430.扉口
「思いのほか」
(旦那様からの任務。その中でも一番知りたかった情報――花を置いたのが誰であったのかという問題については、思っていたよりも早めに知ることができた)
「根底にある芯、真の自分。そして闇へと進んだ理由……原因……」
――その他、さらに深まった謎や疑問もある。
「お二人の話を、聞いた限りでは」
(いくらスピナの嫉妬心が強いとはいえ、その豹変ぶりは常軌を逸している)
「少々、気になるところだが」
倉庫で一人になったジャニスティは朝の短い時間で聞いた話を、思い出す。得た情報の詳細を確かめなぞるように声を出し呟き、心の中では思案してを繰り返した。
「はぁ……」
そうして、最後に深い溜息をつく。
かちゃ、キィー……。
ラルミが出て行った後しばらくして扉を開けた彼はサッと振り返り、もう一度倉庫内を見渡す。その瞬間ハッとした天色の瞳は見開き、煌めく。
「まさか、そんなことが……」
ジャニスティが驚いた理由。
それは自分が隠し扉から出口として開けた、倉庫へと繋がっていた扉は消え白壁と化し、影も形もなくなっていたからである。
彼はゆっくりもう一度、中へ戻ると倉庫に出た扉口だったはずの場所へそっと、本を持っていない手で触れた。
「……扉どころか、何かがあったような形跡すら全くない」
(何度か調査のために入ったはずの隠し扉。なぜか今日は、此処へ出たが)
――もしや、ベリル様の?
「なるほど、そういうことか」
この時ジャニスティは出口がこの倉庫だったこと。そして偶然ラルミが現れたのはベリルの計らいであったのだということに、気付く。
(私が話したことで、ベリル様がラルミさんとの会話を望んでくださったのだろうか。それで、この倉庫で会えるようにと何らかの力を発動なさったのかもしれない)
隠し扉内でその姿を維持する力の限界を迎えていたベリルと別れる直前、彼が話したこと。
枕元へ花を置いた人物ラルミへ確認したい事があるので本人と話をしたいと、その内容を話す許可を申し出た際の情景を、思い出す。
最後にベリルの微笑む表情は見えたものの、応答はなかった(正確には声を聴かせることもすでに出来なかった)のだが、きっとこの事象はベリルが起こした奇蹟――導きだったのだろうと感謝の意を感じる。
「ありがとうございます、ベリル様。微力ながら尽力いたします」
その気持ちを声に、言葉に――。
壁からゆっくりと手を離し振り返ったジャニスティは笑むと、倉庫を後にした。




