429.真摯
ベリルとラルミが言いかけた、言の葉。
そこにはベルメルシア家次期当主の未来が関わる。
何事にも真摯な彼に微笑ましい表情で二人が伝えようとした心の内は、ジャニスティがアメジストへ抱く特別な感情とその先を見据えての事だった。
しかし当の本人であるジャニスティはベリルとラルミが察しているその親心に、全く気付く気配はないのである。
「では今後、屋敷内で不穏な動きを感じましたら逐一ご報告致します。その他、私に出来ることがあれば、何なりとお申し付け下さい」
「助かります」
ジャニスティは感謝の意を込め深々と、お辞儀をする。
「本日お会い出来たベリル様、そしてこうして話す時間を割いて下さったラルミ様。お二人のお気持ちに恥じぬよう、私もこれまで以上に務め精進しま――」
「んって、あぁー、大変!」
「は、はい?」
「ジャニスティ様、いけませんよ! ただの使用人である私に【様】を付けて呼んでは! 必要ありません!!」
「え、あぁ、はは。無意識でした。そうですね……以後、気を付けます」
(その『大変』ですか……)
思わず口にした敬称はラルミへの尊敬からくるものだろう。
しかし瞬時に変化した、お手伝いのラルミ。先程、目の前にいた貫禄漂う彼女とはまるで別人のような口調で今はすっかり屋敷内で働くテキパキいつも通りの明るいラルミに戻っている姿に肩の力が抜ける。
「はい! 気を付けませんと、油断した瞬間、ふとした時に口から出てしまいます!! これまであまり接する機会も会話もなかった我々が、こうして情報をやり取りするわけですから、勘付かれては大変です!」
「申し訳ない。仰る通りです」
彼女の否定的な言葉に驚き引いた彼は理由を聞くと内心ホッと、胸を撫で下ろす。
(叱られているわけではないが。なんだか、あの頃のマリーを思い出すようで懐かしい)
エデの元で約三ヶ月間――厳しい指導を受け、それ以上にたくさんの愛情をもらったジャニスティ。これまで薄靄でぼんやりとしていた心の情景に今、「エデとマリーは大切な、親のような存在なのだろう」とこの時、初めて彼自身はっきり確信した。
(自分の能力を信じろ。そうだ、御嬢様に恥じぬように)
――身体も、力も、そして心も。
「強くなろう」
カチャ、キィ……ガチャン。
扉を素早く開けたラルミは「では、そろそろ」と小さな声で挨拶をする。誰もいないことを確認し隙間からするりと抜けるよう柔軟に肢体を動かすと倉庫から風のように、出ていった。




