60.魔法 ✧
「しかし私には、ベリルお母様のような力は……」
突如起こった出来事に喜ぶ半面アメジストの心は今、ある矛盾に苦しんでいた。それは普段気にしないよう努めてきたがしかしずっと、悩んできたこと。
――私はどうしてなのか? 魔力が感じられず、魔法も使えないの。
◇
アメジストを産んですぐにこの世を去った実母、ベリル。もちろん会った事はないが父からたくさんの思い出を、愛の溢れる話を聞いていた。いつも忙しく屋敷にいる時間が少ないオニキスが溺愛する娘アメジストへ、生前のベリルの姿を語る時はいつも、時間を惜しまず事細かに話すのである。
父の話す一時はまるで家族三人、一緒に過去を過ごしているような感覚に陥り亡き母が此処にいると、錯覚するほどであった。その中で知った母ベリルの力――ジャニスティと同じ治癒回復を完璧にこなす魔法の使い手だった話、ベルメルシア家の屋敷で働く者たちだけでなく、街でも愛され信頼も厚く、その力はとても必要とされる存在だったという事。
アメジストはその偉大なる母が持っていた大事な力を受け継ぐ能力が、自分には無いのではないかと心の中で自身を、責め続けてきたのである。
◇
「いいえ、お嬢様。お気付きになられませんか?! この私へ差し伸べて下さっている美しい手のひらから、熱く強く伝わってくる“力”を!!」
「ち……から? 私の手?」
「えぇ、そうです! 私は今、アメジストお嬢様の温かな手から、癒しの力を与えて頂き、こうして心の安寧を得たのです!!」
――ざわっ!!
その瞬間、皆がどよめく。アメジスト自身、驚きの表情を隠せずにいた。それも無理のない話で物心ついた頃からひしひしと感じてきた周りの視線、そして密かに取り沙汰されていた「無能力」と心に深く痛く突き刺さった、言葉。
(私にも、魔力が?)
ずっと望んできたはずの力――しかしそれは彼女の心に新たなる不安の種を落とす。あれだけ悩んできた無力な自分が何故、今この時に? 眠っていた魔法能力が開花したのだろうか、と。
そんな彼女の気持ちを察し、抱き締め言葉をかける人物、それは。
「アメジスト、いいかい? お前をベリルの代わりになどと、誰も思っていない、そして願ってなどいない。自分の信じるように生きなさい。今此処にいる皆も、そう考えているであろう。たとえどのような道を選び進んだとしても、何があっても――皆、お前の味方だよ」
アメジストの優しき父、ベルメルシア=オニキスであった。




