421.状況
――『ラルミ。もし私に何かあったら、アメジストをお願いね』
あの夜、ラルミがオレンジ色のマリーゴールドを枕元に置き部屋を出る際ベリルと交わした最後の会話である。その言葉は今でもラルミの心奥で強く、優しく、そして儚く消えゆくように、響く。
“ボーン……ボーン……――”
「んっ」
(あぁやはり、時間はなさそうだ)
壁に掛けられていた歴史を感じさせる古時計が重く深い低音で今の時刻を知らせる。数字や美しい石、針が並ぶ文字盤にふと目をやった二人は同じことを思う。それからすぐに口を開いたのはラルミだ。
「また日を改めて……と言いたいところですが。お茶会まであまり日もなく、こうしてお話できる機会が次あるかどうかもお約束できません。ですので今、ジャニスティ様がどうしてもお聞きになりたいことを一つ、仰っていただければ。私は正直にお話させていただきます」
(あぁ、さすがだな……この状況であれば最善であり、無駄のない判断だろう)
ジャニスティは「了解した」と頷き、質問した。
枕元に花を置いた訳と、その行動が何を意味していたのか? それを聞きたい、と。
その時チラッと彼の手元を見た彼女は何かに納得した顔で「オレンジ色のマリーゴールドについて、その意味はご存じの通りです」と言い、後は淡々と話し始めた。
「少し話は遡りますが。ある時を境に、ご友人であるスピナ様のご様子が激変、ベリル様は大変ご心配いたしておりました。姉と慕う大切な方を何とかしたいというお気持ちもあったのでしょう……その後『部屋を貸してほしい、住まわせてほしい』と懇願するスピナ様を受け入れ、此処ベルメルシア家にスピナ様のお部屋をご用意されたのです」
ジャニスティは無言で聞きながら会合でオニキスから聞いた話と合致するな、と思い返す。
「しかし、スピナ様のご様子は依然として変わらず……顔色や口調も変化し悪くなってゆく一方で。それから日が経つにつれて、別の人格なのではと思う言動や恩を仇で返すような出来事も多々起こり、時にはベリル様の目の届かぬところで屋敷内のお手伝いに無理難題を言いつけておりました。当然、ベリル様はその事に気付かれ、スピナ様と何度も話し合いをなさっていて――」
「はっ!? あっ、あのスピナ……様と。ベリル様は対等に言い合えていた、と?」
「えぇ、そうですね」
ジャニスティは表情こそ冷静であったがあまりの衝撃に思わず心の声が漏れ驚きを口に出してしまっていた。




