450.恋路
終幕村では変わり者だと揶揄されうんざりしてしまった彼が、たった一度だけ言い返したという言葉。
それは――。
『如何なる理由があろうと、嘘の関係など決してあり得ない。真実でない限り俺は誰とも関わらない、何をも愛することはない』
と、誠実さを思わせるものだった。
彼がここで物言った『何をも』――それは命あるモノだけへ限り指しているのではなく自分の手に触れる光や風といった感覚、自然の力や物体、瞳の中へ映り耳に聴こえてくる音の全てに向けた、意味であった。
◆
「アメジスト御嬢様、お時間が」
「あぇ、はぃ、うん……行ってきます」
ジャニスティは少しだけ頬を染めてしまっている自身の顔を隠すようにより深くお辞儀をすると校内へ向かう大切な御嬢様を、見送る。
「お姉さまー! いってらっしゃいですのぉ」
「え? まぁうふふ。ありがとう! クォーツもお勉強頑張ってね」
「はいッ!」
満面の笑みで両手を振るクォーツへ彼女は笑い控えめに手を振る。そして見送るエデとジャニスティにもまた笑顔で「行ってきます」と挨拶をしゆっくりと校門へ、歩き出した。
「さて。それではマリーの店へ参りますかな」
「わぁーい! おばちゃまの所? キラキラに行くですの~」
「はは。えぇ、そうですぞ。クォーツ御嬢様」
彼女の姿が見えなくなり出発を知らせるエデの声。
馬車へと乗せられたクォーツはフカフカるんるんと胸弾ませ待つ。それから懐中時計で時刻を確認したジャニスティであったがふと、馬の準備をするエデに声を掛けた。
「エデ」
「はい、どうしましたかな?」
「……想いを表現するのは、難しいものだな」
これまでの人生――。
終幕村へ堕ちる前も含めジャニスティの過去に"恋路"の経験があったかどうか、それは誰も知り得ない。
「ふむ。坊ちゃま」
「あぁ、うん?」
「取り繕うことなく、ありのままでよろしいかと」
心奥で反復し響くその『何をも』に対する考えや気持ちは、変わっていない。
「ありのまま、か」
そう、彼は『愛』を知らない訳ではない。
真の『愛』を誰よりも知り重んじている。
芯にある“ジャニー”という人物はもうこれ以上大切なモノを失いたくはないと切に願い、心が残っているからこそ――孤独の道を選んできた。
――それでも今、心から想い始めた相手。
それは彼自身、気付かぬうちに。
意識的にではなく、無意識に。
根底には過去の記憶と沈めた心情がある。その奥深くに存在する本質がそこには、眠っているのかもしれない。




