416.配慮
その手に抱えたままの本――『花の舞う言葉たち』のオレンジマリーゴールドの頁を静かに閉じたジャニスティ。
(本当はもう少し、ベリル様へ花についての話を伺いたかったのだが)
時間がないから仕方がない、そう考えながら答える。
「はい。早朝の業務へ向かわなければなりませんので」
ふふっと目を細めとても柔らかく優しい表情でベリルは頷き、そうですねと話を締め始めた。
『私もそろそろ限界のようですので……あの夜、眠りについてから恐らく今日までで一番長く、表の世界へ出ていた気がします』
「“表”、ですか?」
彼女の言い方はどこか不思議な表現をするな、とジャニスティは少しだけ首を傾げる。その様子に気付いたのか、ベリルは自身の身体が寝かされているという場所を指し手を真っ直ぐ、伸ばす。
『すっかり弱ってしまったようです』
雪のように白く美しい腕は光とともに消えかかり始めている。
心と身体を離し能力を開放していたほんの数分だけでも、地に足をつけているだけでも、今のベリルはこうして立っているのもやっとで辛いのであった。
(そうだ……目の前にいるベリル様のお姿は――)
彼女の言葉でハッと何かを思い出すように彼は少し長めの前髪をぐしゃっとかき乱した。そして「気が回らず申し訳ありません」と謝罪する。しかしベリルは『いいえ、接触を試みたのは私なので』と頬を染め、微笑む。
『いつも書庫で、本をじっくりとお読みになるお姿。素敵な時間を過ごしてくれているのだと感じていました。そんなあなたと、私がお話してみたかったのです』
「ベリル様」
ふふっと笑み『それに』と話を続ける。
『もし扉の外からでも、微弱な私の力に気付いてくださるのであれば……そんな切なる思いでしたの』
(待っていて下さったと?)
今此処で起こっていることは夢ではなく本当の出来事だ。実際目の前にいるベリルはその実体を伴わないそもそも会話が出来ること自体が奇跡であり誰が聞き見ても、非現実的な状況であろう。
『とても貴重な時間を過ごさせていただきましたわ。しかし、もう……光の姿へと戻らなければなりません』
(また、お目にかかれるだろうか)
何か分かるかもと会合から屋敷へ帰り書庫で、花について書かれた本からの手がかりを探していたジャニスティ。その後誘われるようにこの隠し扉へと足を踏み入れた朝、疲れているはずの心身はなぜか今は軽く感じられる。それがベリルの放つ癒し魔法のおかげなのかは、不明だ。




