438.鼓動
◇
ガタンガタン、ゴトゴトゴト……。
――(小さな勘違いでありますように)
これまで彼へ特別な想いを持たぬようにと距離感を意識し自身に言い聞かせてきた、アメジスト。それが昨日の朝、馬車へ乗る際ジャニスティから手を添えられた瞬間、変化している気持ちに気付く。
ずっと見ないようにしてきた、本当の気持ち。
一体いつ、こんなにも近付いてしまったのか。
「今日も穏やかな陽射しで、良い風が吹いていますね」
「ぇ……ぁ、そう、ね」
エデが運転する馬車はいつもと変わらず、ほど良い速さで進んでゆく。そこから見える海の水面は今日もキラキラと水を弾きながら空から注がれる陽光を躍らせ、遊ばせている。そして景色を眺めるジャニスティの横顔はとても絵になり気持ちよさそうに、微笑んでいた。
(やっぱりジャニスは、綺麗)
“ビュオー……”
「少し海風が強いな。御嬢様、大丈夫ですか?」
「う、うん! 平気……気持ち良いくらい」
少し強く吹いた風が彼の天色に輝く美しい髪をふわりと、靡かせる。その姿に彼女は思わず目を細めていた。
そのぐらい“彼”は、眩しかった。
――思えば、ジャニスはいつも私の傍にいてくれて。
昨日は胸の鼓動が高鳴りなかなか落ち着けず「心臓の音がジャニスに聞こえそう」と心配したくらいだったが、しかし。
今はドキドキとしているものの不思議にその心は、穏やかである。
だが、ときめく気持ちに違いはない。
「キュあッ!」
「あっ! クォーツってば、びっくりしたぁ」
「ぴぃぅ? えへへ」
本当は屋敷に残るようにと言われたクォーツであったが「お姉さまを送るー」と聞かず結局、ついてきていた。
「クォーツ、元気なのは私も嬉しいが。しかし今日は屋敷でも、皆の前でも、“レヴの言葉”で話しているようだったぞ。今後気を付けるように」
「みゅっ!? ごめんなぃです……」
「はっは。クォーツ御嬢様はとても素直で良い子ですなぁ」
「エデおじちゃまぁー!」
馬の手綱を緩めながら少しだけ視線を後ろへ動かしたエデは聞こえてくる会話に笑い、話す。その優しい声にクォーツは頬を桃色に染め「わぁーい」と、喜ぶ。
「まぁ、この馬車には我々だけです。今は自由になさるといい」
「そうだが」
「なぁに、心配ご無用……外は私が見ておりますゆえ」
「あぁ、ありがとう、エデ」
二人の会話の意味を理解しているのかどうなのか? クォーツはキャッキャと馬車の窓から海を見つめ美しい光を掴もうと小さく可愛い手を、伸ばしていた。




