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82.乃父 *


 オニキスに抱き上げられたクォーツはとても嬉しそうに、はにかむ。

「あっ! ありがとうございます、旦那様……えっ、えっと」


 必要最低限、まずは今日の朝さえ乗り切ればというジャニスティの教育は、特定の言葉以外はあまり学ばせる時間がなかった。その為クォーツは今自分が思う気持ちを表すことが、難しかったのだ。


「ん? クォーツ、いいんだよ。またゆっくりと、()()()と話をしよう」

 優しく微笑みかけたオニキスから聞こえてきた、ある言葉。


――待て、今オニキスは「父さん」と言わなかったか!?

 ジャニスティは再度驚いた表情で、オニキスと目を合わせる。


「うーんと、えっと……トウサン?」

 クォーツは言葉を覚えようと自分の中で“レヴシャルメ種族”としての言語とのすり合わせを、頭の中で始めた。


「はっはっは、大丈夫だよ、クォーツ」

 そう言いオニキスは落ち着いた橙色と赤色の(しま)模様で仕上げられた絨毯(じゅうたん)床にクォーツを降ろすと、美しい髪にふんわりと触れ優しく撫でる。


「うに~なぅ?」

 思わずレヴの言葉で話してしまった、クォーツ。


 ふと見上げる不思議そうなクォーツの視線を感じたオニキスは目線を合わせるように、片膝をついた。そして「クォーツ。君に一つだけ、お願いがあるんだ」と、口を開いた。


「これから行くご飯の時間に、皆に紹介をする。挨拶は練習してきたのかな?」

「ハイッ!」

 にっこりと元気よく返事をするクォーツを見ると、顔をくしゃっと崩すオニキスの心は“父”である。可愛すぎてもう、その愛らしさの虜である。


「よろしい。ではこれからだが、ちょっぴり怖いことがあるかもしれないけれど、君は何も気にせず、その可愛らしい笑顔のままで。分かることだけに答え、お話してくれたらいいからね」


「解りました、ありがとうございます」

 クォーツは『可愛い』と『笑顔』の意味はとてもよく理解していた。そう言ってもらえた言葉がとても嬉しく、ニコニコである。


「良かったな。嬉しそうじゃないか」

 ジャニスティもまた、妹である可愛いクォーツの頭を撫で笑いかけた。


「ウッフフ! なんでしょう、この……なんかあったかいのです」


 オニキスの発する安心感のある声に心から身体が熱くなるのを、クォーツは感じていた。その桃色に染まった丸頬を両手で隠すようにしながら、満面の笑みで答えるのであった。



 カッカッ、コツコツ!!


「あぁーあぁぁー! 何? 何なの??」

 その頃、追い出されたスピナの怒りは、最高潮であった。


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