459.共調
ふと、一時間前にあったジャニスティとのやり取りをなぜか思い出したノワは一度瞼を閉じゆっくりと視界に光を戻し、心を鎮める。そしていつもの口調で、声を出した。
「皆様。午後には、ジャニスティ様もお力添えくださいます」
“ざわーっ!”
「そうなのですね!」
「良かった~助かります」
「よーし! それまでにサッとここまでを片付けておきませんと!」
バタバタ、バタバタバタ……!
(ジャニスティ様の名を言っただけで、こんなに変わるものなの)
昨日のたった一日一緒に仕事をこなしただけのジャニスティだが、屋敷で働く者たちにとってアメジストから全幅の信頼を受ける彼の存在は大きく影響している。
(いいえ、それだけではない)
彼女は、思った。
一瞬で皆の士気が上がったのはジャニスティ自身の努力が一番であるとノワは身体中で、感じる。
(冷静沈着、無口で笑わないジャニスティ様は、あの日から変わった)
「その理由が、あるとすれば」
――レヴシャルメの存在? または……。
「もぉ、これどうしよう」
「それさ、昨日ジャニスティ様から教えていただいた方法でやれば」
「あぁ! そうね、その方が上手くいきそう」
(皆、楽しそうにしている?)
そう。
少しの時間でベルメルシア家で働く皆の心の信頼を彼は、得ていたのだ。
「ねぇ、そういえば食事のメニューは決まったのかしら」
「どうかしら? 難しいわよね」
「そこ! お喋りしてないで手を動かしなさい。テーブルクロスは準備できた?」
「「あ、はいッ」」
――そして。
(スピナ奥様の気まぐれのように始まった、茶会の準備。嫌々だろうに)
「ノワさん! これはどちらに置きますか?」
(えっ、私?)
「はい、こちらの花壇近くでよろしいかと」
「ノワさん、卓上花のお色はどういたしましょうか」
「えぇ、ではこれを。注意事項や詳細を明記していますので、後は皆様のセンスにお任せします」
“どれどれ、見せて”
「す、すごい……こんな丁寧に」
「助かります!」
「ほんとね! 奥様の好みは、よく解らな――」
「シーッ! お部屋からもし出てこられたら大変よ!!」
「うぅ~確かに」
“あはは~”
「ノワさん! ありがとうございます!」
「いえ」
(こんな私でも、皆様は頼ってくださる……と?)
――『ありがとう』
ジャニスティからも言われた感謝の思いを表す、素敵な言の葉に。
「皆様ご安心を。何かあれば、私が収めます」
孤独に感じていたノワの心奥は皆の笑顔を見た瞬間、独りではないことを気付かせた。




