426.必然
「ベリル様が不在となってからの十六年間で、一度もなかった動きです」
「なるほど……確かに。私もそう聞いているが」
スピナが『ベルメルシア家の奥様』となってから、茶会はおろか部外者が屋敷へ来るのを異常に拒みオニキスの取引先や仕事関係者以外の立ち入りを、禁止していた。
当然アメジストにも幼い頃から強く釘を刺しており屋敷へ友人を招いたことはこれまでにただの一度もない。
「私はあの日、あの夜からずっと、ベリル様の苦渋の決断と思いを胸に秘め生きてきました。娘のように思うこともあったアメジスト様を側で見守り、ベルメルシア家の行く末を思案する。そして今日という日に、ベリル様がジャニスティ様と通じ合えたこと。これは偶然ではなく必然……意味のあることだと感じています」
(今日この出来事が偶然ではなく必然、か)
「そうかもしれないですね」
「私には、皆さまのような強い魔力や高い能力もありません。ですので、自ら永い眠りへと赴いたベリル様の声を聴くことも、お姿を見る力も出来ないのです……」
ラルミは悲しそうに自分の手を見つめながら――それでも主の真意を感じ、そう理解していると強い口調で話した。
彼女の言葉に少し頷いたジャニスティは「私からもう一つ」と、続ける。
「今日の話で、貴女がベリル様の協力者であること。そして誰よりも詳細を知る貴重なお方だと考えます。この事を、旦那様へ報告したいのですが」
「……はい」
「それと、数人の関係者へ話すことにも、ご了承いただきたい」
(ラルミさんには申し訳ないが……私は、この茶会裏にある企みを、なんとしても食い止めなければならない。そして)
――何があっても、アメジスト様を護る。
心の中で巡る想いがその鋭い眼光となり表れる。彼の中にある芯から広がる力をラルミはひしひしと感じていた。
「ジャニスティさん」
「――っ! はい」
「これまで私が、ベリル様との約束により守り続けてきたもの、話せなかった事柄はまだまだ多くあります。ですがきっと、ベリル様は貴方様にこのベルメルシア家の安寧と、未来への希望を託したのだと思うのです」
「ラルミさん……いえ、私はそのような身分では」
「いいえ。私は心からそう信じ、確信しています」
(同じ治癒魔法とはいえ、まだまだベリル様の足元にも及ばぬであろう力しかない今の私に、一体何ができるというのだろう)
自信なさ気な表情で本を見つめるジャニスティの瞳は物悲しく、天色に光っていた。




