458.命力
小さく深呼吸をした彼は再度、口を開いた。
『何か、問題があれば言ってくれないか』
『…………』
『ノワさん?』
(まただ、この沈黙。やはり納得がいかない、何か言いたい事でも……)
『ジャニスティ様』
目を細め思案する彼が厳しい視線を向けていると突然名を呼ばれ彼女と目が合い、ハッとする。そこでノワから言われた言葉と声色に彼は緊張が解け肩の力が、抜ける。
『御嬢様の為にも、ご無理をなされませぬよう……』
――ニコッ。
自身の両親について話した時のように美しいルビーの赤に色付いた瞳でノワは、真っ直ぐに見つめる。ふわりと血の通った、笑みにも見える表情で健康を案じたノワの言葉はジャニスティの心に初めて感じる温もりの光を、灯す。
(私の心配を? それを、伝えたかったというのか)
『分かった』
『ジャニスティ様のご提案で進めさせて頂きたく存じます」
応えた彼の言葉でノワは瞬時に元の“感情を失くした人形”へと、戻る。その気配すべてがどこかへ吸い込まれるようにスッと生気が、消えてゆく。そんな彼女が生きる命力を見せたのは昨日からでありしかも両親以外では、ジャニスティの前だけなのだ。
――『やがて貴方様の義妹になる者』
エデとマリーの娘であると衝撃の事実をジャニスティに告げた、あの瞬間。
(あれは彼女を疑う私にとって、説得力のある言葉だった)
『ノワさん』
『はい?』
『体調への心遣い、感謝する』
『ぃ……いえ』
『――ありがとう』
彼は笑顔で、感謝の意を伝えた。
『で……では、後程』
動揺――それを隠すよう足早に食事の部屋を去るノワはこれまでに経験のない温かな血が通う感覚を身体中に感じる。
もちろん親であり尊敬するエデとマリーの深い愛情は十分すぎる程に感じ、生きてきた。それでも離れて暮らす時間、周りに仲間がいたとはいえ孤独を感じずにはいられなかったのだ。
(私が両親以外に、他者の身体を気遣うなどこれまでにない感情。自分でも信じられない、自然な行動だった)
そんな中で感情を押し殺し生きるための術を自ら模索してきたノワにとって自分の事を話してもなお、真剣に向き合ってくれたジャニスティ。その彼からこうして今お礼を言われたことが素直に『嬉しい』と感じまた、両親であるエデとマリーが『家族に迎えたい』と思う理由を改めて理解し認めた。
そして形式的ではなく本当に彼が自分の兄になってくれることを切に願い密かに望む気持ちがノワの中で、芽生えているのであった。
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