456.指揮
◇
アメジストが学校へ到着し、クォーツをエデの愛妻マリーの元へ送り届けた、ちょうどその頃。
ベルメルシア家で働く屋敷の者たちは今日も慌ただしい一日を覚悟しつつ、ノワの話を聞いていた。
「――と、本日はこのような流れで進めて参ります。また、茶会の会場となる中庭での作業と、通常業務を分担して行おうと考えていますが、よろしいでしょうか」
「「「はい」」」
前日、スピナから茶会準備を主導するよう命じられたノワは中庭へと続く廊下の前に皆を集め、午前中に終わらせるべく業務内容を的確に伝える。
「以上です。では本日も、よろしくお願い致します」
「「「かしこまりました」」」
それはいつもと変わらぬ淡々と冷たい印象で囁かれる程の、小さな声音。
が、しかし。
この日、不思議と彼女の声が綺麗な呼び鈴が鳴る音色のように遠くまで響き通り、皆の耳に聴こえた。
『なんだか今日は気が楽ね』
『奥様がいらっしゃらないからでしょ』
『ノワ様の雰囲気も、柔らかいし』
コソコソと話しながら持ち場へと向かうお手伝いたち。その誰もがいつもよりやる気に満ち溢れている自分の心に気が付いていた。
――『スピナ奥様は体調不良の為、お食事は自室で召し上がられます』
これは早朝、スピナ専属のお手伝いであるノワから屋敷で働く皆へ向け伝えられた言葉だ。おかげでこの日、お手伝いたちだけでなくアメジストやオニキスも無意識だがこれまでにない程に穏やかな朝食の時間を迎えまた、いつもとは違う充実した朝の時間を過ごせたのだ。
――とはいえ忙しいことに、変わりはない。
ノワからの指示を聞き茶会の準備に急いで取り掛かる。当然、通常業務をこなしながらではかなりの時間と体力を消費する。
どんなに経験豊富なお手伝い長でも、心身ともに負担は大きい。
そこでその苦労をよく知る人物の助言によってこの日、全ての業務に対して無駄なく計画を立て仕事は分担がなされていた。
◆
それは遡ること、一時間程前――。
オニキスたちが食事の部屋を出て行った、朝食後。
この日はスピナがいない事もあり珍しく入り口である扉近くに立っていたノワへふと、ジャニスティが声をかけた。
『ノワさん、茶会の準備は』
『はい。昨日同様、早急に進めて参ります』
二人とも真っ直ぐと姿勢を正し微動だにしない、まるで似た者同士である。
その顔色一つ変えずほとんど唇を動かすことのない口調と声色で話すノワとジャニスティの会話は誰にも、気付かれることはない。




