440.危地
ガタン……ゴトッ。
「エデ、どうだ」
「はい、問題ないかと。本日は通常の道を進みますが、よろしいですかな?」
「頼んだ」
――あ、良かった……。
二人の会話が聞こえホッとしたアメジストは海を過ぎても窓から離れないクォーツをきちんと座らせ頭を優しく撫で、笑む。
昨日は年に一度、街を挙げ楽しみにしてきた服飾の祭典が催された。
そこで現れた隣街からの訪問者であるという若き青年――カオメド=オグディア(現在重要危険人物でもある)の身勝手極まりない言動により使用許可が出ていないはずの場所に彼は店を開こうとし、道を塞いだ。そのためアメジストたちを乗せた馬車は進路変更を余儀なくされたのだが、不運にもその変更した進路に『レヴ一族の事件があった建物』があり思わぬ事態となってしまったのである。
しかし皮肉にもそれが『クォーツはレヴ一族の事件に関わった者』という証明かつ確実ということになった。
――あの不気味な雰囲気を醸し出す『大きな建物』には、目に見えぬ何かがある。
事件前、周囲と特に問題なく平穏に暮らしていたというレヴシャルメ種族の一族。しかし今や見る影もない。
そこを今日は通ることなく送迎できると安心する反面、昨日あの場所でクォーツやアメジストだけでなく、ジャニスティ自身も全身が重苦しく動くことが辛くなる程の嫌悪感で潰されそうになった記憶を思い返していた。
(昨日クォーツは、小さな身体で“ナニモノ”かも判らぬその恐怖を感じ、取り込んでしまったのだろうな)
「やはり、レヴシャルメ種族を狙っての犯行なのだろうか……」
「ジャニスティ様、お声が少し……様々なお考えがありましょうが、ここでは――」
「あぁ……申し訳ない」
思わず心の声を呟いてしまっていたジャニスティ。
その考え込む気配を感じ助けになろうという親心を持ちつつもエデは、アメジストたちに聞こえぬようそっと彼を諌める。
「いえいえ……貴方様のお立場、お気持ちも。重々理解しておりますゆえ」
エデは背を向けたままジャニスティへとそう、言葉をかける。
「感謝している。それにしてもエデは――」
「……」
「いや。何でもない」
「そうですか」
(エデは――私の師は。桁違いの強さと強靭な精神、そして何よりサンヴァル種族の中でも最高位の魔力と美しき漆黒の翼を持った、憧憬を抱く存在だ)
あの時、馬車の外にいた御者のエデだけは直に危地の空気と干渉しながらも三人を護り馬を走らせ無事、乗り切っていた。




