471.騙合
スピナを乗せた馬車は何事もなく街へ到着する。
そこで彼女を出迎えたのは。
「僕の愛しのスピナ! 待っていたよ」
「あら、随分と気持ちのいいお出迎えね。でも本音かしら?」
「何を言っているんだい、決まっているじゃないか。君のいない人生なんて考えられない! 僕は一分一秒たりとも離れたくないんだ」
「やぁね~、今夜はいつになく素直じゃない? ご褒美よ……」
歯の浮くような愛の言葉でスピナの機嫌を取り、おかげで気持ちよくなった彼女からのご褒美と名の口付けをもらい抱き合う。全身で受け止める逢引き相手。
そう、それは他でもない――カオメド=オグディアである。
「あぁ……スピナ、愛しているよ」
「ダーメ。続きは例の話が終わった、あ・と・で」
「どうしてもかい?」
「フフッ。もぉ、オグディアは我儘な子ねぇ」
この日の午前。
カオメドは邪悪な膜の魔法を街中に張り巡らせ、服飾の祭典で皆を手玉に取ろうと目論んだ。そこにはオニキスに対する腹いせも含まれる。商談を断られた事への嫌がらせに加え祭典では商談を断れないよう街の者たちを味方につけた。
はずであった。
が、しかし。
オニキスとフォル、エデの三人から見事な返り討ちに合い失敗。怒りで壊れそうになっていたところでカオメドは思わぬ物を手に入れる。
――ベルメルシア家で催される、茶会の招待状。
当然、渡したのは昼に祭典へ買い物に来ていたスピナである(正確にはカオメドに会いに来ていたのだが)。この事で再度火が付いたカオメドは、予定より長くこの街に滞在することにしたのだ。
そんな二人の密会が行われたのは、彼が泊まる宿。
つまり街の中にある。
さすがに今の段階で周囲に見つかるわけにはいかないスピナは、宿主に軽い幻覚作用のある茶を飲ませた。そこは彼女の得意とする草木花を使用した魔法の成す毒である。
そしてまんまと宿へ入り込んだのだ。
“キィ……ガチャ、ン”
互いの愛を確かめ合ったところでカオメドの腕は彼女の腰に回される。彼の耳を噛むスピナの唇は、薄笑いを浮かべていた。
「さぁ、オグディア。私のためにその美しい身体を使って働いてちょうだい」
「もちろんです、スピナ様。必ずや成功を」
「期待しているわ」
返事を聞き、スピナの指先が彼を弄び始める。
「でも、その前に――」
「うふふ。もぅ」
指先を絡め合う頃、冷めた瞳で天井を仰ぐ彼女は。
(若いっていいわねぇ~すぐ熱くなっちゃうんですもの)
――これでベルメルシア家も、終わりね。




