442.提案
馬車は軽快に、また順調にいつもの進路を進む。その安心できる登校時間や穏やかな空間を作り出してくれているのは御者のエデであるが彼は二人の会話を聞き珍しく提案を、始めた。
「アメジスト御嬢様。私から一つご提案があるのですが、よろしいですかな?」
「あっ、はい。もちろんです」
(ん? エデが御嬢様に直接申し出るとは)
運転しながらのエデは前を向いたままだがその深みある声は彼女の耳によく響きはっきりと、聞こえる。しかし間にいるジャニスティはエデがそのような会話の仕方をすることがあまりないなと首を傾げるが動じぬふりで黙り、静観の姿勢へ入る。
そんな彼の思考を知ってか知らずか「恐れながら」と明るい口調でエデは、話し始めた。
「アメジスト御嬢様は学校へ、ジャニスティ様は通常業務に加え今は二日後に迫る茶会の準備で、多忙を極めておられる」
「そうね。私はいつもと同じお時間までは学校」
「まぁ、エデの言う通り。確かに忙しいが」
応えながらジャニスティとアメジストは顔を見合わせる。その真ん中には話を理解しているのか? クォーツは足をパタパタさせながらにこにこと満面の笑顔だ。
「そこで、いかがでしょう。お二人のいない間は、ぜひうちの妻にクォーツお嬢様のお世話をさせていただけませんかな?」
「「ええっ!?」」
驚きと同時に二人の胸の内はそれぞれに違う感情を持った。
(エデの奥様……そういえば私、お会いしたことがないわ)
幼い頃から常に信頼できる御者として務めてくれているエデだが実際は送迎以外で会ったことはなくさらに個人的な話を聞いたこともなかったアメジストにとっては、当然の反応だろう。
(マリーに? 何か考えあってのことだろうが……)
対するジャニスティはマリーのことを親のように慕いまた言葉遣いや常識を厳しく教育してくれた先生のような存在でもある。
しかし二人の考えた内容は違っていても心が感じた思いは、同じ。
――『信頼できるエデの言う事』
「私は、お会いしたことがないのですが。エデの奥様は、きっと素敵な御方なのだろうと感じています。それで、ご迷惑でないのであれば……えっと」
そこまで言うとアメジストはジャニスティの顔色を窺うように、見つめた。その視線に気付いた彼は少し不安気な彼女の瞳に吸い込まれるような感覚になり胸が熱くなる。
(お嬢様が、お困りだ)
冷静になれと自身に言い聞かせゆっくりと瞬きをするといつものような凛々しい笑顔で、応えた。




