉございます(´▽`*)




