445.想思
ジャニスティがエデ夫妻を『親のようだ』と話し、それを聞いたアメジストが『エデの奥様にいつかお会いしたい』との思いを口にしてからほんの、一時。
(温かい。まるで包まれているみたい)
彼女の心は澄み切った青空を見上げた時のような気分になり、彼の綺麗な天色の瞳にふわぁっと惹き込まれそうになる。そして優しく抱擁される感覚に、その胸は高鳴った。
音もなく心地良い、見つめ合う二人だけの世界。
それは不思議と――『魔力のない空間』で『魔法のような時間』がそこには生まれていた。
キィ、ゴトン。
程なくしてエデはいつもの場所で、アメジストが通う学校の入口すぐ近くに馬車を停める。時間通りだと馬を撫でる優しい彼の手にまるで喜びを表現するように鳴いた元気な馬の声は清々しい空気の中を風と共に響き、流れる。
「よし。今日も良い子で、よく頑張ってくれた」
『ブルルッ、ヒヒィン!!』
「「――ッ!」」
馬車内でどのくらい沈黙が続いていたのだろうか。
馬とエデの到着を知らせる声で二人はハッと、我に返った。
「お嬢様、着きましたぞ。お忘れ物のないようにお気をつけ下さい」
「あ、はいエデ! えっと、忘れ物……な、ないです、大丈夫です! あの、ありがとう! 行ってきます」
(やだ私、ぼーっとしてた)
「お待ちください御嬢様……出遅れてしまい申し訳ありません。すぐに扉を」
「い、いいのよジャニス! その、気にしないで」
自分でも降りられると言わんばかりに慌ててバタバタと動き出すアメジストを制止した彼もまた戸惑いを隠せずにいるが、しかし。
「足元にお気をつけて、どうぞ」
さすがジャニスティである。
瞬き一つで自身の心を鎮め『仕事』へ頭を切り替え冷静さを、取り戻す。そこからいつも通り素早く馬車を降り扉を開けると毎日続けている動作に、気持ちを込める。
――御嬢様が今日一日安全に、健やかにお過ごしになれますように。
そう願い、手を添える。
「あ、ありがとう」
ドキドキして上ずる声で感謝を伝える彼女が、初々しい。その高ぶる気持ちを抑える術が解らず困惑していたがそれでも平静でいようと、必死である。
「いえ」
そんな懸命な姿を目にした彼はさらに彼女への愛おしさが、募る。
(しっかりしろ。私は御嬢様を見守る立場。必要なくなるその時まで、命に代えても護ると忠誠を誓い、傍に仕える身。想いを表に出すなど、あってはならない)
どんな時でも冷静沈着。
それが自分の強みであると彼は気合いを入れ直す。




