435.傾向
◇
「お姉さまぁ~! はやくはやくーなのです~」
「待って、クォーツ! 走ると危ないのよ! ねぇ、待ってぇ!!」
朝の支度を終え朝食を済ませたアメジストは学校へ行くためエデの待つ馬車へ足早に、向かう。そこへ今日も見送りに行くのだと聞かずにくっついてきたクォーツは彼女とその後ろを警護するジャニスティの前をくるくるとまわりながら、走っていた。
「クォーツ、嬉しいのはわかるが……御嬢様の仰る通りだ。つまづくと痛いぞ」
「えーと、えー……? “イタイ”なのは、イヤイヤです」
「そうだろ? それに怪我をしたらもっと大変だ」
ぴたっ――……。
「うにぃゆッ!? いーたぃ。け、がぁ? ケガ……の」
ジャニスティの言葉に一瞬で立ち止まったクォーツ。
「はぁ、良かった。ありがとう、ジャニス」
「いえ、クォーツの事ですので――私の管理、注意不足でお手を煩わせまして、申し訳ありません」
(まぁ。自分の意思をきちんと言えることは、良い傾向だが)
そう、安心するジャニスティが一番懸念していたこと。
それは昨日の朝アメジストを学校へ送る際に馬車の中でクォーツの身に起こった出来事――レヴシャルメ種族の屋敷前を通った瞬間のクォーツが震える様子に異常なまでの拒絶反応。それはクォーツが、あの事件の日にその屋敷にいたのだということを、証明するような姿だった。
(あの場所を通るつもりは毛頭ない。しかし、クォーツが自分からまた「送りに行きたい」と言っている。怖くないのだろうか)
――だが、無理をしているようには見えない。
今は、朝の送迎時間帯。
その状況で思い出すのではないか?
恐怖の事件を目の前で見ていたであろう記憶が、昨日の出来事で蘇ってしまったのでは? それが原因で外に出たくないと塞ぎ込んでしまわないかと密かにジャニスティは、心配していたのだ。
(身体に残る傷は治せても、心の奥に刻まれた深き傷は、そう簡単には治せない)
物思いに耽る時が多い、この日。
ふとアメジストも彼が気になりつつ難しい顔をすることは珍しくないからと、クォーツへ目線を向ける。
(ジャニスの言うことを聞いて、本当にお利口さん)
近づいてゆくと「う~ん」と唸っているクォーツ。
「「?」」
微動だにしない妹にハッとジャニスティも、気付く。
「ク、クォーツ?」
「どうしたんだ?」
二人が不思議そうに声をかけるが「ん~」と言っている。
そのうち首だけ、左右交互に何度か傾げた。
可愛い妹は何やら珍しく、悩んでいるようだ。




