439.哀感
「おっねぇさまぁ~! 見て見てぇー」
「えぇ、なぁに?」
馬車から体を乗り出さぬようにアメジストは可愛い妹を後ろから抱き締め一緒に海を、見つめる。
「あのねっねっ、えーっと……“きらっきらぁ~”ですのぉ♪」
「うんうん、ホントね。海がとってもキラキラしてるわ!」
(クォーツ、元気そうだけれど。ちょっぴり心配)
――ぎゅっ。
可愛い妹を抱き締めた腕に思わず力が入る。
「にゃみゅ? お姉さま、どうしたですの?」
「ん。何でもない、何でもないの」
「んたぁ!」
「え? うふ」
昨晩の出来事、クォーツとアメジストだけが知る時間。
ゼンマイ仕掛けのオルゴールが奏でる音色を聴き、その後一緒にお風呂に入り石鹸で遊び、そして就寝前には約束していた絵本を読み聞かせ眠った。それは楽しい時間――笑顔と喜びがありまた同じくらい苦しみと悲痛な思いも、感じた。
そんな二人だけの貴重な時を過ごせた彼女だからこそ余計に今、あの痛ましい事件の遭った場所――レヴの屋敷に反応を示した昨日のクォーツを思い出すと不安が、押し寄せる。
ジャニスティ同様、アメジストもまたこうしてクォーツが朝の馬車に乗ることに前向きではなく本音は心配でならなかったのだ。
「うにぃ~、あっ! あぁーもうキラキラが終わりです」
「んーん、大丈夫よ、クォーツ。海はまた、いつでも見られるわ」
「ホント? わぁぁ~い」
「うふふ、可愛い子……」
(何があっても、私が守る)
アメジストは目を瞑ると小さな声で、囁く。
そして心の中ではそう、誓った。
「――では、そうお伝えして」
「あぁ頼む……」
(んっ?)
エデと本日の予定について話をしていたジャニスティは自分と同じ天色に変化したクォーツの髪へと頬をうずめるアメジストに気付き、絹のような二人の髪が海風で混ざり合い美しく揺れるのを見つめる。
ふと、悲哀感漂う姿を横目に彼女が何を思い悩んでいるのかを彼は、察した。
(目に見えるものは治せる、今ある不安を癒すことも可能だ。しかし目の前にある問題はとても複雑で、当分解決には至らないだろう。それに『謎多きレヴシャルメ種族』については――)
「情報が少なすぎる」
瀕死状態の“レヴの子”を救助してからまだ数日しか経っていないため判らないのはそれも仕方のないことである。そしてどんなに魔法が使えようとも、素晴らしい言葉を繕ったとしても。
――治癒できる程、簡単ではないのだから。
(すべてが終わるまでは、この惧れる思いは続きそうだな)




