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423.悲心


 ジャニスティの中で様々な感情や疑問が生まれていることはラルミも、察していた。それでも彼の『しかし、なぜ』の言葉をあえて拾うことなくまた口に出さず、触れずにいる。


 それは言った本人である彼自身もまた同じ気持ちであり「釈然としない」、そう思うところは多々あるものの今は疑問を投げかけるべきではない、自分の主張ばかりで話すべきではないと解っているからだ。


(気になる事はあるが)

 貴重な時間――今聞くべき話から脱線しないようにと喉まで出かかった言葉を飲み込み、口を(つぐ)む。


「ジャニスティ様……大丈夫ですか」


 心身共に体調を気遣う彼女の言葉にどうしようもない自分の弱さを感じ申し訳なくなった彼は眉尻を下げ、フワッと笑み応える。


「……話を続けてくれますか、ラルミさん」


「無理は、していませんね?」


 彼の鋭い視線はまた一つ気合いを入れ直したように見えた。


 ラルミはキュッと唇を一文字に締め頷き「かしこまりました」と、口を切る。



「では、続きを――迎えた出産の日。ベリル様は、スピナ様の中にまだ微かに残る光を感じ『真心はまだそこにある』と希望を持っておられて。悩んだ末、お二人が学生時代にお世話をしていたという思い出の花――マリーゴールドの準備をなされたのです」


「なるほど……」

――友人関係が良好だった頃の花。


 どれだけベリルの中で大きな存在であったのか? どれだけ酷い目に遭ったとしても、スピナの持つ一筋の光を信じたかったのかもしれない。


(だから光の姿であるベリル様にお会いした時も、あのスピナという惨忍な者を庇うような話を)


「鮮やかな色で可愛い花を咲かせるマリーゴールド。その中でも唯一、良き花言葉だけのお色がございます。先程の話にも出てご存知かと思いますが――」


「オレンジですね」

 手に持っていた本をグッと胸に抱く。


「そうです。花の意味をとても大切にされるベリル様は、スピナ様の心が完全に闇へ堕ちる前に何とか助けになりたいと。隠し扉で育てていたオレンジマリーゴールドを持ってきてほしいと、依頼なさったのです」


 “しかし……叶わなかった”


 願い虚しくその尊い命はベリル自身の力により、護られたのだ。


「つまりベリル様は、最期の時までスピナ様を信じていた。だが闇へ堕ちてしまった場合の恐ろしい想像は捨てきれず……一抹の不安、最悪の事態に備えていたということでしょうか」



「えぇ……」

 少しだけ口籠ったラルミは悲しげに目を伏せ笑み、溜息をついた。


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