８４．表情

◇

　時を同じくして――アメジストの部屋にはいつもの朝が、訪れていた。

　コン、コン、コン、コン。

「おはようございます、アメジストお嬢様。朝のご挨拶に参りました」

　ゆっくりと扉を叩く音と、外から聞こえてくるハキハキとした声。毎日決められた時間の決められたセリフであるが、しかし。アメジストの耳は「今日の声、何だか様子が違うような」と、感じていた。

「おはよう。いつも……ありがとう」

　少しだけ気になりながらも変わらず明るい返事をすると、お手伝いに感謝の気持ちを伝える。

「いえ、恐れ入ります」

　いつもであればこのまま扉の向こうで響く足音が去るのを、寂しく虚しい気分で送るアメジスト。しかしこの日は――。

「あ、あの！」

　気付くと無意識にお手伝いに声をかけ呼び止め、ゆっくりと扉を開けていた。

　ガチャ……キィー。

「えっ？」

「やっぱり、ラルミだわ！」

　扉の向こうには昨日の昼食が終わってから、アメジストの力を呼び覚ますきっかけとなったお手伝い、ラルミの姿があった。

「はい！　お、おはようございますっ」

「うっふふ」

　驚くラルミの両手を満面の笑みで握るアメジストは、自分の部屋へ招く仕草をする。

「お、お嬢様!!　私のような者――」

「待って！　それは言わないって昨日お約束したはずよ」

「し、しかし」

「まだ朝食まで時間があるわ。ねぇラルミ、良かったら少しお話できないかしら？」

　思いもよらないアメジストの言葉を聞いたラルミは目を見開き更に驚くと、美しく光る涙を流した。

「とても……と、て……うれ、しいです。お嬢様」

◇

　その頃、怒り狂うように屋敷のあちこちをウロウロと歩き回っていたスピナは廊下でお手伝いの一人と、ぶつかる。

　カッカッカッ――ドンッ!!

「きゃっ――うぅぅ……」

　バターンッ!!

　とても強い衝撃。神経が麻痺しそうになるほどの電気が走り、身体は震え痺れている。

　そしてそれは偶然ではなくスピナがわざと後ろからぶつかっていったことをその場にいた者たちは皆、見ていた。

「邪魔よ!!　私の目の前に立たないでちょうだい」

　全く何をやっているの！　と八つ当たりのように罵声を浴びせ始める。

　その倒れ込んだまま起き上がらないお手伝いを周りは見ていられなくなり、彼女に駆け寄って行く。

「お、奥様!!　申し訳ございませんッ！　あの……お怪我はござ……」

「ふ〜ん、何？　あんたたち、今日はず〜いぶんと仲良しねぇ」

　凍りつく空気――。

　皆いつもの無表情に戻り、スピナに怯えるのであった。