436.柔軟
「うにふ~ニュぅ~……」
「クォーツ、どうしたのかしら」
アメジストはこれまでとはまた違う表情を見せ唸るクォーツに少しだけ困惑する。そしてジャニスティといえばここ数日、様々な状況を余裕なく思案し続けていたためか。自身が安堵した矢先のクォーツの沈んだように見える姿にやはりこの時間帯は昨日の記憶が心身に影響を及ぼしているのではないかと、考えてしまった。
「よしっと、クォーツ……どうしたんだ? どこか痛むのか?」
そう話すのと同時に彼の体は自然に動き素早く大切な妹を抱き上げていた。そして身体の健康状態と顔色を確認し始める。
すると――。
「んきゃ~♪ お兄さまぁ~! 抱っこっこぉ~ぅになぁー!」
「「えぇー!?」」
あっという間にいつものクォーツに変化しキラキラの魔力で包まれる。その元気になる速さにアメジストとジャニスティは一緒に声が出てしまう。
ジャニスティの抱っこが大好きなクォーツは急に興奮気味で大喜び。抱かれた腕の中で幸せいっぱいご満悦の様子。先程までの悩み唸っていた天使の曇り顔は一体どこへやら……と不思議な気分になった二人は顔を見合わせ「ははは……」と、困り顔。今度はクォーツに代わりじっとその場に、停止している。
(しばらく慣れるまで、この小さな天使の笑顔を守るには、並大抵の心臓では持たなそうだな)
レヴシャルメ種族だからか、それともジャニスティが元気いっぱい幼い子供への免疫がなく世話に不慣れなだけなのか。どちらにせよ今後ずいぶん賑やかな毎日になりそうだと溜息、目を瞑る兄。
当のクォーツは「キャッキャ♪」と足をバタバタさせジャニスティの首に巻きつくと魔力込みの温かな、キスをする。
ベルメルシア家の皆に紹介をした、あの時のように――。
「そんなに動くと落ちるぞ」
「あにゅ~い!」
「うふ、可愛い。それにジャニスも……ふふ」
「コホン! 御嬢様?」
「うふ! ジャニス、ごめんなさい。クォーツがとても幸せそうで、つい」
「おにーっいさまぁ~! 好きぃ」
「……はい、ありがとう」
「うふふ」
(そう、つい笑顔になる。私の心までぽかぽか温か)
彼女は昨夜クォーツと過ごしその『キス』の意味を、理解していた。
「悩んでいたのは何だったんだ……」
「ねぇ、本当に。何だったのかしら? うふ」
「~♫ キュあ!」
――きっとクォーツは、心の闇がもたらす悲劇を知っているのね。
そして今は自身も気付いていない闇を。
彼が抱える重荷を、クォーツは癒しているのだ。




